第百七話 生きる理由
寒かった。
ただ、
寒いだけで人は死ぬ。
◇
それを。
今年の冬は、
嫌というほど思い知らせていた。
◇
ドラクエラ第三避難区。
元倉庫を改装した巨大避難所。
◇
内部には、
数千人が詰め込まれている。
◇
毛布に包まる老人。
咳き込む子供。
疲れ切った母親。
◇
暖房燃料は不足。
食料も不足。
薬はもっと不足。
◇
生きるだけで、
限界だった。
◇
炊き出し区画。
大鍋から、
薄い麦粥が配られている。
◇
「次!」
「器持って前出ろ!」
◇
列は長い。
終わりが見えない。
◇
それでも。
誰も暴れない。
◇
押し合いになりかけた時。
一人の老人が、
後ろへ下がった。
◇
「先に子供へ回せ」
◇
別の女が、
自分の配給を半分差し出す。
◇
「この子、
熱あるの」
「食べさせて」
◇
限界のはずだった。
みんな苦しい。
余裕なんて無い。
◇
それなのに。
人はまだ、
誰かを助けようとしていた。
◇
レイン・ヴァルト
は、
その光景を黙って見ていた。
◇
診療区画では。
セラフィナ
達が、
限界状態で治療を続けている。
◇
「次の患者!」
「熱布交換!」
◇
だが。
全員は救えない。
◇
薬が足りない。
寝台が足りない。
時間も足りない。
◇
時々。
静かに白布が掛けられる。
◇
誰も泣き叫ばない。
泣く力すら、
残っていない。
◇
それでも。
治療は止まらない。
◇
隅の区画では。
ノア
が、
子供達へ地図を広げていた。
◇
「ここが水場」
「吹雪の時は、
この道を使うな」
◇
子供達は、
真剣に聞いている。
◇
生きる知識。
それが、
今の教育だった。
◇
夜。
避難所の灯りが、
少しずつ落ちていく。
◇
寒気は強い。
壁の隙間から、
灰雪が入り込む。
◇
その中で。
一人の少女が、
小さく震えていた。
◇
すると。
隣の見知らぬ女が、
黙って毛布を半分かける。
◇
少女は、
驚いた顔をした。
◇
「……ありがとう」
◇
女は、
疲れた顔で少し笑う。
◇
「生きな」
◇
ただ、
それだけだった。
◇
レインは、
遠くからその光景を見る。
◇
その瞬間。
彼は、
ようやく理解した。
◇
文明とは。
巨大な城でも。
王国でも。
英雄でもない。
◇
希望ですらない。
◇
絶望の中で。
それでも。
誰かへ食料を渡すこと。
火を絶やさないこと。
隣の人間を見捨てないこと。
◇
つまり。
諦めない行為そのものだった。
◇
世界は壊れている。
春が来る保証もない。
明日生きている保証もない。
◇
それでも。
人は、
まだ手を伸ばしていた。
◇
生きるために。
誰かを生かすために。




