第百六話 最後の冬
冬が来る。
その報告を。
誰も軽く見なかった。
◇
観測史上最大寒波。
灰雪増加。
日照激減。
魔力流停止域拡大。
◇
つまり。
世界そのものが、
凍り始めていた。
◇
各地から届く報告書。
その内容は、
絶望しか無い。
◇
「北部農地、
完全凍結」
「備蓄燃料、
残量二割」
「灰肺熱、
南部都市でも流行確認」
「街道凍死者増加」
◇
もう。
戦争ではなかった。
◇
生存そのものが、
限界へ向かっている。
◇
灰燕中央会議室。
空気は重い。
◇
地図上には、
赤い印が増え続けていた。
◇
危険地域。
輸送断絶。
飢餓区域。
疫病発生地。
◇
ノア
が、
乾いた声を漏らす。
◇
「……足りない」
◇
「全部が足りない」
◇
食料。
燃料。
薬。
人手。
時間。
◇
何もかも不足していた。
◇
セラフィナ
も、
疲弊した顔で言う。
◇
「このままだと、
冬だけで数万人死ぬ」
◇
静寂。
◇
誰も反論しない。
事実だからだ。
◇
その時。
レイン・ヴァルト
が、
地図へ手を置いた。
◇
「全部止める」
◇
一同が顔を上げる。
◇
「商業輸送停止」
「贅沢品停止」
「遠距離交易停止」
◇
「全物流を、
冬越えへ集中する」
◇
空気が変わった。
◇
一人の管理官が、
思わず言う。
◇
「待て」
「それじゃ利益が――」
◇
レインは、
即座に遮った。
◇
「利益?」
◇
低い声。
◇
「春まで人が生き残れなきゃ、
利益に意味は無い」
◇
会議室が静まり返る。
◇
レインは続けた。
◇
「今優先するのは、
経済じゃない」
◇
「生存だ」
◇
その決定は。
灰燕史上、
最大規模の物流転換だった。
◇
全輸送路再編。
燃料優先配布。
共同炊事化。
集中暖房区設置。
人口再配置。
◇
利益は消える。
赤字どころではない。
◇
だが。
誰かがやらなければ、
冬を越えられない。
◇
数日後。
世界中の街道を、
灰燕輸送列が走り始める。
◇
薪。
石炭。
保存食。
薬品。
防寒布。
◇
全てが、
生き延びるための物資だった。
◇
吹雪の中。
イヴァン
が、
輸送隊を率いて進む。
◇
「急げ!」
「夜までに避難区画入るぞ!」
◇
凍り付く街道。
視界を潰す灰雪。
◇
それでも。
誰も止まらない。
◇
夜。
レインは、
中央塔の窓から街を見る。
◇
避難区画の煙。
炊き出しの灯り。
巡回隊。
診療所。
◇
人々は、
必死に冬へ抗っていた。
◇
その光景を見ながら。
レインは、
静かに理解する。
◇
文明とは。
豊かさじゃない。
◇
極限の中でも。
人を生かそうとする意志だ。
◇
この冬を越えられるかは、
まだ分からない。
世界は、
今も壊れ続けている。
◇
それでも。
彼らは、
維持を止めなかった。
◇
生き残るために。




