第四十四話 間話
F会議室。今日もカーテンは半分閉まり、ホワイトボードにはでかでかとこう書いてある。
『議題:雨宮レン暴走事件と、その後の『カレー』について』
「……まずは、皆さん落ち着いてください!」
ユキくん非公認ファンクラブ、おなじみオオタが、手にしたホワイトボードマーカーで机をトン、と叩く。
「本日はですね、先日の本尊ぶっ倒れ事件および、その後のカレー疑惑を受けまして、本尊・青戸ユキ様の受容力と、ケモノこと雨宮レンの変化について検証したいと思います!」
「議題が重い!!!」
「タイトルからして情報量が多い!!」
ざわつくメンバーたち。だが、全員出席しているあたり、関心の高さがうかがえる。
──なにせ今日は、
「ユキが一度倒されたのに、なぜかその後も雨宮の隣を歩いていた」
という、ファンクラブ的には看過できない案件だからである。
◇◇◇
「ではまず、時系列の整理からいきます!」
オオタがホワイトボードに書く。
① 雨宮レン、本尊とのマスでガチで当てる
② 本尊、キャンバスにダウン(※会員の心も同時にダウン)
③ 雨宮、体育館から逃走
④ その後、アレセン先輩にボコられる
⑤ そして──その夜、カレー疑惑
「質問いいですか」
手を挙げたのは、情報通のタクボ。
「⑤のカレーって、なに情報です?」
「はい、そこ重要です!」
オオタは、満を持してプリントを配布する。タイトルにはこうある。
『証言 放課後、本尊と雨宮の行動について』
「買い物帰りの生徒より。『夕方のスーパーで、青戸君と雨宮が一緒にカゴ持ってました。チラッと見た感じではにんじん、じゃがいも、たまねぎ、肉、カレールーが入ってましたね。……お家デート?(※本人談)』」
「……アウトじゃん???」
とつぶやくミタカ。ざわつく一同。オオタは両手を上げて制する。
「我々は事実だけを見つめよう。本尊がカレーを作った。ケモノはそれを食べた。恐らく確定」
◇◇◇
「では、本題に入りましょう」
ホワイトボードに、新たな見出しが書き込まれる。
『1.本尊の属性について』
「まず確認したいのは、今回、雨宮に対してどんな対応をしたか、です」
タクボがメモを読み上げる。
「事件当日、保健室から戻ってきた本尊、リング際で雨宮にマウスピースを『噛んで』と差し出す。翌日以降も、通常通り接している」
「……こっちが怖ぇわ」
誰かの本音が漏れる。
「普通じゃないですよね」
ミタカが真顔で言う。
「普通なら、距離を取るか、怒るか、泣くかのどれか。一度本気で殴られた相手に、マウスピースを差し出すって、なに……?」
「受容です」
タクボがきっぱりと言い切る。
「我々はこれまでも、本尊を『大いなる癒やし』『清らかな泉』『聖母属性男子』として崇めてきましたが──」
「ちょいちょい表現が大げさ」
「今回、定義を更新したいと思います」
キュッ、とホワイトボードに書き足される。
新定義:本尊とは、大いなる受容の人である。
「なんかかっこよく言えばいいと思ってるでしょ」
ざわざわしながらも、誰も否定はしない。
少し前の、雨の日にジャージを出す本尊が脳裏をよぎる。
「……やってること、変わらないんですよね」
ぽつり、とタクボ。
「どんなにボロボロでも、戻ってって言うの。本尊はいつも、雨宮を『戻す側』でいようとしてる」
静かな同意の空気が流れる。
「つまり本尊は、我々が崇めてきた『守りたい儚げ側』から、『傷ついても相手を人間に戻そうとする、大いなる受容の人』へ進化したと」
「進化っていうか、最初からそうだった説もある」
「バージョンアップですね……」
◇◇◇
「さて、次の議題です」
オオタがページをめくる。ホワイトボードに、どん、と新たな項目。
『2.ケモノこと、雨宮レンに生じたと思われる変化について』
「まず、事件前の公式評価を確認します」
ミタカが読み上げる。
「危険物取扱注意、ケモノ、ユキ先輩にだけ牙を向けない狂犬」
「で、今回は、だ」
オオタが指でトントンとプリントを叩く。
「本尊を倒して逃走、アレセン先輩にボコられる……そして、その晩、本尊のカレーを食べて泣く」
「最後の情報、どこまで確定なんです?」
「……これまでの情報から推理した」
「妄想じゃねえか」
しかし、誰も「泣いてない」とは言い切れない。
「でも、ですよ」
タクボが、珍しく真面目な声で口を開く。
「体育館で見ましたから。戻ってきた雨宮、ライ先輩に支えられて、リングから逃げようとしてない顔してた」
「あー……」
「前だったら、たぶん逃げて終わりだったと思うんですよ。でも今回は、戻ってくることを選んでる」
「……ケモノ、学習してる?」
「語彙」
◇◇◇
「ここで、仮説を立てたいと思います」
オオタが、ホワイトボードの真ん中に大きく書く。
仮説:雨宮レン、野良のケモノから本尊の前だけしっぽ巻く大型犬へ
「かわいくした!!」「でも、分かる……」
◇◇◇
「では、本日のまとめに入りましょう」
オオタがホワイトボードの隅に、二つの矢印を書く。
本尊:守られる側から傷つけた相手の心まで受け止める、大いなる受容の人へ
ケモノ:危険物(野犬)から本尊の前でだけ首輪を受け入れつつある大型犬へ
「首輪って具体的に何ですか」
「多分、戻ってこい、あたりですね」
「あーーー」
妙な納得の声が会議室に広がる。
「つまり」
ミタカが手を挙げる。
「我々としては、本尊の安全は引き続き最優先で監視しつつ、ケモノの進化状況を見守るというスタンスでよろしいでしょうか」
「異議なし!」
◇◇◇
「最後に、本日の決議を読み上げます」
タクボがノートをめくって、朗々と読み上げる。
「一、ユキ本尊は、大いなる受容の人である。
一、雨宮レンは、依然として危険物ではあるが、本尊の前で変わりたいと願うケモノとして経過観察とする。
一、本尊とケモノのごはん事情については、今後も調査を継続」
「以上です!」
「拍手ーー!」
ぱちぱちぱち、と控えめな拍手が会議室に響いた。
オオタは、ホワイトボードのマーカーキャップを閉めながら、小さく付け足す。
「……まあ、なんだかんだ言っても」
誰にともなく、ぽつりと言う。
「本尊が怖くないって言ってる以上、俺たちは見張る係なんだろうな」
それを聞いたメンバーたちは、顔を見合わせて、それぞれ頷いた。
ユキくん非公認ファンクラブ。本尊の幸福と安全と、ついでにケモノの進化を、今日も勝手に祈りながら解散となった。




