第百五話 英雄の時代の終わり
雪が降っていた。
静かな雪だった。
◇
かつて世界を裂いた、
聖剣の光は無い。
空を焼いた閃光も。
大陸を震わせた咆哮も。
◇
もう。
残っていなかった。
◇
山間部療養区。
その最奥。
小さな石造りの建物で。
ザイン
は、
静かに椅子へ座っていた。
◇
痩せている。
右腕は、
ほとんど動かない。
呼吸も浅い。
◇
世界規模聖剣解放。
その代償は、
あまりにも大きかった。
◇
身体崩壊。
魔力循環損傷。
神経焼失。
◇
もう。
戦えない。
◇
それは、
誰の目にも明らかだった。
◇
部屋の中央。
台座の上に、
聖剣が置かれている。
◇
かつて、
人類希望の象徴だった剣。
◇
だが今。
刀身は、
黒くひび割れていた。
◇
光も弱い。
まるで。
役目を終えたみたいに。
◇
レイン・ヴァルト
は、
黙ってその剣を見る。
◇
昔。
憧れていた。
勇者。
英雄。
世界を救う存在。
◇
だが。
現実は違った。
◇
英雄は壊れる。
人間だからだ。
◇
長い沈黙の後。
ザインが、
小さく笑った。
◇
「そんな顔すんな」
◇
「死ぬわけじゃねぇ」
◇
声は弱い。
それでも。
どこか昔の調子が残っていた。
◇
レインは、
静かに言う。
◇
「……もう、
剣は握れないんだな」
◇
ザインは、
聖剣を見る。
◇
少しだけ。
寂しそうに。
◇
「あぁ」
◇
「終わりだ」
◇
否定しない。
誤魔化さない。
◇
それが逆に、
重かった。
◇
その時。
奥で待機していた神官達が、
前へ出る。
◇
封印儀式。
◇
聖剣を、
永久封印するための儀式だった。
◇
もう。
世界は、
二度と“勇者”を必要としないように。
◇
いや。
必要としてはいけない。
◇
英雄一人へ、
全てを押し付けた結果。
世界は、
ここまで壊れたのだから。
◇
ザインは、
ゆっくり立ち上がる。
◇
ふらつく身体。
それでも。
最後だけは、
勇者らしく歩いた。
◇
台座へ手を置く。
◇
ひび割れた聖剣が、
微かに光った。
◇
まるで。
最後の別れみたいに。
◇
ザインは、
小さく息を吐いた。
◇
「……なぁ、
レイン」
◇
「俺さ」
「ずっと、
世界を救わなきゃって思ってた」
◇
「でも違ったんだな」
◇
視線が、
窓の外へ向く。
◇
遠く。
煙を上げる街。
走る輸送列。
修理中の橋。
子供達。
◇
人が、
生きている景色。
◇
ザインは、
静かに笑った。
◇
「世界ってのは」
「誰か一人が救うもんじゃねぇ」
◇
そして。
最後に、
レインを見る。
◇
「次は」
◇
「お前達の時代だ」
◇
封印術式が起動する。
◇
白い光。
静かな振動。
◇
聖剣は、
ゆっくり石棺へ沈んでいった。
◇
光が消える。
◇
勇者の時代が、
終わった。
◇
だが。
世界は終わらない。
◇
これからは。
英雄ではなく。
文明が、
世界を支えていく。




