第百一話 眠れない大地
最初は。
局地的な異常だと思われていた。
◇
一部農地の腐敗。
変異魔獣。
汚染河川。
◇
戦争直後なら、
珍しくない。
誰もが、
そう考えていた。
◇
だが。
異常は、
止まらなかった。
◇
むしろ。
世界全体へ広がっていく。
◇
南部農業区。
レイン・ヴァルト
は、
調査隊と共に畑を歩いていた。
◇
本来なら、
青麦が育つ季節。
だが。
畑には、
奇妙な植物が生えていた。
◇
黒紫色の穂。
脈動する根。
時折、
淡く発光している。
◇
一人の農夫が、
震える声で言った。
◇
「昨日まで普通だったんだ……」
「朝見たら、
こうなってた」
◇
レインは、
黙って穂を拾う。
◇
瞬間。
指先へ、
微かな痛みが走った。
◇
魔力汚染。
◇
もう。
土壌そのものが、
壊れ始めている。
◇
さらに北。
河川地帯。
◇
川の色が、
灰色に濁っていた。
◇
魚は浮き。
水草は腐り。
岸辺には、
異形化した小動物の死骸。
◇
セラフィナ
が、
川へ浄化魔術を流す。
◇
だが。
数秒だけ水面が光り。
すぐ、
また濁った。
◇
「……駄目」
◇
セラフィナが、
苦しそうに呟く。
◇
「汚染源が大きすぎる」
◇
その夜。
さらに悪い報告が届く。
◇
「西部森林地帯、
魔獣変異」
「大型群れ出現」
「生態系崩壊確認」
◇
報告書を読むたび。
世界地図の“死んだ場所”が増えていく。
◇
夜。
会議室。
空気は重かった。
◇
ノア
が、
地図を見ながら言う。
◇
「……これ、
もう戦争とか関係なくないか」
◇
誰も否定できない。
◇
魔王軍は弱体化した。
大規模戦争も終わった。
◇
それなのに。
世界は、
壊れ続けている。
◇
レインは、
ゆっくり窓の外を見る。
◇
灰空。
止まらない灰雪。
遠くの浄化炉煙。
◇
そして。
広がり続ける、
静かな崩壊。
◇
その瞬間。
彼は、
初めて理解した。
◇
世界そのものが、
病気なのだと。
◇
補給で飢餓は遅らせられる。
輸送で人は救える。
医療で命は繋げる。
◇
だが。
大地そのものが壊れたら。
空そのものが死んだら。
◇
補給だけでは、
追いつかない。
◇
レインは、
机へ手を置いた。
◇
知らず。
指先へ力が入っていた。
◇
怖かった。
◇
敵軍より。
戦争より。
◇
静かに壊れていく世界そのものが。
何より恐ろしかった。




