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Floraison Dawn  作者: 苺大福
12/16

11,クリームソーダと絆創膏と怪談


 辰巳グループ株式会社本社ビル、社員食堂。

 時刻はまだ午前10時を過ぎたあたりで、食堂を利用する人間の数えられる程度だった。採光に申し分のない食堂の、特に日当たりの良い窓際の4名掛けのテーブルに少女が3人、何やら大量の文房具を広げて陣取っていた。

「「お、終わった〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」

 そのうち2人、揃いの色素の薄い髪を鏡合わせに結い上げた鶯と鹿乃子が立ち上がって大きく伸びをした。

 先日のヨルの件で課されていた反省文。鶯と鹿乃子以外の3人は早々に書き上げて違反行動の清算を済ませていたのだが、この双子だけは、やる気が出ない、お腹が痛い、天気が悪いから、明日から本気出す、等々言い訳を連ねては先延ばしを繰り返していた。そのために、痺れを切らした紫陽が深白を監視役につけたのである。

「お疲れさまでした。あとは紫陽さんに提出するだけですね」

 2人の原稿用紙を重ねてとんとんと整える深白を薄緑色とオレンジ色の瞳が睨んだ。

「お疲れさまでしたじゃないぞしろちゃん。誰のせいでこんなの書かされたと思ってるのかな」

「そうだぞしろちゃん。しかも私達より早く終わってるってのは一体全体どういう了見なのかな」

「? だから言ったじゃないですか。もたもたして時間を浪費するより、後で大人しく反省文書いた方がマシだって」

 いや言ってない。そんなことは一言も言っていない。あの状況で秤に掛けられていたのが群青の命の保障ではなく反省文だったなどとは誰も思わない。言葉足らずにも程がある。

 まだ文句を言い足りないとばかりに眉を釣り上げる双子の頬に、突如冷たいグラスが押し当てられた。

「「ぴゃぁっ!?」」

「ふふふ、びっくりした? 頑張ってる女の子達に差し入れよ」

 食堂のオネエさ……もといお兄さんである青梅猫々が特製のクリームソーダを3人分、テーブルの上に置いた。

 ちなみにこちらのクリームソーダ協議会では知る人ぞ知る逸品である。蕩け落ちるバニラアイスクリームやソーダに使うメロンシロップは猫々の手作りで、その味は市販のそれとは一線を画するのだ。

 瞳を輝かせてアイスクリームを頬張る双子。先程までの不機嫌はアイスと一緒に溶かしてしまったらしい。

 慌てて財布を出そうとした深白の手が猫々の大きな手によって阻まれる。所在のなくなった右手にスプーンを渡された彼女はすみません、と小さく眉を下げた。


 *


 クリームソーダのグラスを空にした3人が話に花を咲かせていると、見覚えのある人影が3人のテーブルに近づいてきた。

「ん。お前らもこっちに来てたのか。何してんの?」

 3人に声を掛けたのは柊馬。その隣で同じく3人に軽い挨拶をしたのは群青だった。

「ふぉふはへほーふぁ、ふぁふぉふぅ!(お疲れトーマ、アオくん!)」

「ひふぁ、ふぁふふぁんほほふぇはふぉふふふふぉうふぇんふぅふぁふぉ!(今、さくらんぼのヘタを舌で結ぶ挑戦中だよ!)」

「ふぁい。ふふふぁふぃぃへふ(はい。難しいです)」

「いやほんとに何してんのお前ら」


 食堂に設置されている自動販売機でスポーツドリンクを買った柊馬と群青は隣の席から椅子を1つ拝借して3人と同じ机に座った。

 さくらんぼを早々に諦めた深白は未だ格闘中の鹿乃子と鶯に代わって、今日は自分達が当直の担当であること、その間深白が双子の反省文の進捗を管理するよう紫陽から仰せつかっていたことを説明した。

「柊馬さんと群青さんはどうしてこちらに?」

「俺たちは戦闘訓練」

「ああ。ここ数日群青に稽古をつけてやってるんだ」

 先日、群青が初めて対処したヨル。民間の私有地の過度な破壊と暴走の件で、お咎めとはならなかったものの技能及び精神面で向上と改善の必要アリと判を押された群青は、あの日の翌日から、教育係に任命された柊馬と共に鍛錬に励んでいる。

 休日は朝から、大学の講義がある日は空きコマや放課後を利用してみっちりとハウンドの扱い方やヨルの中でとるべき行動について叩き込まれているのである。

 教育係とは言いつつ柊馬の指導方針は基本的にパッション&フィーリング、かつスパルタである。毎回演習室から出る頃には群青の体は指一本動かせない程にまで追い込まれ、床に倒れている群青の口に雛菊が憐れみの目を向けながら栄養ドリンクの瓶を突っ込むまでがワンセットだ。

「おやアオくんそのほっぺたはどうしたんだい?」

「痛そうだねえ、突っついていいかい?」

 やめろ。群青の左の頬にはガーゼの絆創膏が貼られており、その中心近くにはうっすらと赤い血が滲んでいた。

「訓練中に柊馬の刀を受け損ねたんだ。それでさっき医務室に行ってきた」

「では、瑠璃鳥先生には会えましたか?」

「ああ。まあ会えたというかちらっと見た程度だったけど。あ、手当してくれたのは万亀山さんだったよ」

 頬のガーゼを指さして見せる群青。痛々しくはあるものの、処置はきっちりと行われている。

「ドタバタだったもんな」

 苦笑する柊馬に何かあったのかと尋ねる深白。大したことでもないんだけど、と前置きをしてから柊馬は医務室の様子を語った。


 *


 演習室のある地下から移動し、医務室の扉の前に立った柊馬と群青はその白い扉を開けることを躊躇していた。

 以前群青が訪れた時のような来客を拒む旨の看板はなかったが、医務室の中から聞こえていたのはガタゴトという激しい物音と女性の怒声。しばし顔を見合わせて立ち尽くしていた柊馬と群青だが、意を決して扉をノックした。引き戸に手をかけた瞬間、飛来した何やらビーカーのようなガラス容器が額にクリティカルヒットして白目を剥いた男性が2人に倒れ込んできた。

 驚いて反射的に飛び退く柊馬と群青。

 2人が避けたことで床に後頭部を打ち付けた男性。

 数十秒の沈黙の後。きゅう、と目を回してしまっている男性を、怪我人であるはずの群青と柊馬は顔を見合わせつつ医務室に引き摺り込んだのであった。


「いやはや面目ない。患者さんに心配させてしまうとはね」

「いえ……」

 群青の頬に手際よく処置を施しているのは栗色の髪を三つ編みにまとめた白衣の男性。縁無しの眼鏡の上の、彼自身の額にも炎症止めの湿布薬が貼られている。

 そして群青たちがいるスペースの後ろ、扉で仕切られた備品庫の中からは依然として騒音が響き続けている。

「ごめんね。今棚卸しの真っ最中でさ。さっきから何回数えてもレイセンの在庫が合わないらしくて瑠璃鳥は大暴れしてるよ。数本合わないことは前からたまにあったんだけどね、今回は数え間違いや記録漏れじゃ済まない数が出ててさ」

 騒音の正体は深白が語っていたあの瑠璃長先生らしい。話に違わずなかなかに癖の強い人物のようだ。

 群青の手当てが終わり、男性が消毒液などの道具を片付け始めようとしたその時だった。備品庫の扉が勢いよく開き、中から男性と同じ白衣を纏った黒髪の女性が顔を出した。

「万亀山ァ! いつまで油を売っている? 早くこっちを手伝え!」

 言い終わると同時に投げつけられた空のオートインジェクター。それを男性は額ではなく左手で受け止めた。

「おっと。お姫様がお呼びだ。せっかく来てくれたのにバタついててごめんね2人とも。また今度遊びにおいで」

 備品庫の方にすぐに行くよと返事をした男性は医務室の出入り口まで2人を送った。

「あっちで騒いでたのがここの室長の鑑瑠璃鳥(かがみ るりちょう)。僕が瑠璃鳥の助手兼副室長の万亀山実栗(まきやま みくり)。僕のことは気軽に実栗って呼んでね」

「鯨井群青です。手当てありがとうございました。万亀山さん」

 群青は差し出された右手を握り返した。万亀山さんが一瞬捨てられたポメラニアンみたいな顔をしたのは気のせいということにしておこう。うん。


 *


「そうでしたか。面識が持てたのならよかったです」

 話し終えた柊馬と群青に向かって深白はふわりと笑った。どうやら深白が群青を案内して歩いた際に医務室に寄れなかったことを気にしていたらしい。

 社内の怪我人、急病人は言うまでもなく、ヨルの中で身を危険に晒す魔法使いを治療するのも彼ら医務室所属の人間の仕事である。規模の大きいヨルの場合彼らが直接現場に赴くこともままあるため、顔見知りになっておいた方が互いに仕事をこなしやすい。そのための配慮であったのだろう。責任感の強い少女である。


 昼時に近くなり利用者が増えてきた食堂。ついでにと、5人は雑談しながら昼食をとっていた。鶯と鹿乃子、深白は今日は一日本社ビルに待機することになっているが、群青と柊馬は午後から大学で講義がある。

 まだ話し足りなかったのか、見回り任務と称して鶯と鹿乃子、(2人に引っ張られた)深白は、大学への連絡通路まで群青と柊馬についてきていた。ビルと連結している研究棟から大学の本校舎に移動する際に通る階段は薄暗く、昼間でも冷たい空気が漂っている。

「ここはいつ来ても雰囲気があるぜ……」

「あの噂の幽霊でも出そうだぜ……」

 噂の幽霊。聞いたことのない言葉に首を傾げる群青、柊馬、深白に、鶯と鹿乃子はおどろおどろしい口調で語った。

 曰く、最近本社ビルに幽霊が出ると噂になっているらしい。夜中に残業中の社員や当直勤務の魔法使いなどが社内を歩いていると、その後ろに何者かの気配を感じる。しかし振り返ってもそこには何もいない。なんだ気のせいか、胸をなでおろしながら前を向き直すと、そこには世にも恐ろしい姿をした幽霊が——

「そしてその幽霊を見た人間は……」

「あの世に連れて行かれてしまうらしい……」

 きゃー! と叫びながらスマホのライトを顔の下に当てる鶯と鹿乃子。

 その様子を群青は呆れ半分で見ていた。

「なんだそりゃ」

 同じく呆れ顔の柊馬が双子の額にデコピンをお見舞いする。

「それじゃあ目撃者は全員行方不明だろ。一体誰がその話を広めたんだ」

 ふぎゃ、と額を抑える双子。柊馬から逃げた2人は深白の影に隠れながら抗議した。

「なんだつまんないぞこらー!」

「もっと怖がれリアリストどもめ!」

 魔法使いなどと仮にも名乗っている自分たちがそんなものを怖がってどうする。

 気がつくと講義の開始時間がもう数分後まで迫ってきていた。見送りの3人に軽く手を振りつつ、群青と柊馬は各々の講義室へと急いだ。


 *


 その夜。

 本部待機の魔法使いや夜遅くまで仕事に追われていた社員たちのために、本社ビルにはいくつか宿泊用の部屋が備えられている。シャワールームは別に設置されているため備え付けられていないが、それ以外の宿泊に必要な設備は完備されていて、簡易的なビジネスホテルの様である。

 鶯と鹿乃子、深白の3人は個別の部屋ではなく、複数人が宿泊できる部屋をともに利用していた。

 机の上には女子一同の化粧品各種に大量のお菓子の袋、深白の眼鏡、鶯のシュシュ、鹿乃子のヘアオイル。無限に続くガールズトークに喉を枯らした鶯と鹿乃子は自動販売機で飲み物を買うために社内を徘徊していた。

 カフェイン入りの炭酸飲料を2本と甘いミルクティーを1本。手洗いに行くと言って先に席を外していた深白の分も飲み物を調達した2人が部屋に戻ろうとしたその時だった。


 ――暗い廊下の奥から、ぼんやりと光る2つの物体がゆっくりと2人の方へ近づいてくるのが見えた。

 鶯と鹿乃子はひっと、息を飲むようなか細い悲鳴をあげた。

「か、かのちゃん。あれって……」

「う、うーちゃん。まさか噂の……」

 噂の幽霊。それに遭遇したものは例外なくあの世へと連れて行かれてしまうという。

 噂は本当だったのか。

 お互いを抱きしめあって震える鶯と鹿乃子。

 どうしよう。どうすればいい。逃げよう。だめだここは行き止まりだ。終わった。むり。いやあきらめるな。そうだ、戦おう。何が幽霊だこっちは魔法使いだ。怖くないぞ、かかってこいオラァ!!

 恐怖のあまり半狂乱になった2人がハウンドを起動しようと手をかけたその時。

「お2人ともどうしたんですか?」

 目前にまで迫ってきていた光る目が話しかけてきた。


 唖然。


 半口を開ける双子。状況が掴めず小首を傾げる噂の幽霊、もとい兎城深白。

「え!? しろちゃん!?」

「今目が光ってたっていうか現在進行形で光ってるよね!?」

「光りますよ?」

「「光るのォ!?」」

 びっくり仰天する双子に深白はこくりと頷いた。

「光ります。イルジオルの置換率が高いせいらしいですが、私の目は暗いところで光ります。私の眼鏡はそれを隠す意味もあるんですよ。前からずっと光ってましたが……ああ。ヨルの中ではハウンドとか色々光ってますから気が付かなかったんですね」

 それにICEを高速回転させている時は皆さんの目も光りますしね、と淡々と深白は解説してくれた。

 イルジオル置換率とは呼んで字の如く、身体を構成している分子のイルジオルに置換している質量の割合を指す。イルジオルの割合が高ければ高いほど、皮膚表面や粘膜の薄い部分に存在するイルジオルの量も増え、深白のように目に見える形で体表に露出することも少なくなくなる。もっともこれはかなりの高置換率の者に限った話ではあるが。

「な……なんだ〜〜! じゃあ噂の正体はしろちゃんだったのかぁ」

「良かった~~! きっとそれに尾鰭背鰭ついて怪談になったんだろうなぁ」

 鶯と鹿乃子は安堵によって大きなため息を吐いた。

 先程幽霊に怯えすぎた双子が取り落とした飲み物を回収し、3人は夜ふかしパーティの続きをするべく部屋へと戻っていった。


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