4-5 A級棋士より解説できる聞き手
男流名人戦はまだまだ続くが、あいにくとライバルたちの対策だけで過ごすわけにはいかない。他の仕事もいろいろあるのだ。
しかし今回の仕事はとても楽しみだし、オファーを光栄に思っていた。
「それでは登場していただきましょう。解説の三笠晶九段、聞き手の最上銀河男流初段です!」
司会に呼ばれて登場すると、たくさんの女性の歓声が俺に押し寄せてきた。
「きゃあああああ!」
「銀河くーん!」
「抱いてー!」
マイクを持たされた俺は、ひとまず無難に挨拶した。
「えー、どうも。最上です。よろしくお願いします」
「固いわね~。もっとはっちゃけてもいいのよ?」
「三笠先生、勘弁してください」
そんなやり取りも微笑ましく映るようで、客席の女性たちは笑顔で盛り上がっている。司会の人も興奮気味だ。
「さあ、琉王戦七番勝負第四局の二日目が始まりました! ここまで三連勝の永久玉輝琉王がストレートで防衛なるか。それとも挑戦者の荒木愛子八段が一矢報いるか?」
今回の俺の仕事は、大盤解説会の聞き手というものだ。
名人、琉王、瑛王、桜位、桜座、棋星、棋桜、桜将――将棋界に八つあるタイトル戦。
これらのタイトルのうち、玉輝さんがいま「琉王」のタイトル防衛に向けて戦っている。
玉輝さんは普段は名人とだけ呼ばれているが、実際は六つものタイトルを保持している。つまり永久玉輝六冠だ。
このうち琉王は、名人に次ぐ歴史を持つ。多くの棋士の憧れとなっている大タイトルなのである。
(すごいよな、玉輝さんは)
で、タイトル戦は全国各地の有名ホテルや旅館で行われるのだけど、その解説会には現地のファンが多く集まる。中にはわざわざ遠方から駆けつける人もいる。
そんなありがたい将棋ファンたちのために、大きな将棋盤を使って局面をできるだけわかりやすく解説する。それが求められているわけだ。
しかし俺は、あくまでも聞き手。解説担当の先輩を立てなければならない。
「局面は今、こうなっています。一目、難解だわね~」
三笠晶九段は五十代のベテランにして、現A級棋士のひとり。確かな実力者だろうから、普通に対応していればいいとは思う。
「ところで最上くんは、永久琉王の研究会に入っているとか?」
「ええ、幸運にも入れていただきまして」
「そのおかげもあって、先日のデビュー戦も飾れたわけね!」
将棋の対局はフィジカルスポーツのように激しい動きはないので、手持ち無沙汰にならないよう、大盤解説会ではこうした雑談も大事になる。いじられるのも、今のうちに慣れておかないとな。
さて、今は先手の玉輝さん――永久琉王の手番だ。
かなり長考している。はたしてこの先の方針は決まっているのか。それとも……?
「難解な局面ねぇ。私もさっきから見えてないんだけど、最上くんだったらどうする?」
「いや、三笠先生が見えていないのを俺なんかが……」
「そんな遠慮しないで、思い切って言ってごらんなさい! 皆さんも聞きたいでしょ?」
わーっと、また拍手が巻き起こる。
男流棋士の発言機会を増やしてあげるのも、先輩の役割ということだろう。
ならば、遠慮せずに言ってしまおうか。
「……こういう手が、いいと思います」
俺がその手を示すと、三笠九段は驚愕した。
それは後輩の俺に見せ場を与えるのではなく、本気の驚愕であるらしかった。
「これじゃ、銀がただで取られるけど……?」
「はい。でもこうして、こうなれば……銀損はしますけど代わりに飛車角が働くようになるので、いいんじゃないかと」
三笠九段は俺の考えたとおりに、大盤上で駒を動かしていく。
「………………本当に、良さそうねこれ。いや、もうこれしかないかも。琉王はどうするのかしら」
三笠九段のその言葉を合図にしたかのようだった。
「琉王、指しました!」
スマホをチェックしている司会の人が、離れた対局場にいる玉輝さんの手を教えてくれる。
――指したのは、銀捨て。俺が言ったのと同じだった。
「すっごーい! 大的中よ最上くん!」
万雷の拍手が客席から届いた。三笠九段は腕組みしながら何度も頷き、感心している。
「いや、私ね、本当に見えてなかったのよ。解説と聞き手、今から交代する?」
どっと笑いが起こった。さすがにそこまで大それたことはしたくない。
ともあれ――永久琉王の渾身の一手に、今度は挑戦者の荒木八段が長考に沈んだ。
そこからは玉輝さんの盤石の駒運びが光った。間違いなくあの手が、勝負の流れを引き寄せたのだ。
やがて、決着が付いた。三笠九段が感嘆の声を漏らす。
「荒木八段、ここで投了しました……!」
永久琉王、四連勝で琉王防衛。
六冠を堅持し、第一人者としての存在感をアピールしてみせたのだった。
「うーん、終わってみれば圧巻の四タテ。さすが永久琉王だったわね」
「はい。本当にすごいです」
「すごいのは最上くんもよ。琉王とまったく同じ、勝利の手を考えていたんだから!」
男流棋士を侮る棋士も多いらしい中、三笠九段はずいぶん素直に褒めてくれる。
でも一番に褒めてほしいのは、玉輝さんだった。早く顔を見たくなった。




