第百四話 維持者達
英雄はいなかった。
◇
世界を救う勇者も。
国を導く王も。
奇跡を起こす救世主も。
◇
もう、
どこにも居なかった。
◇
それでも。
世界は、
少しずつ動き始めている。
◇
ドラクエラ中央輸送区。
朝。
まだ薄暗い中で、
鐘が鳴る。
◇
同時に。
街が動き出した。
◇
荷車が並ぶ。
鉄道炉へ火が入る。
配給倉庫が開く。
浄化炉が稼働する。
◇
そして。
無数の人間達が、
自分の仕事場へ向かっていく。
◇
レイン・ヴァルト
は、
高台からその光景を見ていた。
◇
視線の先。
一人の技師が、
凍結した線路を叩いている。
◇
「交換材持ってこい!」
「ここ歪んでる!」
◇
別区画では。
教師達が、
子供へ文字を教えていた。
◇
「“生”はこう書く」
「読める奴から、
隣に教えろ」
◇
診療所前。
セラフィナ
が、
徹夜明けの顔で薬を配っている。
◇
「次!」
「熱のある子を優先!」
◇
農地区では。
泥まみれの農夫達が、
新しい浄化土壌を運んでいた。
◇
「今年は北側も使えるぞ!」
◇
輸送街道では。
運送員達が、
荷を固定している。
◇
「急げ!」
「午後には吹雪来る!」
◇
誰も。
歴史書には載らない。
◇
名誉も無い。
勲章も無い。
◇
それでも。
彼らが止まれば。
街は止まる。
人が死ぬ。
◇
昼。
灰燕中央会議室。
◇
各地報告が、
山のように積まれていた。
◇
「北部街道修復完了」
「診療所増設要請」
「農地浄化率上昇」
「教師不足」
◇
ノア
が、
苦笑しながら言う。
◇
「……軍隊より人多くなってない?」
◇
実際。
灰燕は、
もう単なる輸送組織ではなかった。
◇
医療。
教育。
農業。
工業。
物流。
治安。
◇
文明維持機構。
◇
それが、
今の灰燕だった。
◇
レインは、
窓の外を見る。
◇
煙を上げる工房。
走る輸送列。
学校帰りの子供達。
修理中の橋。
◇
世界は、
まだ壊れている。
終わってなどいない。
◇
だが。
確かに維持されている。
◇
その瞬間。
彼はようやく理解した。
◇
世界を支えるのは。
英雄じゃない。
◇
名も無き維持者達だ。
◇
誰かへ食料を届ける者。
線路を直す者。
文字を教える者。
畑を耕す者。
怪我人を治す者。
◇
そういう人間達が。
静かに。
毎日。
文明を支えている。
◇
レインは、
小さく息を吐いた。
◇
かつて。
勇者に憧れた一人の兵士。
◇
だが今。
彼が守りたかったものは、
もう違っていた。
◇
世界を維持すること。
人が、
明日も生きられるようにすること。
◇
それこそが。
本当に必要な戦いだった。




