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Floraison Dawn  作者: 苺大福
17/21

16,ミニ獣襲来


 平時であればほとんど出番のない大会議室だが、ここ数日は常に誰かしらの姿、話し声があった。差し入れの軽食や飲み物を手に取り一息いれる魔法使い、アイマスクと耳栓を持ち込んで仮眠をとる職員、床に落ちている技術者。ミニ獣が現れて以来、この部屋は悪い意味で賑やかである。

「トーマー! 戻ったぞー!」

「持ってきたぞー! 怪しいものー!」

 防音性の高い扉を押し開けた鶯と鹿乃子。2人の手には何やら重たそうな荷物が抱えられていた。

「ん。お疲れさん、今度は何持ってきたんだ」

 巳堂から渡された資料を読み込んでいた柊馬は来訪した双子に顔を向けた。

 数時間前。調査場所におおよその目星をつけた柊馬は鶯と鹿乃子、群青、深白の4人にそれぞれ担当箇所を割り振った。

 1人当たりに割り振られた箇所はなかなかに多く、特にまだ本社ビルの施設に慣れていない群青には結構な重労働となった。お前は参加しないのかと不満気に文句を言った双子を、柊馬は俺は頭脳担当だからと適当に言いくるめて送り出した。

「見たまえトーマ……!」

「我々の成果を……!」

 バサァ! という効果音と共に鶯と鹿乃子が柊馬の前に広げて見せたのは茶色いビニールシートの様なもの。レジャーグッズのビニールシートにしては細長く、黒が混ざった奇妙な斑模様で何やら顔と手足がついている。ちょっと待て、本当に何だこれ。

「ティラノサウルスの着ぐるみだぜ」

「紫陽さんの会長室で見つけたぜ」

「ガチで変なもん持ってきやがった」

 というか職場になんてもの隠してやがる協議会会長兼辰巳グループ株式会社代表取締役会長様。

 背景に極太のゴシック体でドヤ! という文字が見えるほど完璧なドヤ顔でティラノサウルスを掲げる双子に、柊馬は顔を引き攣らせた。


 *


「はっくしゅ!」

「風邪ですか会長」

「かなぁ。最近働き詰めだしね」

 大きなくしゃみをした紫陽は、ポニーテールの女性職員から受け取ったティッシュでずびずびと鼻を擦った。


 *


 指示された場所で一通りの探索を終えた群青は、同じく調査を終えた深白と共に集合場所である大会議室へと向かった。

 怪しいもの、と言われても具体的なイメージがいまひとつ浮かばなかった群青は深白に相談し、彼女の提案で2人で調査を進めることにした。常識的にそこにあることが不自然なものや、単純に謎の物体などを探したがその様なものはそう多くなかった。群青が用途に首を傾げるものの大半は深白が答えてしまう。2人が柊馬の元へ報告に向かった回数は鶯と鹿乃子に比べてかなり少なかった。

「ただいま」

「ただいま戻りま……何、されてるんです?」

 ほぼ手ぶらで大会議室に戻った群青と深白を出迎えたのはティラノサウルスと鹿乃子、そして双子からわざとらしく視線をそらしている呆れ顔の柊馬だった。

『しろちゃんアオくんおかえりー!』

「みてみてウグイスザウルス!」

「言っとくが俺は何も知らんからな」

 ティラノサウルスの着ぐるみを着た鶯改めウグイスザウルスは空気で膨らんだ奇怪な首をカクカクと上機嫌に揺らした。


「これで巳堂室長に割り出してもらった場所は全部だな」

 2種類のマークがついた地図を眺めながら柊馬は腕を組んだ。

 5人が陣取っている長机の上には、柊馬の資料と双子が集めてきた成果物が散乱していた。

「ああ。目ぼしい成果はあったか?」

 ガラクタの山を横目で見ながら問いかける群青に柊馬は首を振った。

「いや。手がかりになりそうなものは何もなかったな。双子は後でちゃんとそのゴミをもとの場所に戻すように」

『ゴミとは何だ!』

「せっかく集めてきてやったのに!」

 憤慨するウグイスザウルスと鹿乃子。2人が机の上に築き上げた要塞の中身は使い道のないリングファイル、歌いながら回転するイカのおもちゃ、ボタンが1つ壊れたゲーム機、踊るクリスマスツリー、歪んだ顔面のねこの写真、どこかの民族の楽器、そこにねこはいます、よろしくおねがいします、成人向け雑誌、ホットサンドメーカー、巨大倉庫型スーパーマーケットのテディベア、金色のドラゴンと剣のキーホルダー、虹色に光る首輪等々、紛れもないガラクタである。そして鶯はいつまでザウルスでいるつもりなのだろうか。

 双子が掻き集めてきたガラクタの他、群青達が見つけた数少ない物品にも柊馬の興味を引くものはなかった。ヨルに関連する事件を捜査するために物理的な捜索が有効か否かは毛頭不明ではあったが、やはり何も成果が出なかったというのは些かやるせない。

 落胆の色を隠しきれない群青の肩を、柊馬は笑って叩いた。

「まあそう落ち込むなよ。手がかりになるものはなかったが、収穫が全くなかったわけじゃない。ありがとな」

「それはどういう……」

 意味なんだ、という群青の言葉は、突如大音量で鳴り響いたアラートによってかき消された。


 *


 それはいつも通りになりつつあるミニ獣発生のアラートと同じものであったが、通常に比べ音量が凄まじかった。大会議室にいた魔法使い全員の背筋に緊張が走る。突然の警報に目を丸くしつつも、誰もが警戒を高め臨戦態勢を取っていた。

 通常であれば既に合成音声のアナウンスに切り替わっているはずのアラートは鳴り止まない。代わりに、大会議室に設置されたスピーカーから乱雑な機械の操作音とハウリング、酷く乱れた観測室員の声が響いた。

『こ、こちら観測室です! 大型の夜行獣が現れました! 場所は地下1階、ええと、今も動いていて……とにかく地下1階です! それからそれだけじゃなくて! 現在本社ビル全体でミニ獣が大量発生しています! 職員は至急ビルの外へ避難してください! 魔法使いの皆さんは職員の保護を優先して、可能であれば地下1階に向かってください!』

 放送と録音を同時に行ったらしいアナウンスは、操作音ごとリピートを開始していた。

 無言で頷き合った魔法使い達はハウンドを起動し、大会議室の扉を蹴破った。

 廊下に踏み出した群青の黒いブーツに、早速ミニ獣が1匹ぶつかった。それをすぐさま切り捨てたのは柊馬が振るった赤褐色の刀であった。

「マジか……」

 どこか呆けた様な言葉が群青の口の端から溢れたがそれも無理はなかった。

 大会議室前の広い廊下、その床を走り回り、天井からぶら下がり、魔法使いの攻撃を受けて壁をバウンドする無数のミニ獣。そして肺に溜まるような重たく暗い空気は、本物に比べれば極々微弱であるがまさしくヨルの内部のそれであった。

「そこの魔法使いの皆さん! 私達はこちらの方々を避難させますから、皆さんは地下に向かってください!」

 大会議室にいた魔法使いたちの一人が群青達5人に向かって叫んだ。消防訓練のように鼻と口を覆う職員達と、彼らに肩を貸す魔法使い達に了解の返事をする。迷わず巨大夜行獣のいる地下1階に向かおうとする群青を呼び止めたのは深白であった。

 本社ビルに勤務する非戦闘員の人間の数に対し、魔法使いの総数はあまりに少ない。広い本社ビルの、階層も施設も様々な場所にいる職員全員を安全な場所まで避難させるには魔法使い総出でことに当たる必要がある。この事態の元凶であろうと推測される巨大夜行獣の討伐も重要任務であるが、まずは人命救助が優先である。事実、今5人がいる階にも取り残されている人間が大勢いる。清掃用のモップを振り回してミニ獣を払い除けようとするスーツの背中は勇ましいが頼りなかった。

「人手が足りません。私と鶯さん、鹿乃子さんは職員の避難の方に向かいます。地下には群青さんと柊馬さんで向かってください。いいですか?」

「了解! 私達はそれでいいぜ」

「もちろん! 異論はないぜ」

 通信用の端末には現在、通常のヨルと同じ様に魔法使いと要救護者の位置が示されている。既に多くの魔法使いが救助に当たってはいるが、その数はやはり十分とは言い難い。全員が救助に手一杯という状況で、巨大夜行獣のもとへ向かった魔法使いは確認できていなかった。故に、施設の構造に精通しているとは言えない群青と、単体戦力として協議会では上位に入る柊馬には救助よりも討伐を優先するよう深白は提案した。

 頷いた群青と柊馬は地下に繋がる階段へ、深白と鶯、鹿乃子は社内の要救護者のもとへと駆け出した。


 *


 本社ビル6階。その階の職員を集め終えた狗世茜は少々苦い顔をしていた。

 発生したミニ獣の数は少なかった階ではあるが、そのために強行突破を試みた職員に数名負傷者が出ていた。傷口は浅く命に別状はないが、万一がある。一刻も早くこの場から脱出させ、医療班の治療を受けさせたい。

 緊急時において故障の可能性があるエレベーターは使えない。そのため怪我人を抱えながら階段で移動する必要があるのだが。

「呵々。いや敵が少ないとは思っていたけど、こっちに集中してるとはねえ」

 茜の右手には抜身の赤い刀。彼のハウンドの傘は盾にもなるため、今は殿を務める職員に貸し出している。

 階段付近で立ち往生する彼らの、文字通り目下の悩みは階段を埋め尽くさんばかりに大量発生しているミニ獣である。踏み板はほとんど見えず、壁や天井にもひしめくミニ獣。それは階段というより、黒い下り坂のトンネルであった。

 ミニ獣一体一体は茜の敵ではないが、これだけ集合されると流石に厄介である。茜一人が通るための道を切り開くことは容易かろうが、今彼の背中には大勢の無力な人間がいる。彼ら全員、加えて移動に補助の必要な怪我人が安全に移動できるだけの道と時間を確保するのは茜一人には難しい。

(あと3人、いやせめて2人、魔法使いがいたらよかったんだけど)

 階段から飛び出してきたミニ獣2匹を同時に切り捨てた茜は顎に手を当てた。ここで立ち往生していても事態は進展しない。できるところまでやってみるしかないかと刀を構えたその時だった。

「狗世さん! お手伝いします!」

 助っ人は存外に早く訪れた。


 一団が固まっている反対側から、兎のような疾走で茜の前に現れたのは白磁の剛槍を携えた少女。

 予想外の追加戦力に茜は赤い瞳を丸くした。

「深白ちゃん。どうやってここに来たんだい、階段は全部埋まってただろ?」

「エレベーターの中を駆け上がってきました。ちょうど止まっていましたので」

 なんでもないことの様に出鱈目発言をする深白に茜は引き攣った笑みを浮かべた。壁を垂直に駆け上る女の子など茜の常識の中には存在しない。

 だが素直に助力は有り難い。これで戦端を開き道を作る者、最中襲いかかってくるミニ獣を迎撃する者とに分担ができる。欲を言えばあと1人、職員達の護衛に欲しかったところだが贅沢は言っていられない。深白の話ではミニ獣がトンネルを形成しているのは3階付近までで、それ以下の階では階段のミニ獣は薄くなるらしい。それならば勝機はある。

「じゃあちと厳しいが行こうか深白ちゃん。深白ちゃんは護衛優先で頼むよ。なんかあったらまあ、臨機応変に」

「いえ、職員の方の護衛は必要ありません」


「今から一匹残らず倒しますので」


「は、」

 深白のとんでも発言に茜は耳を疑った。何を言っているのかと聞き返そうとした茜をよそに、階段の前に立った深白は無造作に槍を握ったまま、その華奢な身体をミニ獣の大軍の中に投げ出した。

「いやいやいやいやちょっと待ッ……!」

 茜が制止の言葉を放ったのは既に深白の爪先が地面を離れた後だった。彼の赤い眼球にはふわりと落ちていく白い髪だけが映っていた。

 少女は踊り場に頭から落下したように見えた。だが、言葉を失った茜が1秒後に見たのは地面に倒れた少女の身体ではなく、稲妻と見紛う水色の閃光の爆発だった。

 イルジオル励起による高エネルギーの出力。両手で回すように振るわれた水色の刃。たった一振りで深白は茜達の眼前にいたミニ獣を一掃した。

「次、どんどん行きます!」

 襲撃者の存在に気が付いたミニ獣が深白に飛びかかるが、深白の槍の方が速い。切り裂かれ、あるいは貫かれたミニ獣は断末魔をあげる暇もなく絶命し砂塵と化した。床に落ちた死骸を踏みつけて、なお深白は止まらない。正面から、頭上から、死角から隙をついて、あらゆる方向から襲いかかるミニ獣を一切逃すことなく切り裂き、一度に捌ききれないものは低姿勢で躱した後に蹴り上げて殺す。

 体内に保有するイルジオル量の多い深白が高速で振るう槍は余波だけで夜行獣を殺す。単純な火力、イルジオル励起による身体能力の強化とそれを加味した上で練り上げられた繊細な槍術、絶対の殺意。尋常ならざる高置換率という生まれ持った異端の恩恵の全てを、ヨルを殺すため全霊で振るう。そうして齢僅か19の可憐な少女は、協議会最強の魔法使いたり得ている。


「これで最後です!」

 本社ビル3階の階段。トンネルを形成していたミニ獣の最後の一体を上から垂直に貫いた深白は階段を跳んで茜のもとへ戻った。途中、他の階から侵入してきたか新しく湧いたかしたミニ獣数体をぶつ切りにしたが、この程度であれば避難の障害にはならないだろう。

「呵々! いやとんでもないねえ、深白ちゃん」

 数分も経たずミニ獣の大群を一掃した深白の額には一筋の汗も流れていなかった。これでは夜行獣と深白のどちらが化け物か分からない。

 茜は先頭でミニ獣の残党を屠り、深白は足を怪我した職員を担いで一団の殿を務めた。深白の活躍により、6階の職員達だけでなく同様に手詰まりになっていた他の階の職員達も数名避難することが出来た。だが未だ本社ビル内には生体反応が多く残っている。敷地内で簡易テントを張っていた瑠璃鳥に怪我人を引き渡した茜と深白は、再び残された職員達の救護へと向かった。


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