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Floraison Dawn  作者: 苺大福
10/15

9,回らないお寿司のために


 辰巳グループ株式会社本社ビル地下1階、演習室C、モニタールーム。

 開発段階のICEの試行運転や魔法使い達の戦闘訓練に使用される演習室群。その各部屋には中の様子を観察と記録ができるスペースが設けられている。演習室Cに設置されたそこで忙しなくペンを動かし続ける重金雛菊は、画面の向こうで火花を散らす赤褐色の刀と群青色の弓を見つめていた。

『そこまで。30秒後にシミュレーターを解除するよ』

 虚空から響く雛菊の声を聞いた錆石柊馬と鯨井群青は、鍔迫り合いの状態になっていた刀と弓を握る力を緩めた。

「よっ……と。お疲れ、群青」

 後方に跳んで距離を取った柊馬は額の汗を拭いながら刀を鞘に納めた。一方、肩で息をする群青に返事をする余裕は無い。柊馬が離れると同時に群青は地面に片膝をついていた。

 痺れによって疲労を訴える群青の左手にあるのは白磁の弓。

 群青色に発光する弦が張りつめたそれは群青のために作られた専用のハウンドである。

 群青の身を包む衣服も、以前のような簡易的な運動服ではなく正式な協議会の制服となっていた。


 数時間前、ハウンドが完成したという連絡を受けて本社ビルに赴いた群青を待っていたのは、雛菊と協議会の制服姿の柊馬であった。

 雛菊から渡された群青専用のハウンドは馴染みのある弓の形をしており、以前使った物よりも少し重量が増しているように感じられた。

「この間の弓をベースに、君の戦い方に合うよう調整したよ。具体的には矢の生成速度と1矢当たりの放出エネルギー量を上げて、反対に自動照準は無し。代わりにハウンド試用時の君の視力を強化するようにしたから、より遠距離の射撃が可能だし、近距離でも敵の動きを捉えやすくなったはずだよ。……ところで群青くん気付いてなかったと思うけどこの間のやつ自動照準付いてたんだよ速度について行けなくなって処理落ちしてお釈迦になったけど」

 あの後正気に戻った雛菊は焼き切れた処理回路の修復作業に神経を擦り減らしたらしい。蛇のような視線で暗にお前のせいだと言われた群青は素直に謝罪した。触らぬ雛菊に祟りなし。

「良い? ハウンドは群青くんの分身。もう1つの自分の身体だと思って扱ってよね」


 *


 演習室をあとにした群青と柊馬は、シャワールームに向かう途中で聴き慣れた男性の声に呼び止められた。

「いたいた! 群青くん、柊馬、お疲れ様」

「お疲れ様です、紫陽さん」

 振り向いた2人の視線の先にはひらひらと手を振りながら駆け寄る辰巳紫陽の姿があった。

「そしておめでとう群青くん、今日から正式に魔法使いとして宜しくね!」

 ぱんっと、どこからか取り出したクラッカーを鳴らす紫陽。ちなみにこのクラッカーもICEの一つで、使用後時間の経過によってイルジオルに分解され空気中に霧散するため片付けの必要のない優れ物である。開発班はもしかして暇なのだろうか。

「へえ、見習いを飛ばしていきなり魔法使いに抜擢ですか」

 顔面にカラフルな紙吹雪を食らって窒息しかけている群青の代わりに、柊馬が感心したように声を上げた。

「うん。群青くんはもともと弓が使えるからね、今日の模擬戦も見てたけどあれなら夜行獣相手でも十分に戦えるでしょう」

 わざわざ見習いから始めても役不足でしょう、と言って紫陽は笑った。

 通常、魔法使いの適性者はまず見習いとしてハウンドの扱い方や戦い方、魔法そのものの知識を学ぶ。適性者の多くは一般からのスカウトで、協議会に属するまで命懸けの戦いなどとは全く縁の無い平凡で平穏な日常を謳歌してきた者たちであり、そんな彼らをいきなり戦場に立たせる訳にはいかないのである。代々協議会の家系である柊馬であっても、18歳で正式に魔法使いに登用されるまでは彼の兄のもとで見習いとして活動していた。

 柊馬と一緒に群青に纏わり付いた紙吹雪や紙テープを剥がしてやりながら、紫陽は群青の身を包む協議会の制服に目を遣った。

「制服も丁度良さそうで良かった、ところでハウンドの仕舞い方は聞いた? それで服も変えられると思うんだけど」

 そういえば聞きそびれたな。

 シャワールームに行く前に脱ぎ方を知っておきたいし、道場でもない場所でずっと弓を持っているのも落ち着かないと、群青は素直に教えを請うた。

 ああして、こうして、と紫陽と群青がハウンドをいじっていると、

「会長! やっと見つけました!」

 タイトスカートのスーツに身を包んだ女性職員が、社員証とポニーテールを揺らしながらよろよろと3人に駆け寄ってきた。ぜぇはぁと息を切らす彼女はどれだけ走り回ったのだろうか、軽く咳をした彼女はキッと眉を上げて赤い顔で紫陽を睨んだ。

「今日は極彩色様に謁見する日です! 今すぐ準備して車にGOです!」

 聞き慣れない単語に顔を見合わせる群青と柊馬、その隣で紫陽は真っ青な顔で滝のような冷や汗を流していた。

「うわ……忘れてた……」


 *


 都内某所。23区の外は発達した都会由来の利便性と豊かな自然が調和した移住に人気のエリアとなっている。紫陽、柊馬、群青は辰巳グループの社用車に揺られながら、()()()()の代表である極彩色(ごくさいしき)極光(きょっこう)のもとへ向かっていた。

 数10分前、説明を求めた柊馬と群青に、答えようとした紫陽を遮って女性職員が口を開いた。

「初めまして群青さん、初対面がこのような形になってしまって申し訳ありません。このアホ会長のせいで」

 がるるるると怒りを露わにする女性職員に、紫陽の背中はすっかり縮こまってしまっていた。

「極彩色極光様、彼女は魔導連盟と自称する組織の長を務めておられるお方です。魔導連盟の歴史は私達協議会よりも長く、その発足の目的は魔導、魔法の継承と秘匿。そして連盟に名を連ねる方々は極彩色様を含め、全員が()()()()()使()()であらせられるのです」

 ——本物の魔法使い。協議会が擁する魔法使いは役職として『魔法使い』という名前を使用しているに過ぎず、物語に登場する摩訶不思議で夢に溢れたそれとは全く異なる。だが、魔導連盟の魔法使い、彼らはまさに()()()()使()()である。

 イルジオルが発見される前からそのエネルギーを感じ取り、ICEを介さずにその身一つで方向性のない無垢なエネルギーに命令を与え奇跡を実行する者。協議会の魔法使いよりも高いイルジオル適性を必要とし、その奇跡の技に研鑽を重ねてきた者たち。

 その末裔が現魔導連盟の構成員達なのである。

「協議会は古くから魔導連盟と協力関係にあります。イルジオルの発見、いえ、協議会の誕生自体、彼らの協力がなければ成し得ることはできませんでした」

 ふと、丸い目を伏せた女性職員は続ける。

「ですが、時代の変化とともにこの世界そのものが持つ神秘性は薄れ、本物の魔法使い達はその数を減らし続けています。魔導連盟の魔法使いはもう両手の指で足りるほどだと聞きます。現在、魔導連盟は便宜上協議会に所属いただいておりますが、私達協議会は魔法を扱う者の末席として彼らに敬意を忘れたことはございません。魔導連盟は協議会に技術、情報的な支援を、協議会は魔導連盟に物質、資金的な支援を行っております。本日の会合も互いの状況、情報の共有や交友、我々が良好な関係を保つために重要な場であるはず、なの、です、が……ッ」

 ギロリ、と協議会トップを睨みつける女性職員。その眼光に耐えかねた協議会トップは明後日の方向を向いた。

「忘れてた? 忘れてたって何ですかこのお馬鹿会長!! あり得ないですよもしすっぽかしたりなんかしたら呪い殺されても文句は言えないですよそれぐらい不敬です分かってますか分かりましたか分かりましたね? 全く……私は手土産と車の手配をしてきますから、同行する人員は会長が用意してくださいね。では今から10分後に駐車場で」

 収まらない怒りをヒールの音に乗せて去っていく女性職員。

 部下に思いっきり叱られた協議会トップはチワワのような顔で群青と柊馬に縋りついた。

「柊馬、群青くん、悪いんだけどお仕事頼めるかな……」


 辰巳グループの社用車が到着したのは一見何の変哲もない4階建のビルであった。

 建物全体の劣化具合からそれなりの年季を感じさせるが、決して廃墟同然などという訳ではなく、本物の魔法使いの根城と聞いて身構えていた群青は少し拍子抜けした。

「ほんとごめんね2人とも、疲れてるのに。お礼と言ってはなんだけど夕飯奢るから、食べたいもの何でも言ってね」

「「じゃあ回らない寿司で」」

 若者らしい2人の要望に紫陽は笑った。

 柊馬と群青は協議会の制服はそのままに、ハウンドだけを小型化させた状態で紫陽に同行している。「恐ろしい魔女に顔を見せに来るってのに護衛の一人も付けないのはどういうことだ。ナメてんかアァン?」という極彩色の一言により、紫陽が彼女のもとへ向かう際は必ず人を付ける決まりとなったらしい。紫陽曰く、自分は日陰の部屋で一人きりで待ってるくせにさ、とのことだった。


 ビルのエントランス、無人のカウンターに置かれた魔女の像を回転させると3人の足元に発光する魔法陣のような模様が浮かんだ。光が消えると同時に流暢な女性の音声が館内に響いた。

「いらっしゃいませ、辰巳魔法協議会の皆様。極光様がお待ちです。右手のエレベーターで4階、2階、地下1階、4階の順にお進みください」

 なんかこういう都市伝説聞いたことあるな、と思いながら群青は紫陽の後ろに着いて歩いた。音声の指示通りにエレベーターを操作して到着した最終の4階。エレベーターの扉を開ける前に、紫陽が重たい口を開いた。

「これから会う人は何というか、すごく変わった人なんだけど……何をされても気にしないで受け流してね」

 扉が開いた先の景色は1度目に訪れた4階とは全く異なっていた。

 1度目は何の変哲もないオフィス用のビルという風貌だったのに対し、今群青の目の前にあるのは広い書斎のような空間である。窓が一切ない部屋には鈍い光を放つステンドグラスのペンダントランプが浮かんでいるが、光源として十分とは到底言えない。足元は夕闇のような紫色が濃く堆積しており、散乱した書籍や謎の置物に足を取られぬよう慎重に進む必要があった。


「お久しぶりです極彩色様。ご挨拶に伺いました」

 書斎の奥、仰々しい彫刻が施された机の向こうに彼女はいた。黒いローブが全身を覆い、その表情を窺い知ることはできない。

「ん? ああもうそんな時期か、よくきたね辰巳」

 思いの外幼い声に驚く群青の顔を、いつの間にか虹の色彩が煌めく瞳が覗き込んでいた。

 思わず飛び退いて後ろ手にハウンドを展開する群青。空中に浮遊する黒いローブの少女——空間跳躍によって書斎の最奥から一瞬で現れた極彩色極光は、その様子をケタケタと笑った。

「群青!」

 慌てた声に振り向いた極光は鼻歌を歌いながら今度は柊馬に取り憑く。彼の周りをぐるぐると回った後にその胸に抱きつき幼い頬を擦り寄せた。小さな体躯からは想像できない力で締め上げられた柊馬から苦悶の声が漏れる。

「おや? お前は知ってるね、聞いたことのある心臓の音だ、でも見たことない顔さね」

「こ……のッ! 離せ……!」

「その辺にしてあげてください極彩色様」

 紫陽の制止によって渋々柊馬を解放した極光は紫陽の手から菓子折を奪い取ると、書斎机の上に座ってむしゃむしゃと菓子を頬張り始めた。

「彼らは協議会所属の魔法使い、錆石柊馬と鯨井群青です。錆石に覚えがあったのはきっと彼の親族にお会いしたことがあったからでしょう」

 柊馬と群青を交互に指して名を述べる紫陽。2人の名前を聞いた極光の動きがピタリと止まる。首だけをぐるりと傾けて柊馬と群青を凝視する様子はなかなかにホラーである。先ほどとは違う、値踏みするような視線がじっとりと2人に纏わり付いた。

「錆石の家の子に……そっちは弓使いのクジライねえ……へえ。今代の辰巳の御当主様は随分とイロを好まれるようで」

 指先を唇に当ててクツクツと笑う極光。かくりと倒した首からローブのフードが滑り落ちた。

「土産はありがとう。中々に美味だったよ、孫にも食べさせてやりたいくらいだ。それで、今回は新しい話題はあるのかい? 魔導連盟(こちら)からは何もないよ。仕送りは十分。こちらからの協力も継続。お前達への追加の要望は魔法の隠匿、これに限るね……全く、やってくれたね本当にさ」

 ほら今まで通りさ、と舌舐めずりをした極光は顎の動きで紫陽を指す。

「こちらからも大きく変更はありません。詳細はこちらをお目通しください。口頭でお伝えしたいことと言えば……開発中のICEに関して偉大なる先達の更なるご助力を期待しております、といったところでしょうか」

「あーあーあー! まだアレやってんの、もう完成でいいだろンなもん。こっちだって全能じゃないんだよ、知るかよヨルとかいう現代の厄災のことなんざさぁ! いっそもう全部喰われちまえば良いんだよ、そんで神秘の時代をやり直せばいい話さ」

 部屋中を空間跳躍しながら面倒くさそうに文句を垂れる極光。癇癪を起こす子供の様だが、その感情の発露に使われる魔法は超高次元の逸品である。1秒ごとにランダムな場所に現れる極光の姿を群青の目は追い切ることができない。

「そうですね。……ですがヨルを解決しない限り、我々の魔法使いという存在は無くなりません」

 紫陽の言葉に、天井で逆さ吊りになっていた極光の耳がぴくりと跳ねた。

「ヨルの被害がこのまま拡大し続ける様であれば、我々もそれに対応するため組織を拡大せざるを得ません。魔法に触れる人間は増え、いずれ協議会が辰巳の手から離れることもあるでしょう」

 いつものにこやかさを崩さずに語る紫陽。その言葉をじっと聴いていた極光はオパールの瞳を見開いて笑った。

「……ハッ! なんだ、脅しのつもりか、小僧」

「いいえ、私は事実を述べただけです」

 辰巳の人間はその血筋のために、協議会の長という立場を除いても、魔導連盟を尊重し、その存在意義……魔法の継承と秘匿を可能な限り守りたいと考えている。故に、見返りに対しとてもではないが等価とは言えぬ支援を快く行い、彼らの存在を各種の機関から隠蔽し続けた。

 協議会にとって利益の少ない行為。それが可能であるのは、それを行う者が協議会のトップであり、かつそれを他の人間に納得させるだけの人望があるためという他無い。

 もし協議会が辰巳の者ではない、己の利益を最優先に行動する者の手に渡った場合、今この時も衰退の一途を辿っている魔導連盟がどの様な末路を辿るかは語る必要がないだろう。

 極光もそれは理解している。滅びゆく己と同胞の運命を直視出来ないほど彼女は愚かではない。それでも彼女が協議会への傲岸不遜な態度を崩さない、否、崩せないのは、他に手が無かったとは言え魔法の存在を証明し、世界に露呈させてしまった先代当主とその実子である紫陽への怒りが故である。

「フン、まあ良い。今はお前達の手の中で踊ってやるとするさ。精々上手く使うことさね、この老いぼれた哀れな魔女をさぁ」

「ご理解感謝致します。極彩色様。」

 恭しく頭を下げる紫陽のつむじを睨み付けた極光は、ローブを翻して書斎の奥の闇に身を沈めた。

「だが今日はもう疲れた! 私は寝る! お前達もとっとと帰りな!」

「はい。ご連絡はまた後日差し上げます。本日はありがとうございました……では失礼致します」

 極光に背を向ける紫陽に続いて柊馬と群青が書斎を出ると、もう来るな、と言わんばかりに木製の扉が勢いよく閉まった。群青が次に瞬きをするときには扉は無機質なエレベーターのそれに変わっていた。

「っは〜〜、疲れた! だから来たくなかったんだよここには……見たでしょあのテンション、やりにくいったらありゃしないよ……2人ともありがとねえ……」

 気が抜けたように大きなため息を吐く紫陽。あの高圧的な魔女に対峙していた先程までの堅牢さは消え、いつも通りの気安い紫陽がそこにはいた。

 柊馬と群青が労いの言葉をかけると紫陽はふにゃりと笑った。

 黄昏時の空の下、本社ビルへと戻った3人は約束通りに、紫陽のおすすめの回らない寿司屋に向かったのであった。


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