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09 大国の思惑

 アリィは深呼吸をする。


 国王は面白がっているが、それを悟らせないように微笑んでいた。


(ユオシェム殿下が女性に本気になるとは……容姿だけではあるまい)


 フレイ国王はほんの一瞬で、アリィの所作や話し方を見極めていた。


 ユオのことを知っているからこそ、容姿だけで選んだとは思えなかったのだ。


「まず、若輩者の私にお声掛けいただきありがとうございます。その上で、私の考えを申し上げます」


 アリィは会釈し、真っ直ぐに国王を見た。


 ユオと過ごす中で身についた自信が、学びの経験を後押しする。


「シドゥル皇太子が皇帝になることで行われる政策が、ジナビアの国益を損ねる懸念があるからだと存じます」


 最初はただ、考えを簡潔にまとめただけだった。


 内心ではドキドキとしていても、表に出さないことは得意だ。


 国王は鋭く、末息子と同じ金色の目を光らせる。


「なるほど。何故、そのようにお考えで?」


 先程の会話にはなかった内容で、ここからはアリィが自分で考えながら話していくしかない。


(大丈夫、国王陛下は怒っていらっしゃらないわ)


 このために履修したわけではなかったが、アリィは冷静に習ったことを思い出した。


「以前、シドゥル皇太子が掲げる政策を読んだことがあります。東大陸内で法や制度を統一し、ひとつの連合にしてしまうという計画でした」


「そうですな。しかし、それは侵略ではなく協力関係だと、シドゥル殿下は仰っております」


「はい。ただ、カナンでは上手く行っている運用も、ジナビアで同じようにして上手くいくとは限らないと考えます」


 目はそらさず、笑顔も絶やさない。


 なるべく余裕を見せるようにして、ゆっくりと話した。


「何故、そう言えるのですか?」


 国王は目を丸くする。


「例えば、冬のジナビアで国中の暖炉を灯せるのは、政府がある程度の規制を行って備蓄しているからですよね」


「確かに、それはそのとおりですな」


「規制緩和と言えば、聞こえはいいですが……一部の人たちのお金儲けのため、野放図に燃料が売買されるようになるのと同義です」


 アリィはシドゥルが掲げていた政策を見た時のことを思い出す。


 閉じ込められるよりも前だったが、子どもながらに穴があると思えたものだ。


「そうすればジナビアが買える燃料の価格も変動し、冬を越すのが難しい人も現れる懸念があります」


 魔法を習わせてもらえない人々は、生活に魔法を取り入れることすら難しい。


 魔力石そのものが高価で、魔法道具(アーティファクト)はとても庶民の手に入るものではない。


 王族の魔力を国中に流し、高度な成長を遂げさせるやり方はあるが――負担も大きく、一人に依存しすぎる。


 出鶴はそうしているが、ジナビアは違う。


 有限の自然と共存し、技術に依存しすぎないで生きていく方法を選んだ国だ。


(カナンは良質な資源を買い占め、他国が困った時に高値で売りつける気よ。あるいは、それで人を殺すための武器を作るか……)


 ただ、そこまでは憶測なので、アリィも暗に口には出さなかった。


「しかし、ユオシェム殿下を推せば、自ずと世界政府にも逆らうことになりますな。現状ではデメリットも大きいですが」


 国王は髭を撫でながら、戯けるように言った。


「シドゥル皇太子が皇帝になれば、三大大国のうち、二カ国が世界政府の手に落ちます。蒼星主義が加速すれば、ジナビアの国家主権も揺るがされるかと」


 まだ試されているアリィは、肩の力を抜かずに答える。


 世界政府の拠点は、西大陸にあるグローサ共和国だ。


 今の皇帝がいるから、カナン帝国も首の皮一枚で中立を保っている。


 それも完全に掌握されれば、残る大国はアナスタシア連邦のみ。


 二つの大国が世界政府の支配下になれば、小国がいくら集まっても勝つのは難しい。


 アナスタシア連邦は反世界政府的な動きをしているから、中間地点にいるジナビアは必ず影響を受けるだろう。


「確かにそうですな。姫殿下は蒼星主義に否定的なのですね」


「個人的な意見としてです」


「では、ユオシェム殿下がシドゥル殿下に勝つまで、どうすればジナビアが耐えられるとお思いですか?」


 答えれば答えるほど、フレイ国王は次の課題をアリィに出していく。


「陛下、その辺りで……」


 王妃がやめさせようとするも、楽しくなった国王は止まらなかった。


「ご不快でしたら、申し訳ございません」


 アリィは恐る恐る、丁寧に前置きをする。


「仮の話として、お聞きいただきたく存じます……もうひとつの三大大国である、アナスタシアと手を組むのです」


 逃げることはせずに、その案を出した。


 完全に持論だったので、正解かどうかも分からない。


(アリィ……そこまで考えてたなんて)


 隣で静かにしていたユオが目を見開いた。


 もはや、守るだけの存在ではない。


 その姿はもう、共に立つ伴侶の姿だった。


 同時に、誇らしげに彼女を見つめる。


「アナスタシアは今の指導者になり、世界政府と断絶状態となりましたな」


 国王はいよいよ関心を深め、前のめりになっていた。


 王妃にまた窘められる。


「はい。アナスタシアは資源も穀物も豊富ですが、ジナビアのように栄養のある果物や海産物、畜産物は少ないと……国民感情というハードルはありますが、手を取り合うのには最適な相手です」


 緊張しながらも、アリィは冷静に自分の考えを述べた。


 答えのない質問も同然だったので、自分の知識だけが頼りだった。


 すると、国王はにっこりと笑った。


「失礼ですが、ユオシェム殿下から何か聞かれたのですか?」


「いえ。現在の情勢は殿下から学びましたが、それを踏まえた上の私見です」


「なんと。いやはや、若い方と話すのは本当に面白い」


 実際、国王はアリィを見る目が変わっていた。


 世間知らずの箱入り娘を、遊び心で試そうと思っただけ。


 思っていなかったような発想が飛び交って、戸惑ったくらいだった。


 現にアリィの提案は、これからジナビア側が考えていた策にかなり近い。


 すごく緊張していたアリィだが、ユオからの視線を受け取って微笑み返していた。


(美貌、品性、教養、機転まで揃っているか。有明殿下はもう少し磨けば、十分にやっていける才がある。何より……ユオシェム殿下がご執心のようだしな)


 そんな若い二人を見れば、国王もこれ以上の意地悪はやめようという気になった。



 彼はユオのことを、幼い頃から知っている。


 放蕩皇子の噂と違って、自分から女性に話しかけることすらなかったことも。


 それが用意周到に髪飾りまで贈っているのが、彼女を本気で愛している何よりの証拠だった。


「陛下ったら……楽にしろと仰りながら、ご自分が楽しんでいらっしゃいますね。皆様、美味しいケーキを揃えましたのよ。せっかくですから召し上がってくださいな」


 王妃が緩衝材になり、それ以降は和やかな雰囲気での茶会となった。



 ☾



 数時間後、国王夫妻との茶会は幕を閉じた。


(前の私だったら萎縮していただろうけど、今は堂々としていられたわ)


 最初こそ緊張していたが、アリィは途中からフレイ国王との話が楽しくなってきていたものだ。


 自分の意見を出し、認められたことで、より自信がついてくる。


「ほらね、君は賢い子だって前に言っただろ? 僕が教えた以上のことを、自分で噛み砕いて陛下に言えるくらいにね」


 そんな彼女に、機嫌のいいユオが真っ先に話しかけに行く。


 ララネやシノが声をかけようとしたが、その速さに圧倒されていた。


「貴方のお陰よ。魔法もそうだけど、政治のことも机上じゃなくて、実務的なことを学ばないとね。実際の法とのすり合わせとか……」


「実務的なことを学ぶなら、適任はそこにいるよ」


「そうね、お兄様が適任だわ!」


 アリィはすぐにシノに駆け寄り、勉強したい旨を話す。


 彼が妹の願いを聞かない筈もなく、ふたつ返事で了承されていた。



「姫様ってさ……普通のおっとりとした貴婦人だと思ってたんだが、意外と女帝の気質があるんだよな」


 ヒヤヒヤしながら茶会に参加していたエレンが、後ろからユオの背中を小突く。


「あの兄妹は天然ですが、教養レベルはかなり高いですよ。それより、ユオシェム兄様。キスもしてないなんて、意外と奥手なんですね」


 ララネもアリィたちに聞こえないように、従兄を肘でつつく。


「お姫様のペースに合わせたいからね。本当はもっとイチャイチャしたいんだけど」


 今は抑えているが、本音がダダ漏れになるユオに、エレンはドン引きした。


「キモっ」


「絵に恋してる人には早かったかな?」


「うるせぇ!」


 結局のところ、二人はいつものどつき合いを始める。


「まぁ、アリィは喜ぶと思いますから、別にいいんですが……品位は守って下さいね」


 ララネは声のトーンを落とす。


 今は天然兄妹が夢中で別の話をしているので、こちらの話は聞こえていないのを確認した。


「前は挨拶代わりに求婚して、引かれてたんだよね。だからわきまえるよ」


「えっ、私と合流するまでそんなことしてたんですか? ドン引きなんですが……」


「それより、ララネちゃんもダンスパートナーを探したら?」


 ユオがいつもどおり、ララネにディスられる会話だったのだが――彼はあろうことか、後ろで話している兄妹を振り向いた。


 ララネの返答を待たずして、その対象をシノに向ける。


「ねぇシノ。ララネちゃんのパートナーになってくれない?」


「ちょっ、何言ってるんですか!」


 いきなりカウンターが入ったことに、ララネは少しばかり取り乱す。


(ユオは嫌がらせ野郎だけど、決定的に嫌がることはしないんだよな。シノはララネさんのことよく見てるし、もしかして……いや、まさかな。あの女嫌いのシスコンが……?)


 エレンは友人たちのことをよく見ているので、普段のシノならその提言すら跳ね除けるのを知っていた。


 だが、シノが珍しくララネのことを褒めたのも見ている。


 どう答えるか、エレンも予想できなかった。


「構わんが、俺でいいのか?」


 シノはきょとんとした様子で言った。


(ララネ姫はアリィに優しいからな。仲間なので、それくらい問題はない。しかし、エレンの方がよく話している気がするが……)


 シノはどんなに異性から好かれても、とことん女性に無頓着だ。


 ララネにはよく怒られるし、友達の兄でしかないという自覚はあったのだが――それを思うほどに、彼もまた胸を痛めていた。


(またこの痛みだ。何らかの病気か……?)


 だが、彼は恋の自覚などなく、病気を疑っていたのだが。


(むしろ、私でいいんですか? あの東雲殿下ですよ?)


 ララネとしては、シノは相手として申し分がない。


 むしろ恐れ多いくらいだが、ここで断るのも変な気がして――後で何か言われたら、ユオのせいにしてしまおうと考えた。


(って、受ける気満々じゃねーか! やっぱシノ、ララネさんのこと好きなの!?)


 エレンが心の中でツッコミを入れる。


 数年来の友人としては、それだけでほぼ確定事項なのだ。


「私は……」


 ララネが返事をしようとした矢先、後ろの窓に何かがぶつかるような音がした。


 黒い鳥の影が、窓ガラスの向こうに見える。


「あれ、大和じゃない。戻ってきたのね」


 最初に気付いたアリィが振り返ると、大和が嘴でガラスをつついていた。


 窓を開けて中に入れてやる。


 大きな鴉は、シノの肩に飛び乗った。


 足には手紙が括り付けてあり、それを読むように促すかのようだ。


「大和、ご苦労だった。父上からの伝言か?」


 シノは手紙を取って開くと、神代文字がびっしりと並んでいた。


 彼は元より無表情だが、読み終わった後に無言で懐にしまう。


 心なしか、いつもより表情が冷えていたような気がした。


 隣で読んでしまったアリィも、朗らかだった表情が凍り付いてしまう。


「何なんだ……?」


 気になったエレンが恐る恐る問いかける。


 シノやアリィの顔色が悪いのは、ユオやララネにも伝わっていた。


「世界政府が主導し、大臣たちが俺の婚約を勝手に決めたようだ」


 いつも無表情な彼が、僅かに眉を寄せる。


 出鶴の王族は、内政を運営する権利がない。


 ゆえに大臣たちが実権を握っているのだが、これまでは婚約も何とか回避してきた。


 今は宰相が完全に世界政府側にいて、近いうちに勝手に決められることは覚悟の上だったのだ。


「そんな……叔父に売られた私はともかく、貴方は王太子でしょう? 貴方や陛下の意思は?」


「アリィの時もそうだったように、本人の意思は尊重されない。父上の時は、当時の宰相の計らいで母上と結婚できたのだが……」


「酷いですね……」


 ララネは俯いた。


 シノはどれだけ理不尽でも国のためにと考えているのに、周りの対応が見合っていない気がした。


「あ、あのさ、気になってたんだが……出鶴はかなり発展してんのに、王族が魔力を全供給してんだろ? 何でなんだ?」


 しん、としたところで、エレンが話題を変えるように聞いた。


「敗戦国なので、世界政府の取り決めだ。消費量を換算すれば、ジナビア全土の魔力量の百倍はある」


 シノの答えは、あまり政務に携わらないエレンでさえ、唖然とするくらいの莫大なものだ。


「それで結婚の自由もないって、もはや奴隷だよな……」


 例えるならば、雁字搦めにされて、水の中に漬けられている感覚。


 エレンは王子でありながら、それなりの自由がある身であることに感謝する。


 シノやアリィがあまりに天然なのも、ある種の防衛なのかも知れない。


(急に婚約だなんて……気軽に話ができなくなりますね)


 これから仲良くなろうとしていたララネは、視線をそらした。


 彼に婚約者ができてしまった以上、異性間で親しくすることは厳禁だからだ。


 ユオは少し考え、シノの肩を叩く。


 何よりアリィが落ち込んでいたのを、見逃さなかったのだ。


「婚約の条件は?」


「こちらからは破棄できない」


「向こうから破棄させればいいんだね?」


「無理だと思う。前からしつこい相手だったので」


 シノは冷静に見えたが、頭痛に苛まれていた。


「ララネ姫、すまない。嫌でも婚約者ができたら、パートナーになるのは難しいと思う」


 婚約への嫌悪感からか、元から白い顔が青ざめていく。


 それも表に出さないようにしていたが、周りから見てもシノは苦しそうに見えた。


「大丈夫ですから、今日はお休みください。私だって、皇太子との結婚が決まった時は……本当に絶望しましたから」


 ララネはシノの気持ちに寄り添った。


 これ以上は話してはいけないと、一歩下がりながら。


「すまない。先に部屋に戻らせてもらう」


 仲間たちも、家族であるアリィすら、かける言葉が見つからない。


「お兄様……」


 自分は皇太子との結婚から助けてもらったのに、兄には何もしてあげられない。


 アリィはその背中を見つめて、ぎゅっと手を握った。

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