1-1 俺は男流棋士
目が覚めたら貞操逆転世界だった。
「うおおおおっ? なんでだよ?」
貞操逆転世界。高校のクラスメイトがコミックやWEB小説好きで、その概念を聞かせてくれたことがあった。
男性は慎ましい性格で、逆に女性は奔放な性格。
そして男女の人口比が著しく偏っているケースも多い。
この世界の男女比は驚愕の1:1000――転移した瞬間、他にも様々な知識が俺の頭にインストールされていた。
なので社会のことが何もわからず迷うということはなさそうだったが、さすがに落胆せざるを得なかった。
「せっかくプロ棋士になれたのに……全然別の異世界に来たようなもんだよなこれ」
俺、最上銀河は念願の将棋棋士デビューを決めたばかりだった。
幼い頃から名人に憧れ、来る日も来る日も修行を続けていた。
そして原則で年間四人しかプロになれないという狭き門の中、十七歳でのデビューを勝ち取った。これはかなり早いほうだ。
で、師匠や同門のみんなにお祝いしてもらって、心地よく眠りにつき……起きてみたらこの状況である。
「でも……とりあえず仕事に行かなきゃな」
一般的な知識の他に、現在の俺自身の状況も把握できていた。
ベッドから起き上がり、部屋に飾られている免状を見る。
発行は日本プロ将棋協会。日付はごく最近。
そう、この貞操逆転世界でも、俺は将棋のプロになったばかりらしい。
免状にはこんな文言がある。
「『男流棋士』か……はは、なんてこった」
通常の『棋士』とは異なる、男性のみがなれる別制度の将棋プロ。
女性が大多数の中で特別に与えられた――要するに男子枠だ。
☗
都内某区の将棋公会堂に徒歩で向かう。
その途中、俺はひっきりなしに声をかけられていた。
「きゃあ! 男流棋士の最上さんですよね?」
「握手してくれる?」
「サインお願いできますか?」
「これから大事なお仕事に向かうんですよね。このままホテルに連れ込みたいけど我慢します!」
「おっぱい触る? 触ると御利益があるって言われてるのよ♪」
ずっとこんな調子で、俺は作り笑顔での対応に追われた。
元の世界だったら、新人の将棋プロというだけでこうまで注目されることはなかっただろう。
「本当に男ってだけで、無条件で言い寄られるんだなぁ……」
男性の数が著しく少ないこの世界。女性は一度男性を見つけたなら、ありあまる情熱と手練手管を用いてモノにしようとする。
もちろん性的な意味でだ。
つい強引な行動を取ってしまった結果、警察に怒られてしまう人もちょくちょく出ているらしい。
そんな中で俺を含む男流棋士たちは今、普通の男性以上に社会的な関心を集めていた。
「……これは見慣れた光景で、ちょっと安心するな」
将棋公会堂――公益社団法人日本プロ将棋協会の本拠地に到着する。
名称こそ元の世界とちょっと違っているけど、建物の外観と住所は変わっていない。おそらく内部の構造も同じだろう。
ここで俺は間もなく、全国の注目を集めているイベントに臨む。
いきなり異世界に放り込まれた俺だけど、結局することはどこであろうと将棋しかないんだ。いざ気合いを入れて建物の中に入ろうと――
「わっ?」
女性の小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、体に軽い衝撃が。
張り切って歩いていたら、周りがよく見えていなかったみたいだ。しかも悪いことに、俺はその人と重なるように倒れ込んでしまう。
「あっ……」
再び女性の声がした。同時に、俺の手の平に地面とは違う感触が。
むにゅんむにゅん。実際にそんな効果音が鳴りそうなほど、それはとてつもなく柔らかくて――
「す、すみません!」
俺は即座にそこから手を離し、慌てて立ち上がった。
対する女性は、ゆっくりと余裕の素振りで起き上がる。そうするうちにも、今し方触れてしまった豊かなモノが揺れていた。
「ふっ、さっそく盤外戦術かい?」
「ほ、本当にすみません! お詫びのしようも」
「なんだ、本当にうっかりだったのか。可愛い子だね。大丈夫、怪我はしていないよ」
気にするのはそこか。ああ、貞操逆転世界だからたまたま胸に手がいったくらい、まったく何でもないことなんだよな。
俺はあらためて、その女性を真正面から見る。彼女もまっすぐ視線を合わせてきた。
「こんにちは、最上銀河くん。こうして面と向かって話すのは初めてだね」
星空のように黒く、ところどころ白く輝く長髪。彫刻のように整った目鼻立ち。
そしてワイシャツを大きく前方に押し上げるバスト。生でこんなサイズを見るのは生まれて初めてだ。
「……こんにちは。永久先生」
「君たち男流棋士は今や、私をも上回るくらいの有名人だね」
「いや、そんなことは。名人である永久先生に比べたら」
名人。すべての将棋プロが目指すべき頂点。
この世界でその地位に就いているのが、目の前に立つ十八歳の美少女。
史上最年少名人・永久玉輝――今この国でもっとも有名な女性だった。
「じゃあ、せっかくだし一緒に行こうか。これから勝負するといっても公式戦じゃないんだし、気楽にやろう」
「はい」
彼女の二歩ほど後ろについて、俺は将棋公会堂に足を踏み入れた。
男流棋士としてデビューした俺と、現名人である永久玉輝との記念対局。
元の世界ではまずありえない、俺の最初の大仕事である。




