第百二話 最後の兵士
戦争は終わった。
――はずだった。
◇
だが。
兵士達は、
帰ってこれなかった。
◇
身体ではない。
心がだ。
◇
ドラクエラ外縁区。
夜の酒場で、
怒鳴り声が響く。
◇
「触んなッ!!」
◇
椅子が倒れる。
男が剣を抜きかける。
◇
周囲の客が、
慌てて距離を取った。
◇
男は元兵士だった。
痩せた顔。
震える指。
怯えた目。
◇
敵なんて、
どこにもいない。
それなのに。
彼には、
まだ戦場が見えていた。
◇
「伏せろ……!」
「砲撃が……!」
◇
誰も何もしていない。
だが。
男の中では、
戦争が終わっていなかった。
◇
最近。
こういう事件が増えている。
◇
暴力。
錯乱。
酒浸り。
自傷。
失踪。
◇
そして。
自殺。
◇
帰還兵達は、
社会へ戻れなくなっていた。
◇
灰燕本部。
イヴァン
は、
報告書を無言で読んでいた。
◇
「北区画、
元兵士暴動」
「凍死未遂」
「自傷行為」
◇
紙を握る手に、
力が入る。
◇
理解できた。
全部、
見覚えがある。
◇
眠れない夜。
突然の怒鳴り声。
音への過敏反応。
死んだ仲間の幻。
◇
イヴァン自身も、
ずっと抱えていた。
◇
ただ。
戦場に居続けたから、
壊れ切らなかっただけだ。
◇
ある日。
元兵士の一人が、
倉庫裏で首を吊った。
◇
遺書は無い。
◇
ただ。
近くに、
古い軍牌だけ落ちていた。
◇
夜。
イヴァンは、
無人の訓練場へ立っていた。
◇
雪が降る。
静かだった。
◇
そこへ。
レイン・ヴァルト
が来る。
◇
「……見た」
◇
短い言葉。
◇
イヴァンは、
しばらく黙っていた。
◇
そして。
低く呟く。
◇
「終われねぇんだよ」
◇
「帰ってきても」
「頭ん中が、
まだ戦場なんだ」
◇
レインは、
何も言わない。
◇
慰めでは、
どうにもならないと知っているからだ。
◇
翌週。
灰燕は、
新しい区画を設立した。
◇
元兵士共同区。
◇
共同宿舎。
労働配置。
夜間巡回。
相談室。
酒量制限。
◇
さらに。
帰還兵同士で、
仕事を回す。
◇
警備。
輸送護衛。
街道整備。
◇
孤立させない。
役割を失わせない。
◇
それが目的だった。
◇
開設初日。
一人の元兵士が、
不安そうに尋ねる。
◇
「……俺ら、
ここに居ていいのか」
◇
イヴァンは、
即答した。
◇
「居ろ」
◇
「生きて帰ったなら、
まだ役目はある」
◇
男は、
少しだけ目を伏せる。
◇
涙を隠すみたいに。
◇
夜。
共同宿舎には、
小さな灯りが並んでいた。
◇
笑い声は少ない。
悪夢で飛び起きる者もいる。
眠れない者もいる。
◇
それでも。
一人で死ぬよりは、
ましだった。
◇
戦争は終わらない。
帰還した後も。
人の中で、
ずっと続いていく。
◇
だからこそ。
支え続けなければならなかった。




