4-6 タイトル防衛のご褒美♥
その後、両対局者は感想戦を終えて、打ち上げ会場にやって来た。
タイトル戦では終局後、関係者のみのお疲れ様会が開かれるのが恒例だ。
俺も大盤解説会の聞き手だったから、その末席に加わらせてもらっているわけだが……玉輝さんはいろんな人に話しかけられていて、なかなか接触する機会がない。
「せっかく小鳥遊二冠に勝って挑戦者になれたのに、これじゃ彼女に怒られてしまうわ。自分に勝っておいてその体たらくはなんだって」
「ああ、気性の激しい彼女の言いそうなことですね。小鳥遊さんは挑戦者決定戦の日に生理が重くなって、全力が出せなかったという噂がありますけど」
「それ、本当のことよ。女だからそういうこともあるわよね。にしても、もうちょっと粘りたかったわぁ」
玉輝さんと歓談する荒木八段は、あっけらかんとしたものだった。悔しいことは悔しいだろうが、見苦しく面に出すことはない。立派な敗者のふるまいだった。
「琉王、このたびはおめでとうございます」
「ありがとうございます。応援してくれているファンとスポンサーの皆さんのおかげで、いい将棋が指せました」
「琉王をCMに起用したいという企業があってですね。ぜひ話を聞いてあげてほしいのですが」
「CMは前にも出たことがありますけど、楽しい仕事でした。ぜひ協会を通じて連絡してくださいとお伝え願います」
玉輝さんを囲む人はちっとも途切れない。じっと待っていても仕方がなさそうだ。
「最上くん、このチーズ美味しいわよ~!」
「あ、俺も食べてみます」
「男の子なんだからいっぱい食べなきゃね。精力をみなぎらせなきゃ!」
俺は仕方なくバイキング形式の食事を堪能しつつ、こちらに声をかけてくる人たちの応対をしていった。
「ところでこのあと、あたしの部屋に来ない?」
「抜け駆けはダメよ? うちだって狙ってたんだから」
「ローテーションでもいいからさ、私の部屋にも来てよ♪」
「す、すいませんが疲れているので……!」
俺も玉輝さんと同じくらいに囲まれ続けて、とても脱出するチャンスはなかった。
賑やかな打ち上げもやがて終わって、すっかり夜になった。
「さてと……っとっ?」
宛がわれた部屋に戻ろうとして廊下を歩いていると、いきなり背後からガバッと抱き着かれた。
振り返らずとも、その感触を俺が間違えるはずもない。
「玉輝さん?」
「うん、私だよ」
玉輝さんは密着したまま、俺の正面に回ってきた。
赤い花の柄をあしらった、素敵な和服だった。対局はとっくに終わっているのだから私服に着替えてもいいのに、彼女は打ち上げの時からこの勝負服のままだった。
「さっきはごめんね。私に声をかけたがっていたようだけど……タイトルホルダーには大人の付き合いっていうのがあるからさ」
「そんなの当然じゃないですか。別に気にしてないですよ。……遅れましたけど、防衛おめでとうございます」
「ありがとう。今日は君が大盤解説の聞き手っていうから、一段と気合いが入ったよ。あの銀捨て、どうだった?」
勝負を決めた、鮮烈な一手。俺も解説会で指摘できたことを話すと、玉輝さんは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
「やっぱり君はすごいな! 実を言うと、銀河だったら同じ手を思い浮かぶかなって思っていたんだ。その通りだったよ」
「俺と玉輝さんって、思考が似るんですかね」
「そうだな。似たもの同士なんだよ。……じゃあここで質問だ。いま私が考えていること、当ててみせてくれ」
興奮に彩られて染まりきった頬と、潤んだ瞳。あまりにも簡単な質問だった。
俺は返事をする代わりに、玉輝さんの手を取って自室に戻った。
そして今度は俺のほうから彼女に抱き着き、熱い口付けを送る。着物に包まれた体をまさぐっていく。
「んんっ……♡ タイトル防衛のご褒美ちょうだい……今夜はいつも以上に燃え上がりたい……♡」
「和服のままでいたのも、そういう意図があったんですね?」
「ご明察。和服なんて家で着ることはないし、こういう機会でもないとさ。……でもさっき、言い寄られていた時に疲れてるとか言ってなかった? 無理はさせたくないけど」
「あんなの嘘に決まってるじゃないですか。和服美人の玉輝さん以外を抱くつもりはなかったですよ」
「そうか、本当にいい子だな君は。……ふふっ、徹夜を覚悟してくれよ♡」
タイトル防衛という大仕事を成し遂げた玉輝さんの、抑圧されていた力の解放はすさまじかった。
俺もまた、将棋界一の強い女を抱き伏せているという愉悦感が、呆れるほど長続きした。きっと廊下や隣の部屋にまで俺たちの声が聞こえていただろう。
やがて夜も白々と明ける頃、ようやくお互いに収まりも付いた。
「ねえ、銀河」
「何ですか」
まだかすかに火照る体をくっつけながら、玉輝さんは問うてくる。
「今の状況に、不満はある?」
俺は少し間を空けてから答えた。
「うん……あります」
「どんなこと?」
「俺も、玉輝さんみたいに大舞台に立ちたいです。でも、男流棋士の立場じゃそれは叶わない」
「そうだよね。私も不満なんだ。銀河のような実力者が活躍できないのは」
いま開催中の男流名人戦は、もちろん素晴らしい棋戦だ。おかげで相当の注目が集まっており、棋譜中継や動画のアクセス数も並の棋戦を遥かに凌駕していると聞いている。
でも、もっと大きな舞台をと、欲が出てしまうのだ。
「大丈夫。いつか銀河の願いは叶うよ」
「えっ……?」
「なんでもない。さすがに疲れたね。おやすみ……」
玉輝さんは俺の腕の中ですぐに寝息を立てた。
今のはどういう意味だったんだろう? しかし考えている余裕はなく、俺も眠りの世界に誘われていった。




