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Floraison Dawn  作者: 苺大福
18/21

17,ミニ獣迎撃


 辰巳グループ株式会社と隣接する大学を繋ぐ研究棟。その2階にある研究室から飛び出したのは、額に保護眼鏡をつけた小柄な少女。半泣きで全力疾走するカフェラテ色の髪の少女、蝶番もかの背を複数のミニ獣が追いかけていた。

 小学生と見間違えられること多々な身長であるもかの足はそれほど速くない。懸命に足を動かし続けるもかではあるが、精々あと数メートルで追いつかれてしまうだろう。

 絶対絶命である。

 速度を上げたミニ獣の1匹がもかの頭に飛びつこうとした時、彼女の身体を強引に引き寄せた者がいた。

 小柄な全身に軽い衝撃。丁寧に抱き留められたもかの体に痛みはなかった。次いで発砲音。自分のものではない手に塞がれたもかの耳には、それがどこか遠く聞こえた。

 一瞬の出来事に混乱するもか。だが彼女の鼻腔をくすぐったのは慣れ親しんだ柔軟剤の香りとほのかに甘い柑橘の香水。

「雛菊せんぱいーー!!」

 片手で白磁の拳銃を構えたまま、もかに微笑む金髪の青年の名は重金雛菊。きっちりとアイロンのかけられた彼の白衣にもかは顔をうずめた。

「間に合ってよかった。研究棟にもミニ獣が出始めたって聞いて焦ったよ」

 言い終わらぬうちに雛菊は2匹のミニ獣に銃口を向けた。

 1匹は命中したがもう1匹は撃ち逃した。小さく舌打ちをした雛菊はもかを抱え、研究棟のミニ獣に背を向けて廊下の床を蹴った。

 雛菊が握っていた白磁の拳銃は拳銃型ハウンド:ジェーンドゥである。本来ハウンドは魔法使いの素質がない人間が扱うことは出来ないが、ジェーンドゥは万が一のために置換率1%未満の人間でも扱えるよう雛菊が開発した武器である。本来のハウンドと比較すると出力は大きく下がり、群青の弓ように無尽蔵に生成される矢とは異なり弾丸も充填式のため、撃てる回数に限りがある。夜行獣を一撃で倒すことは難しいが、ミニ獣相手に護身用としてはなかなかに役に立っていた。

「外に避難するよ。少し無茶をするから、しっかりつかまってて」

 右手に握ったままの拳銃の残りの弾数を確認する。研究棟に来る途中に2発、先程3発。雛菊が撃てる残りはたった3発。

 研究棟にも出入り口はあるが、鍵が保管してある部屋までは遠く、またその部屋のミニ獣を退けながら鍵を探す余裕は無い。他の職員や魔法使いと合流できる可能性に賭けて本社ビルを通った方が堅実だろう。だが、ミニ獣が大量発生している事実は本社ビルも変わらない。

 生唾を飲んだ雛菊の視界の端に、見覚えのある戦斧が閃いた。

「見つけたぜシスター! やっぱり雛菊さんだった!」

「でかしたシスター! よしよしもかちゃんもいるな!」

 研究棟と本社ビルの連結部分。そこに湧いていたミニ獣を蹴散らしつつ現れたのは薄緑色の刃の戦斧とその柄を握る鶯。そしてその1秒後に突貫の勢いそのままに滑り込んできたのは鹿乃子であった。

「アルタイルとベガ!」

「鶯ちゃんと鹿乃子ちゃんだよ先輩!」

 失敬。気まずそうにコホン、職業病の発作を起こしかけた雛菊は咳払いを一つした。

「こんにちはアルタイルです」

「ごきげんようベガです」

 雛菊の悪癖に悪ノリをする鶯と鹿乃子にあわあわと両手を振りながら違うんだよと弁明を試みるもか。いじりがいのあ……もとい素直で愛らしい彼女をもう少しからかって遊びたい気持ちはあるものの、残念ながら今は非常事態である。じゃれあいは事態が収束した後の楽しみにとっておこう。


 鶯と鹿乃子、雛菊に抱えられたもかの4人はミニ獣だらけの本社ビルを進んでいった。人間の気配を察知して次々と襲いかかるミニ獣であるが、無造作に振るわれた戦斧の広範囲の斬撃に為す術なく切り裂かれていった。

 建物全体が広い本社ビルではあるが、それでも障害物はある。大雑把な斬撃に見えるそれはしかし、僅かなスペースを縫い、刃の角度を細かく調整することでこの場において出力可能な最大の熱量を放っている。

 一度に数匹を仕留めることを前提とした鶯の斬撃はその余波で攻撃範囲外のミニ獣を吹き飛ばすが、吹き飛んだミニ獣は決して脅威から逃れたわけではない。ミニ獣がそこに到達するより速く狙いを定めていたのは鹿乃子の戦斧。交錯する薄緑とオレンジ色の刃は同じ生き物の一部であるかのように違いの攻撃を支援し合いながらミニ獣を物言わぬ死骸へと変えていく。

「シスター! 後ろ!」

「あいよシスター!」

 鶯に返事をするよりも速く、鹿乃子は駆け出していた。

 2人の戦闘中、雛菊ともかは手近な柱の影に隠れていた。その背後に忍び寄っていたミニ獣。それを鹿乃子は横一直線に跳んだ勢いそのままに2つの半球にかち割った。

 もかの頭を抱いて庇う雛菊の目に映ったのはオレンジ色の稲妻と快活な少女の得意げな笑み。

 鶯と鹿乃子は、いつもふたり、笑ってヨルを切り裂く。

 鶯が相手をしていたミニ獣とたった今鹿乃子が死骸に変えたミニ獣で、この周辺の道を塞いでいた敵はどうやら打ち止めだったらしい。

 雛菊ともかのもとへ駆け寄った鶯と鹿乃子は2人の無事を確認し、軽快なハイタッチを交わした。


 *


 辰巳グループ本社ビル、地下1階。魔法使い達の戦闘訓練やハウンドの実用試験に使われる演習室群のある階層である。

 群青と柊馬以外にそこへ到達した魔法使いはいなかった。

 地下1階は今まで群青と柊馬が通ってきたどの場所よりもミニ獣の数が多かった。飛び回るミニ獣達の群れの奥に、巨大な個体が動いているのが2人の目に映った。

 天井に頭をぶつけながら巨体を引きずるそれの足は遅い。群青と柊馬であればすぐに追いつける距離にいるそれにはしかし、近づくことは叶わなかった。

 その巨大な夜行獣を守るように、大量のミニ獣が2人の行く手を阻んでいた。


 気の遠くなる作業ではあるが、一匹一匹倒していくしかないかと舌打ちをした柊馬。その肩に群青の右手が触れた。

「柊馬。雑魚は俺が引き受ける。お前は向こうの夜行獣を狙ってくれ」

「いや、無理だろ。まずあれに近づけないし、この数じゃ手分けのしようがない」

「だから今から道を作る」

 何を、と聞き返そうとした柊馬に構うことなく、群青はその場に膝をついて弓を構えた。

 その気配を察知したミニ獣が群青に襲いかかるが、未だ疑問符を浮かべたまま反射的に動いた柊馬の刀によって容易く弾かれる。

 弦を引く群青の右手には群青色に発光する矢。流線的な模様を描くそれは武器というよりも繊細なガラス工芸のようであるが、その先端は酷く鋭い。

「今! 壁を壊さないギリギリの出力! 特訓の成果を見せてやる!!」

 目を見開いた群青が叫ぶ。その鋭利な視線は指先の鏃に引けを取らず、狙うべき的を正確に射抜いていた。台詞は、ダサいが。

 群青が右手の指の力を抜くと同時、群青色の流星が駆けた。

 一呼吸遅れて空気を割く音。

 反時計周りに回転する矢は周囲のミニ獣を巻き込みながら空間を貫き、巨大夜行獣から数メートルの壁にぶつかると同時に砕けて霧散した。

 ミニ獣で埋め尽くされていた廊下に、管を通したようにぽっかりと穴が空いた。

 群青は丁度人間1人が身を屈めて走り抜けられるくらいのその穴に、柊馬の背中を蹴って無理矢理押し込んだ。おいなかなか良い音したぞ本気で蹴りやがったな。

 結構なダメージを食らってバランスを崩しかけた柊馬が睨みつつ振り返ると。

「どや」

「口で言いやがった!」

 背中に蹴りを入れた犯人は腕を組んで決めポーズをとっていた。

 勝ち誇ったような群青の顔にデコピンをお見舞いする柊馬であったが、内心では素直に感心していた。

 群青はハウンドを握ってまだ日が浅い。もともと弓が扱えたとはいえ、それとハウンドという出力機を上手く扱えるかどうかというのは全く別の技能になる。

 柊馬は群青の特訓を常に側で見守ってきた。あの後先考えず最大出力を連続でぶっ放し体力切れになったところをさっくりやられた無様な姿や、反対に出力を抑えすぎて何がしたいかいまいちよく分からないまま鞘で殴られて脳震盪を起こしていた滑稽な姿が懐かしい。それをこの短期間でよくここまでものにしたものだ。

「柊馬、ミニ獣が湧かないうちに早く」

 ふざけた態度から一転、笑みを消した群青と柊馬は黒い獣の群れを見据えた。

 新人魔法使いの成長を喜びたいところではあるが、ことは一刻を争う。

「応。そっちは頼んだぜ」

 群青が開いた道を駆けていく柊馬の背を見送る。竜巻のような矢に怯んでいたミニ獣達が徐々にもとの体制に戻り始め、彼らに文字通り一矢報いた群青は明確な脅威として認識されていた。

 柊馬の姿が完全に見えなくなったことを確認した群青は、静かに弓を構えた。


 *


 ミニ獣の群れに開いた穴を全力で駆ける。終点まであと約3m、足を動かす時間を惜しんだ柊馬は跳躍して残りの距離を一気に詰めた。

 着地点は壁。垂直に足をついて無理矢理に捻った足首で方向を転換する。目的の夜行獣はひとつの演習室の扉の前にいた。

「ハッ。丁度良い」

 柊馬の存在に気が付き頭部を向ける夜行獣の真横を通って、わざとらしく演習室の扉を開ける。

 何もない白い空間。その中心で、夜行獣を誘い込むように柊馬は声を上げた。

「来いよ化け物。俺ら(魔法使い)の身体のイルジオル量は多い。他の奴らより美味いだろうな」

 柊馬の挑発に乗ったか、あるいは単純に生き物の気配に反応したか、唸り声を上げた夜行獣は演習室の中に突進していった。


 *


 地下1階の廊下。柊馬と別れた階段付近からほぼ一歩も動かないまま群青はミニ獣を狙撃し続ける。

 ミニ獣の動きは単純かつ大きさはバスケットボールほどもあり、群青にとっては驚くほど撃ちやすい的である。しかも一体一体は通常の矢程度の出力の狙撃で簡単に仕留めることができ、先程のような大技は必要ない。数は多いが、群青の消耗も少ない以上勝負は時間の問題だろう。

 左右から同時に飛びかかってきたミニ獣を2本の矢で撃ち落としつつ、意識を空間全体に張り巡らせた。

 ミニ獣の総数はかなり少なくなっている。先程は一歩踏み出すのも難しい状態であったが、今ならば自由に動き回ることが可能である。

 柊馬の助力に向かおうかと一瞬考えた群青であったが、すぐに首を横に振った。

 群青が持ち場を離れている間にまたミニ獣が大量発生しないとも限らない。そのミニ獣のせいで総崩れになるなど笑い話ではないし、それに——

「柊馬に助太刀は、必要ないだろ」

 柊馬は強い。彼は鶯と鹿乃子のように強力なハウンドの力を最大限活かすことに長けた者ではなく、己の強さをハウンドによって最大限引き出すことに長けた者である。群青と同じように、生身の人間として強いのだ。

 群青はこれまで幾度となく柊馬と手合わせして来たが、未だ群青が柊馬に一本入れられたことはない。そしてあのモヤに遭遇した日、彼は群青に戦わせるため、夜行獣に致命傷を与えないよう立ち回りながら紫陽を守っていた。あの強(・)力(・)な(・)夜(・)行(・)獣(・)に(・)対(・)し(・)、(・)手(・)加(・)減(・)を(・)し(・)て(・)い(・)た(・)のである。己が死なぬよう、確実に相手を仕留めるよう死力を尽くすことに手一杯だった群青とどれほどの差があるかは言うまでも無い。

 ギリ、と弓を弾く手に思わず力が入った。ミニ獣の移動地点を予測していた矢が狙い通りに毛むくじゃらの身体を貫き、床に突き刺さる。

 深呼吸を一つ。射手に精神の乱れは大敵である。片目を閉じ、改めて狙いを定めた群青は、数秒前の己の判断が正しかったことを悟った。

 地鳴りのような音が聞こえた。

 群青のいる地下の、さらにその下から聞こえるそれは段々と大きくなっていった。

 地震かと首を傾げた群青だが、背後から津波のように押し寄せた黒い物体の群れによってそれが間違いだと気付かされた。

 考えるより早く足が動く。前方のミニ獣の薄い空間に向かって跳躍し、走りながら後方の状況を確認する。強化された群青の視力が捉えたのは大小様々なミニ獣の群れであった。

 集団で押し寄せたそれは、よく見るとバスケットボールサイズのミニ獣が手のひらサイズに分裂したり、反対に集合して一つになることで不気味に蠢いていた。

 足を止めぬまま群青は矢を撃った。恐るべき照準精度の矢である。だが狙われたミニ獣は矢が到達する寸前で、2つに分裂することで難を逃れた。

 幸い、新たに現れたミニ獣は先程このフロアを埋め尽くしていた程の数ではなく、自由に動き、身を隠せるほどの余裕はある。だがあの不気味な動きが厄介であった。あの何の前触れもなく起きる分裂と集合は矢で射るには少々面倒である。一矢当たりの出力を上げれば問答無用に塵にすることは可能であろうが、それでこの数を相手にした場合群青自身がどれ程消耗するかが分からない。新手が現れないとも限らないこの状況でそれは避けたかった。

 一方的な狩りから一転、劣勢に立たされたように思えた群青であったが、彼の目に焦りの色はなかった。

 群青の足は未だ休まることなく動き続けている。ひしめくミニ獣の合間を縫いフロア全体を駆ける彼の目的は、安地を探すことでも、時間を稼ぐことでもなく、敵全体の姿を視(・)認(・)すること。

 一周を終えた群青は、最も開けた空間の中心で弦を引いた。走る間に少しずつミニ獣を掃除して作った空間である。

 くの字に引かれた弦に矢はかかっていなかった。空のまま張りつめた弓。だがその弓を構える群青の背後には、無数の矢が生成されていた。

 群青の放つ異様な気配にミニ獣が気が付く。一矢、また一矢と群青色の矢はその数を増やしていく。床をバウンドしながら群青に迫るミニ獣。群青の背後に生み出された矢は既に100を超えていた。ミニ獣が群青に飛び掛かろうとした時、群青は全ての矢を弦の圧力から解放した。

 群青の眼前まで迫っていたミニ獣は、弧を描いて飛来した矢によって撃ち落とされた。

 無数の矢は雨のようにミニ獣達に襲いかかった。放たれた矢は流星のような軌道を描きながら、更に分裂し、それぞれがミニ獣に狙いを定める。その矢は逃げ惑うミニ獣を直線に撃ち抜くだけでは終わらず、一度は避けたミニ獣や物陰に隠れたミニ獣を徹底的に追跡しその身体の中心を貫いていった。

 未だ矢の猛攻が治らぬうちに、群青は2波目の流星雨を弓に番えた。

 地下1階の広い空間を満たした群青色の矢は、ミニ獣を一匹残らず砂塵へと帰した。

「よし。これも成功」

 背中に滲んだ汗で濡れた服が不快に肌に張り付いていた。

 流星雨と見紛う追尾の鏃も群青のハウンドの性能の一つであり、群青が柊馬とともに出力の調整を練習していた技でもある。

 強力な武器であるが、それに自動照準は付いていない。どこに向けて放つか、何を追わせるかは群青自身が設定する必要があり、そのために群青はミニ獣を視界に入れるべくフロア中を走り回っていたのである。

 空になった地下1階を満足そうに眺める群青だが、ミニ獣全てを2発で、は些かやり過ぎである。現に息が上がっている。今はミニ獣の襲撃がなく休む時間があるが、もしまたあの津波のようなミニ獣が押し寄せていたらどうするつもりだったのだろうか。

 また柊馬にいい報告ができるなと頷く群青。数日後、記録を確認した柊馬に褒められるどころか、ダメ出し&説教そして強制トレーニングタイムに突入させられることを彼はまだ知らない。


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