オトギリソウの隠匿
どうしても、あの日の恨みは捨てられそうにない。
でもきっと、あの文学者なら、抱えて然るべきだというだろう。
捨てられる人のほうが少ないのだから。
嫌な夢を見た日は必ず、昔のことを思い出す。
どうしても捨てられないどす黒い感情が現れているんだと思う。
「…れさん、時雨さん!」
「あ、はい」
「大丈夫ですか?」
大丈夫ではない、と言えたらどんなに楽か。
大丈夫と笑うことがどんなに辛いのか。
きっとわからない人のほうが多い。
「なんかあったと?」
「え、」
「なんかあったっちゃろうなあって。疲れと顔しとるし」
観察眼、というか、分析に優れた人に、そんな鎧は意味もないらしい。
「サメさんには、許せない人っていますか」
「おるよお」
「憎んでますか」
この人にそんなことを聞いたとて、意味はないはずだった。
でもこの人はきっと意図をくんでくれる。
「うん、世界で一番、殺してやりたいくらい憎んでる」
殺す、という言葉が佐沼から出てきたことに面食らった。
佐沼は、あまり攻撃的な言葉を使うことは好まない。
「……」
言葉は、繊細でかつ鋭いものだと一番理解している人が、敢えて。
「…そういう人のことば忘れるのは、多分無理。」
佐沼は、常に微笑を浮かべているが、この時ばかりは困ったような苦笑だった。
「忘れられん言葉、行動、人ば忘れようとしたら苦しいだけやろ」
わかっているのだけど、どうしても忘れたい。
人って難儀な生き物だ。
「時雨さんは俺とは違うけん、俺みたく逆に利用したりは難しい。」
佐沼は、僅かに歯を見せて笑った。
「俺は優しくないけんさ、何でもは教えてやれんのよ。」
俺にだってわからんこともあるけん。
佐沼にしては、歯切れの悪い言い方だった。
「…隠してて、いいんでしょうか。言わなきゃ信用していないみたいで」
「何でも言うんが友達なん?」
佐沼は背中を向けたままそれだけ言って去っていった。
隠しても、きっと佐沼や、米田にはバレてしまう。
けれど、悩み事が何なのかまでは、私しかわからない。
なら、最後まで隠してやる。
どす黒くても汚くても私には違いない。




