1-3 美少女名人の研究会
公会堂を出ると、空は夕焼け色に染まっていた。
艶やかな黒髪が夕陽に彩られて、名人はさっき以上に美しく見えた。
「家はすぐそこだよ。仕事に便利なように、最近新しく近所に建てたんだ」
「へ、へえ。さすが将棋界一、稼いでいる名人ですね」
「スポンサー様々だよ。そのスポンサーが、これからもっと増えてくれると思う。君たち男流棋士のおかげでね」
「ええと、俺と仕事関係のお話でもしたいんですか?」
「着いたら話すよ」
えらいことになった。
棋界の頂点に立つ名人――いやそれ以上に、同年代の美少女からのお誘い。
しかもそのへんの喫茶店や食事処ならともかく、自宅に招くという。業界の後輩とはいえ、今日初めてまともに顔を合わせた他人を。
小さな頃からずっと将棋の修行に明け暮れていた俺は、今まで女の子とまともな付き合いをしたことがない。
この世界の男性はみんな貞操観念が高くて奥手らしいが、女性とろくに接点がないという意味では俺も同じだった。
しかし他の男性と違うのは――俺にはごく普通に、男らしい欲望があるということで。
「着いたよ。ここだ」
表札に「永久」とある。見るからに新築という感じでピカピカした、立派な門構えの大きな一軒家だった。
庭もあって黄緑色の芝生が綺麗に敷き詰められている。土地代も合わせたら建築費はいくらくらいなんだろうか。
「まさに豪邸だ……ご家族と暮らしてるんですか?」
「いや、一人暮らしだよ。お客さんを多く招くことを想定して大きめの家にしたんだ」
そこで俺は、違和感に気づいた。
「ん……? あそこの部屋、明かりが付いてませんか?」
「先客がいるんだよ。仕事の間の留守も任せていたんだ。君が来ることは、さっきスマホで連絡しておいたから」
名人は門を通って庭を突っ切り、鍵のかかっていない玄関のドアを開いた。
「さ、どうぞ入って」
「お、お邪魔します……」
中に入ると、二足のレディース靴が目に付いた。
つまり、俺以外にふたりの女性客がいる。名人と一対一でもドキドキが止まらないというのに。
名人はすぐ近くの部屋の前に立った。ここがさっき外からも見た、明かりの付いていた部屋――
「ん? 襖?」
「ふふふ、ぜひ驚いてくれ」
「……うおおっ?」
襖が開かれると、そこは……つい先刻までいた特別対局室にも劣らない、広々とした立派な和室だった。
そして青々とした畳の上に、ふたりの先客が正座していた。
「玉輝お姉様、お帰りなさい!」
ひとりは茶髪で小柄の、いわゆる妹系みたいな感じ。
「玉輝サン、お仕事お疲れさまデシタ! 対局はワタシたちもしっかり中継で見てマシタ」
もうひとりは金髪の外国人で、だいぶアダルトな雰囲気だ。
ふたりは将棋盤を挟んでいた。つまりここは……。
「将棋用の部屋ですか。わざわざ和室を作って?」
「将棋の勉強をするなら、やっぱり和室が一番だよ。今どきはだいぶ珍しいみたいでハウスメーカーの人にも驚かれたけれどね」
すると先客のふたりもニコニコする。
「こんないいお部屋で研究会をさせてもらえるなんて、あたし本当に幸せですよ~」
「タタミ、それはプロ棋士のソウル! ワタシも稼げるようになったら、絶対和室を作りマス」
名人が腰を下ろしたので、俺もそれに倣う。
「さて、ふたりを紹介したほうがいいかな?」
「あ、はい。お願いします」
この世界に転移した際、棋士たちの顔と名前も知識として与えられたが、ホストの口から話してもらったほうがいいだろう。
「こちらは薬師寺香音四段。私の妹弟子に当たるんだ。プロデビューしたばかりだけど将来有望だよ」
「はじめまして。薬師寺香音、花の十六歳です! 香音ちゃんと呼んでくれていいですよ」
「い、いや、さすがにいきなり名前で呼ぶのは」
「遠慮しなくていいのに~。あたしは銀河さんと呼ばせてもらいますね♪」
快活な笑顔を振りまく薬師寺さん。ピンク色のブラウスと、150センチもないであろう小さな体格が可愛らしい。
「こちらはロクサーヌ・ゴールド五段。史上初の外国人棋士としてニュースになったよね。同門ではないのだけど、私自身が声をかけて引き入れたんだ」
「ハジメマシテ、銀河サン。話題の男流棋士にお目にかかれて光栄デス! 歳はナインティーン、愛称はロキシー! お好きなように呼んでクダサイ」
「は、はじめまして……」
挨拶を返しながら、俺はつい彼女の胸元に視線を移してしまった。
黒いキャミソールの内側で、名人より二回りはデッッッッカいものが谷間全開でアピールしている。
「ムフン、このビッグバストに興味津々デスカ~?」
俺の好色の視線に、ロクサーヌさんも当然すぐに気づく。ニヤニヤ笑っていた。
「すいません!」
「何を謝るデスカ? この自慢のMカップ、もっとよく見てクダサイ」
「え、えむ……?」
そんなサイズがこの世にあり得るのか?
「実績では玉輝サンに差を付けられてマスガ、バストのサイズはずっとオーバーしてるのが自慢デス!」
「ふっ、ロキシーはさすがにもう上限に達しているだろう? 言っておくけど、私のIカップはまだ成長中なんだぞ。追い越せる可能性は十分にある」
「うう~、ロクサーヌさんも玉輝お姉様も、Aカップのあたしからしたらどっちもバケモンですよ。でも微乳にも価値があるんですからね!」
さて、俺自身の自己紹介は必要ないようだ。肝心なことを聞かねばならない。
「それで名人。俺をお招きいただいた理由は……?」
「私はこの自宅で研究会を行っている。今は香音とロクサーヌを含めて三名なんだが、そこにぜひ君も……銀河も加えたいんだ」
さっきまで最上くんと言っていたはず。唐突に名前で呼ばれて、ドクンと心臓が跳ね上がる。
「今日の対局で確信したよ。銀河、君は男流棋士の中では頭ひとつ抜けて強い。ぜひとも一緒に、この果てしなき将棋の道を追究したい。そう思ったんだ」
「お、俺が……名人の研究会のメンバーに?」
元の世界でも、プロ棋士同士の研究会というのはあった。
当然、参加するメンバーには強さが求められる。デビュー直後の新人がトッププロに誘われるなんてことはまずありえないはずだ……。
「玉輝お姉様は、話題の男流棋士だからって無条件で引き入れたいとは考えてなかったんですよ。記念対局で自分に勝てたらって言ってたんですけど、四人の中では銀河さんが初めてでした」
「さっきの対局、素晴らしかったデス。名人が認めたというのも当然デス」
薬師寺さんとロクサーヌさんが、俺を何やら熱い眼差しで見つめていた。
「どうかな。もちろん無理にとは言わないけれど」
名人はあくまでも俺の意思を尊重してくれているらしい。
そこに希少な男性、男流棋士への配慮が見て取れた。
俺はここにいる女性たちの人となりを、まだほとんど知らない。
だけど、信頼できると感じていた。
それに……こんなに素晴らしい和室で普段から将棋が指せるなんて。使われている盤駒も相当に高級なものみたいだ。普通のマンション暮らしでまだ金のない俺にはありがたすぎる。
「ぜひ、参加させてください!」
「っ、本当にいいのか?」
「もちろんです。これからよろしくお願いします」
「わあ、やったあ♪」
「イエス! この研究会、ますます楽しくなりそうデス!」
薬師寺さんとロクサーヌさんも大喜びだった。
「じゃあ銀河、夕飯前に一局私とやろう! 練習将棋とはいえ、今度は同じ持ち時間。対等な勝負だぞ」
「はい!」
しかし俺はこのとき、まだよく理解していなかったのだ。
この貞操逆転世界の女性たちの、根本的な性格というものを。




