第三十三話 間話
校内のF会議室。ユキくん非公認ファンクラブ臨時例会は、重々しい雰囲気に包まれていた。
机を寄せて、三人だけの円陣みたいな配置。オオタはホワイトボードに太字で書く。
議題:ケモノ危険物認定/本尊ボクシング継続問題
そして一拍置いて、机を叩いた。
「みなさん落ち着いてください!!」
落ち着いている者などいない。
ミタカはノートを開いたまま、ずっとペン先が震えている。タクボは配布プリントを握りしめた手に汗をにじませた。
「先週の……すごかったっすよ……」
タクボが小声で言う。
「スパー。殴られて……ユキ先輩、倒れて……泣いて、笑って……」
「しかも、奴は本尊のジャージを着て、だぞ」
オオタは、強くうなずく。
「結論として!」
オオタはホワイトボードをドンと指さした。
「ケモノこと雨宮レンは危険物です! 我々はユキ先輩に直訴します!
『ボクシングを辞めてください』と!!」
「待ってください」
ミタカが瞬時に口を挟む。
机の上の一枚物の資料――会則プリント――に目を落として、人差し指でなぞった。
「ファンクラブの第一条を忘れましたか?」
「安全のために!」
「違います。第一条は――」
コホン、とわざとらしく咳払いをしてから読み上げる。
「『本尊の意思を尊重する』、です」
オオタの口が、わずかに開いたまま止まる。
「……尊重?」
「はい。守るって、代わりに決めることじゃないです」
「だが、本尊は受け入れる力が尋常じゃない!」
オオタは両手を広げて叫ぶ。
「『平気』って言っちゃうのは明白!
無理しないでって言われながら、ガンガン無理するタイプである!」
「だからこそ、圧をかけたらダメなんです」
ミタカは譲らない。冷静そうな顔をして、目だけは本気だ。
「やめてくださいって言葉は、場合によっては「お前は向いてない」に聞こえます。それを言っていいんですか?」
オオタの顔が、ぐぐっと赤くなる。
「じゃあ、我々はどうすればいいのか!
見守って、また殴られて、また泣いて――それで尊重って言えるのか!」
「言えます」
そこでタクボが口を挟んだ。声は小さいのに、芯だけ硬い。
「本尊が『続けたい』って言ったなら、それが答えです。
自分たちがやるべきなのは――」
「……監視?」
ミタカがぽつりと言って、タクボがうなずく。
「しかしそれでは本尊は傷つくのみ!」
オオタが机を叩く。
「むざむざケモノに殴られる本尊を、黙って見ていろと!? 我々の存在意義はどこに!」
「黙ってとは言ってません!」
ミタカも声を上げる。
「応援と情報収集と観察が、我々の三本柱です! 感情的な圧力は禁止!」
タクボが、控えめに手を挙げた。
「ケモノの腕、マジでえぐかったっすよ。
ボディ入ったときの音、いまだに夢に出るレベルで。
大丈夫でした?って十回は聞きに行きたかった……」
三人の間で、空気が熱くなる。机がギシッと鳴る。
「だからこそ、自分たちが割れてちゃ、だめなんすよ!」
タクボがとうとう机を叩いた。自分でも驚いて目を見開く。
「本尊が続けるって言ったなら、応援するのがファンクラブっしょ……!」
一瞬、沈黙。
オオタとミタカが、タクボを見る。
「……タクボ、お前……」
「かっこいいこと言ったな……」
ほんの少しうるっとする空気。
そのまま、あわや“掴み合い”が“熱い抱擁”に変換されそうになった、その瞬間。
カチリ、と扉が開く音。
「……何してるの?」
入ってきたのは、副会長――北条ライだった。
後ろに生徒会会計係の男子がいる。会計係はタブレット片手に無表情だ。
「隣の会議室から、生徒会に苦情入ってる。叫んでるって。……何。喧嘩?」
ライの目がスッと細くなる。三人の背筋が、同時に伸びた。
「ち、違います!!」
オオタが反射で言う。
「喧嘩じゃありません!」
ミタカも即答する。
「ハグです」
タクボが半泣きで頷く。
「は、はい……ハグで……団結で……」
ライは、ものすごくゆっくり瞬きをした。
「……ハグって、そんな殺気でやるの?」
「やります!!」
三人が声をそろえた。会計係はタブレットをちらっと見て、ぼそっと付け加える。
「また、読書会か。懲りないなお前ら。
ログ見る限り、十分前から“団結ハグ”してる音量じゃないけどね」
「読書会です!」
オオタが即座に言い張る。ライが視線をホワイトボードに向ける。
議題:ケモノ危険物認定/本尊ボクシング継続問題
しっかり残っている。
「……どのへんが?」
「解釈の不一致で!今、皆の同意があったところです!」
ミタカが苦し紛れに言う。
「越えられない苦難に立ち向かう主人公について、
次巻に向けて我々はどう相対すべきか、という……」
タクボが恐る恐る聞く。
「王子……じゃない、副会長はどう思います?」
会計係が「今、王子って言いかけましたよね」と小声でツッコミを入れる。
ライは、ほんの一瞬だけ考えた。さっきまで、頭の片隅でずっとぐるぐるしていたことが、そのまま口に出てしまう。
「俺は、自分が戦いたい派だからな」
三人が息を呑んで聞き入る。
「越えられないなら……正直、守ってやりたいし、できるなら代わってやりたいって思う」
そこで一度、言葉を切る。視線が机の角に落ちる。
「……でも、それじゃ本人が納得しないんだよな」
三人が、身を乗り出した。
「信じる。それから、必要なときは助ける、かな」
ライの声は静かだった。決意というより、自分に言い聞かせているみたいな響きがある。
その一言で、三人の熱が少しだけ落ちた。否定できない。
「さすが、副会長!」
「分かりみが深い!」
「ありがたきお言葉……」
三人が一斉に立ち上がり、拍手する。会計係が、冷たく言う。
「……で、ハグは?」
「…………」
三人が顔を見合わせる。
「……します?」
タクボが言うと、二人が同時に頷いた。
「じゃあ、合意した記念に……」
ぎこちない三人ハグが発生する。
近い。暑い。変。でも、さっきより息がしやすい。
「じゃあ、解散前に一応、隣の会議室に謝りに行って。怖がってたから」
ライが溜め息まじりに言う。
「はいっ!!」
三人が元気よく返事をする。
ライと会計係は会議室を後にする。扉が閉まりかけたところで、会計係がぽつりと言った。
「副会長、さっきの『信じる。それから必要なときは助ける』って、自分に言ってましたよね」
「……うるさい」
ライは小さく笑って、その話をそこで打ち切った。
Aパート一章の終わりです。少しの間、Bパートをお楽しみいただけたら幸いです。
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