1-4 美少女たちとの練習対局
「ぐっ……負けました」
「ありがとうございました」
名人との練習将棋は一進一退の攻防が続いていたが、肝心なところで俺にポカが出てしまい、あっけなく討ち取られてしまった。
「なんだか、しょうもないポカだったね?」
感想戦をしながら、名人は苦笑いしていた。
「いや、いい将棋だったのに台無しにしてすいません」
言い訳をさせてもらうなら……こんな美少女たちに囲まれての将棋は、集中力を保つのがちょっと難しかったのだ。昼間の記念対局は名人と一対一だったし、仕事という緊張感があったから何とかなったのだけど。
「銀河さん、本当に強いですね。あの歩頭桂とか、あたしには全然見えませんでした」
「受けの力も抜群デス。こんなところに飛車を打つなんて! 勉強になりマス」
「感心してばかりじゃダメだぞふたりとも。次は君たちの番なんだからな」
それにしてもこの永久名人、強い。俺にポカがなくても勝ち切れたかどうか。
もっとたくさん指してみたい。そんな正直な気持ちに囚われていく……。
「では夕食休憩にしよう。今日は香音の当番だったな」
「昼間のうちに仕込んでおきましたよ。すぐにご用意できます♪」
この研究会では、持ち回りで食事当番を決めているらしい。ダイニングキッチンに移動すると、薬師寺さんがタッパーに入ったたくさんの料理を冷蔵庫から取り出す。彼女はそれをせっせと配膳し、必要なものはレンチンしたり鍋で温めたり。
「さあ、どうぞ召し上がれ!」
まずはポテトサラダを。俺の大好物のひとつだ。
「う、美味い……!」
お次はビーフシチュー。トロットロの肉を口に放り込むと、凝縮された旨味が口内で弾けていく。
「これも美味い……! 薬師寺さん、料理が上手なんだ」
「えへへ、ありがとうございます。男性の胃袋をがっつり掴むために、小さい頃からみっちり勉強してましたからね」
「……それって、女性ならだいたいそうなのかな?」
「ワタシの故郷のアメリカでもそうデシタ。世界共通だと思いマスヨ。もちろん玉輝サンだって」
「次回の料理当番は私だからな。期待していてくれ」
名人が得意そうに微笑み、胸を張る。ロクサーヌさんには敵わないと言っても、やはり相当の迫力だ。
「ところで俺は……料理はからっきしなんですが」
「男性に料理をさせるなんてとんでもない! 銀河はもちろん当番は免除だよ。美味しく食べてくれるだけでいいさ。食費なんかも入れなくていいから」
「っ……それはどうも、ありがとうございます」
これが貞操逆転世界における男性の扱われ方なのか。至れり尽くせりだな……。
で、夕食後。薬師寺さんとの練習対局。今度はしっかり集中しよう。
「むっ、角換わりか」
「あたしの好きな戦法なんですよ。これを極めたいと思ってまして」
序盤早々に互いの角を交換するのが角換わりだ。手持ちにした角をいかに使うかが腕の見せ所。元の世界ではもっともポピュラーな戦法だった。俺だって最優先で勉強していたものだ。
そしてその勉強量は――どうやら俺のほうが上回っているらしい。
「えっ……うそ、そんな手が……」
小考に沈む薬師寺さん。
いま指した手は定跡のはずだが、知らなかったのだろうか?
ともあれ、手を緩めるつもりはない。彼女の必死の応手を、冷静に対処していって――
「ま、負けましたっ。うわー、あっという間に崩壊しちゃったよ」
「なるほど。私も考えていた手だったが……これは定跡になるな」
名人も俺の指した手に関心を抱いているようだった。
もしかして、この世界の将棋は……いや、そのことは後で考えよう。
「よーし、お次はワタシ!」
そして、ロクサーヌさんとの対局。
「ふうむ……ロクサーヌさんは位を重視する棋風なんだ?」
位を取る――盤面の真ん中を自分の駒で制圧するような指し方のことだ。
「この位は玉輝サンのオッパイより大きいデス。女というものは一ヶ所だけ大きいものがあれば、幸せになれるものデス」
よくわからないことを言いながら、機嫌よく指していくロクサーヌさん。
しかし俺は、彼女自慢の位に綻びが生じているのを見逃さなかった。
「Oh?」
ロクサーヌさんも遅れて自陣の欠陥に気づいたらしい。
容赦なく指し進めていくと、彼女は両手で頭を抱えた。胸だけじゃなくリアクションも豊かな人だ。
「くうっ、これはもう……無理デス。負けマシタ」
俺が彼女の玉を詰ましに行くにはもう少し手がかかりそうだったが、その前に勝負の見込みなしと察し、ロクサーヌさんは投了してしまった。
「はわあ、ロクサーヌさんも完敗ですか」
「ロキシーの陣形の厚みには、手を焼く人も多いんだが。銀河は苦もなく破ってしまったな」
名人は褒めてくれるが、プロとしては当然の手だったと思う。
俺は部屋の隅にある木製のローテーブルを見た。その上にノートPCが接続されている。
「あれでデータベースを見ること、できますか?」
「ああ。そのために置いてあるからね。自由に使ってくれ」
プロの将棋界は、これまでの公式戦のすべての棋譜を記録している。アマチュアではアクセスできない、プロ専用のデータベースがあるのだ。
俺は先ほどから気になっていたことを調べた。
この世界の将棋棋士の、全体的なレベルだ。
「……むう」
そしてわかったのは、元の世界と比べると……いささか遅れているということだった。
先ほどの練習将棋でもわかってしまったが、正直、薬師寺さんとロクサーヌさんはあまり強くない。
彼女たちと同じ四・五段の棋士の棋譜をいくらか追ってみたが、似たような印象を抱いた。序盤は甘いし、中盤の大局観には首をかしげるし、終盤の詰み逃しもちらほらある。俺が戦ってきた奨励会では、これじゃちょっと通用しないだろう。
そんな中で、永久名人だけはどうやら別格らしいが……。
「おっ、私の棋譜を見てくれているのか。参考になるかな」
当の本人が横から覗き込んでいた。
「ええ、さすが名人って感じで」
「光栄だね。それより銀河、お風呂が沸いたから」
「はい、ありがとうございます。………………はっ? お風呂?」
名人はニコニコ笑っていた。
「ぜひ今夜は泊まっていってほしい。その前に身を清めてくれ」
「いやいやいや待ってくださいよ! そろそろ帰るつもりだったんですけど?」
「香音もロキシーも、泊まることはしょっちゅうだよ。君だってもう私の研究会のメンバーなんだから、自分の家のように寝泊まりしていいんだ」
「そうですよ銀河さん。帰るなんて言わないでください」
「これでお別れは寂しいデス。もっともっと一緒にいまショウ!」
ずいずいっと迫ってくる美少女三人の圧力に、俺は頷くしかなかった。




