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有明のジェミリオン  作者: 豊平ののか
第二部

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03 唐突な忠義

 宿に戻っても、エレンの自己紹介はそっちのけで、シノが二人を説教していた。


「植物も命だ。俺たちはそれを頂いている」


 正座させられたユオとエレンは、足が痺れて悶えている。


 こうなると長いのはアリィも知っていたので、先にララネと一緒に入浴を済ませに行った。



 だが――風呂から上がっても、まだ説教は終わっていない。


 助けて、と言わんばかりの視線をユオが送ってくる。


 アリィはぷいっと顔を背けた。


「助けないわ。私、食べ物を粗末にする人は嫌いなの」


 もちろん、本気で嫌いになったわけではない。


 そういうところが嫌だから、直してほしいと思ったまでだ。


 ベッドの上で交換日記を手に取り、アリィはその本心を書き綴る。


 『本当は嫌いじゃないのよ。直してほしいだけなの』と。


 それを読む暇も与えられないユオは、アリィに嫌いだと言われたショックで廃人になっていた。


「しかし、東雲丸さんは無口なのに、お説教は長いんですねぇ」


 いい気味だと言わんばかりに眺め、ララネはアリィとの雑談に花を咲かせる。


「元々は明るい性格だったし、よく喋ってたのよ。色々とあって、お兄様はあんな感じになったの」


「えっ、明るかったんですか?」


「よく笑う人だったわ。私も昔は悪戯をして、お説教されたことがあるんだから」


「アリィが悪戯だなんて、それもまた意外ですね」


 二人がベッドに転がって話をしていると、ようやく説教の時間が終わった。



 慣れない正座をさせられ、解放されたユオとエレンはボロボロだ。


「改めて……有明王女殿下、ララネ王女殿下、俺はエレンディル・ド・ジナビアです。お見知りおきを……」


 足が痺れてぷるぷるさせながら、何とか優雅さを保つ仕草。


 滑稽ではありながらも、エレンは外套を脱いで女性陣に挨拶をした。


 黒髪にオレンジ色のメッシュが両サイドに入っていて、髪のトップの方は少し逆立っている。


 釣り目で黄金の瞳をしていて、眉は短く、笑った時に少し尖った八重歯が見え隠れする。


 曲がりなりにも王子らしく品のある顔立ちで、美形だと言って過言ではない。 


 三人の中では、ユオと僅差で最も背が高い男だ。


 耳にはいくつかピアスを付けており、北や西の貴族男性のようにベストを着用して優雅な出で立ちだった。


「あら、私のことも見た瞬間に分かったんですね」


 挨拶を交わした後、ララネはふと首を傾ける。


「これがあったんで!」


 エレンは得意げに、連絡用の宝石箱を取り出して見せた。


 ユオと彼のやり取りは、確かにそういった連絡もあったが――『バカエレン』『ゲスユオ』『格下』『変態』などの幼稚な罵り合いがほとんどだった。


 ララネの冷たい視線を浴び、慌ててエレンはそれを隠す。



 ふとエレンはアリィを見下ろし、初めて視線が合った。


 一瞬だけ沈黙が流れる。


(この人……守らなきゃいけない気がする!)


 恋愛感情とは違う、もっと崇高とも呼べるような――細胞に刻まれているかのような、尊い感情。


 エレンは突然、アリィの前に跪く。


 何かを考えるよりも前に、体が勝手にそうしていたのだ。


「姫様……どうしてかは分かりませんが、貴女こそが俺の主のように思えてなりません! 本当に、自分でもどうかしてるとは思うんですが!」


 どうかしているとは承知だったが、エレンはそう告げずにはいられなかった。


 自分でもおかしいと感じているのに――。


「えっ……?」


 突然の話にアリィは驚き、硬直する。


 エレンが悪い人ではないのは分かっていたが、男性から急に跪かれて後ずさった。


「ごめんね、エレンがキモかったね」


 すると、エレンはユオによって引き剥がされていた。


「あ、すみません、姫様……でもお前に言われたくないんだが」


「お姫様、こいつのキモい行動は無視していいからねー」


「お前の方がキモいじゃん!」


 二人は仲がいいのか悪いのか、また喧嘩のようなじゃれ合いを始める。


「ほら、男はバカなのです。私たちはお肌のために寝ましょうか」


「そ、そうね」


 呆れるところもあったが、アリィは彼らが楽しそうにしているのを見てつい頬が緩んでくる。


 がやがやと騒がしかったが、そのままベッドに沈んだ。



(しかし、エレンディル殿下が仰った感覚……私も近いものを感じています。アリィと一目会っただけで、とても懐かしくて幸せな気持ちになったから……)


 ララネは一人、毛布に包まりながらアリィとの出会いを回想する。


 最初はただ、逃げるのが目的の旅だった。


 けれどもアリィのオーロラのような瞳を見て、別の感情が込み上げてきたのだ。


(あの子と友達になりたい。守りたいです……打算ではなく、本心で……)


 目を輝かせて、つい友達になりたいと口から出ていたのだ。



 少し前の記憶を遡るうちに、ララネの意識は夢うつつの間を彷徨う。


 すると、アリィに手を握られた暖かな感覚が蘇ってきた。


 どうしてか、それは遠い昔のことような気がしてくる。


“ララァには幸せに生きていてほしい……でも、それも私の我儘ね。その復讐を遂げても、ずっと私の親友よ”


 白い服を纏う清廉な少女が、涙を流しながら語りかける光景。


 それは今よりほんの少しだけ大人びているが、間違いなくアリィだった。


(今の、いつの記憶でしょうか。ただの夢……?)


 叔父一家への報復を考えたこともあるが、今は生き延びるのが優先だ。


 復讐に命を賭ける人への餞を、アリィがララネに向けるはずもない。


 朧気な意識の中、涙が頬を伝った。


 記憶の正体を確認する術もなく、ララネはそのまま眠りに落ちるのだった。



 ☾



 翌日からは旅がスムーズに進み、国境を越える見通しもついたのだ。


 エレンの計らいで、四人は王子の側仕えとして難なく領主の城に入城する。


 そこで彼の兄であるラーシュ王太子と、一緒にやってきたその妃と挨拶を交わした。


 ジナビア国王の長子である王太子は、シドゥル皇太子と同じ年だ。


 清潔感を纏い、いかにも仕事ができそうな印象だ。


「まぁ、とても可愛らしい王女様方ですね。ラーシュ、この方たちも白夜祭にお呼びするのでしょう?」


 栗色の髪をゆるやかな巻き毛にした上品な淑女は、王太子妃のイルタだ。


 すぐにアリィとララネを気に入り、柔らかな微笑みで迎え入れると、夫であるラーシュ王太子にそう口添えした。


 魔力が高いので、夫婦の前では認識阻害の魔法も意味を成さないようだ。


「ユオシェム殿下の婚約者様やお連れ様だから、当然だな。お招きしない理由はない」


 ラーシュ王太子は、威厳がありながらも優しくそう答える。


「そうですよね。ユオシェム殿下は、ジナビアでも爵位がございますし」


 イルタ妃もまた、上品に喜びを表していた。


(えっ、そうだったんですか?)


(知らなかったわ!)


 ララネとアリィは知らない情報に顔を見合わせる。


「陛下から話は伺っております。そろそろ時は満ちたと」


 ラーシュ王太子は柔らかくも鋭くユオを見た。


 二人の間で完結しているようで、アリィやララネには話がよく分からない。


「はい、王太子殿下。ご協力に預かり光栄です」


「当日は正式に宣誓をお願いしたく存じます。我が国の立場も、これではっきりさせられるでしょう」


「重要な任務ですね。全力で挑ませていただきます」


「期待しています。陛下にも手配しておきましょう」


 ラーシュ王太子はユオと話していた。 


 王太子夫妻の視線を交わす様子からも、きちんと愛し合っているのが見て取れる。


「兄上も義姉上も、早く帰ってきてくれよ。ロキが待ってんぜ」


「エレン、他の方の前でそういう口を聞くな」


「ごめんって」


 エレンが横槍を入れ、ラーシュに睨まれる。


 ロキ、というのは王太子夫妻の一人息子だ。


(お二人はなかなか子どもができなかったそうね。可愛がっていらっしゃるはずよ)


 アリィはそれを思い出し、ロキの名前が出た途端に表情が緩んだ夫妻を見て微笑んだ。


 貴族同士の結婚でも、幸せそうな夫婦を見ると、自分もそうなりたいと感じてしまう。


「ありがとうございます、両殿下」


 面識のあるユオは少しフランクに、かつ丁寧にお辞儀をする。


 いつもの様子からはかけ離れている、外交官的な面。


 それにはエレンが後ろで苦笑いするほどだ。


「私たちはここの領主との昼食会に呼ばれていて、これから現地視察もあります。少ししたら帰国する予定ですが……その間、殿下方はエレンディルと共に、先に我が国へどうぞ」


 そうやってしばらく和やかに話した後、王太子夫妻は次の公務のために席を外した。



 残されたのは、年の近い五人組。


 用意してもらった部屋にて、男女で向かい合って座る形になる。


「ユオシェム兄様は、王太子殿下とも面識があるんですね。というか、ジナビアの爵位まで?」


 夫婦が去った後、ララネが意外そうに言った。


「ラニ皇妃様がジナビアで出産された時、狙ってきた輩がいたみたいで。それを追い払ったのが、我が国ジナビアだったんですよ! それから非公開で皇妃様に爵位をお渡ししたんです」


 エレンはお菓子を摘みながら、得意げに話した。


 話し方は俗世っぽいが、仕草には品が現れている。


 彼は女性陣に気を遣って敬語で話すのだが、他人行儀というよりは騎士らしさの表れだ。


「赤ちゃんだったユオシェム様を狙ったのは、きっと皇后ですよね。でも、ジナビアは断言できなかったのでしょう。死なせるわけにもいかず、守るために爵位を贈った、ということですか」


 アリィが他人行儀で推察すると、エレンはそわそわする。


「あ、はい、そうなんですけど……姫様! 俺は姫様に仕えたいので、敬語はやめてくださっても……」


 意外にも鋭く見解を述べるアリィに、エレンは驚きながらも身を乗り出す。


 そして、悪いと思いながらも、自分の要望を伝えてしまった。


 アリィは少し困って苦笑いする。


 王子と王女で序列は同じだし、初対面のエレンに仕えられるようなことはしていないからだ。


「僕は弟たちを谷底に送った後、ジナビアで母上の爵位を継いで、スヴェア伯爵として情報収集してたんだ。ユオシェム皇子と同一人物だと知ってるのは、ジナビアの王族だけだしね」


 ユオはアリィが困っているのを見越して、エレンを文字どおり押しのける。


「父上なんて、息子の俺たちよりもユオとばかりチェスしてるんですよ。向こうでは素顔で活動するんで、ユオはモテるってもんじゃなくて」


 エレンはユオを押し返しながら言った。


 二人は生まれた日が数日差で、国は違うが幼馴染みだ。


 この中で最も付き合いが長いのもあり、ことあるごとに喧嘩のような絡み方をしている。


「ユオシェム様、ジナビアでは人気者なのね」


 以前のアリィなら胸を痛めていただろうが、今はもうそんなことでは揺るがない。


 それよりも、ユオが正当に評価されていることの方が嬉しくなってくる。


 ララネはエレンが余計なことを言ったかとヒヤヒヤして、彼を睨んでいたのだが――その必要もなかったのだ。


「陛下にはこの計画を伝えてるし、これから僕たちは表舞台に出るよ」


 ようやくカナンを出国する見通しができ、ユオはこの先の計画を話す。


 シノは知っていたようだが、アリィやララネは宝探し以外の政治的な話を聞くのは初めてだ。


「つまり、アリィとの関係を世界に公表すると?」


 ララネは少し心配そうに聞いた。


「そうだね。僕らの婚約は契約として有効だから、カナンを出たら世界は正式な関係として認めざるを得ない。契約書の片割れを出鶴が持っている限り、隠蔽はできないし」


 アリィの結婚が決まった際、出鶴側も契約書の写しを控えている。


 それは常に国王が持っており、誰も持ち出せないようにしているのだ。


 それだけアリィを守ることに、ユオとシノ、それに出鶴の国王は計画を組んできた。


「出鶴の国王陛下の声明なら、新聞に載ってたぜ。カナンの皇子と婚約した限りは、契約を履行したと見なすって話だった」


 エレンがジナビア国内から持ってきた新聞の切り抜きを取り出し、思い出したかのように見せた。


 そこにはアリィの肖像と、不細工なユオの写真、それにアリィの父である国王の写真が掲載されている。


 駆け落ちが国同士のスキャンダルとして報じられたが、出鶴は珍しく強気だった。


「ジナビアでは報道されたようだな」


 待っていたニュースの記事を、シノが受け取って静かに眺めた。


「ユオシェム様との婚約は、本当に政治的なものを帯びてきたわね。私も頑張るわ」


 今までは政界と離れていたから、ぼんやりと考えるばかりだった。


 これからはジナビアの王宮や社交界に入り込むだろうから、アリィも気が引き締まってくる。


 社交界や政治情勢についても、自分から学んでいく意欲が高まっていた。


 すると、ユオはアリィの前で腰を落とし、膝をついた。


「本当なら、恋愛を重ねてプロポーズする方がよかったんだろうけど……僕らには時間がなかった。そこを飛ばしてしまった分は、これから挽回するから。一緒に歩んでくれるのなら、とても嬉しいよ」


 不安を払拭するように、前向きな言葉を贈ったのだ。


「うん……ありがとう。私も嬉しいわ」


 アリィはドキドキしながらユオを見下ろした。


 皆が見ている手前、好きだとはとても言えない。


 だからお礼を言うしかなかったのだが、内心ではユオの言葉に胸がいっぱいになっていた。


 ユオはそんな彼女の顔を見るだけで、幸せそうに笑う。


(ユオ、ガチで惚れてるな……)


 エレンは密かに二人の関係を分析した。


 ユオはチャラチャラしてるように見えて、スヴェア伯爵として活動する際も、女関係はしっかり線引きしていた。


 シノよりも少し長く付き合っているエレンは、ユオの性質をよく知っている。


 そんな彼と数ヶ月ぶりに再会して察したのは、アリィのことは特別に扱っているということだ。


 まるで、ずっと彼女のことを待っていたかのように――幼馴染にもそう見えるのだった。

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