第89集 倭寇襲来
再会を祝した宴会は3日続き、4日目の朝に急報が届いた。
「報!金軍が、登雲山の掃討作戦を計画しているとの情報です!」
頭領達は、ザワザワと騒ついた。
「何だってこの登雲山を攻めると言うのだ?」
「そうだ、こんな山寨を攻める益など無いだろうに」
「父上!某に、少々心当たりがございます」
そう言うと徐晟は、報告をもたらした配下に向き直って問うた。
「その金軍の指揮官は、阿黒麻と言うんじゃないかね?」
「そうです。兀朮の軍師、阿黒麻が直々に指揮を執っています」
「やはりそうか」
「しつこいな」
「お前達は余程、阿黒麻とやらに気に入られた様だな」
呼延灼が言うと、呼延鈺は首を振って否定した。
「違いますよ父上。俺達が、兀朮から預かった大切な名馬を2頭も奪ったものですから、必死で取り戻しに来るんですよ」
呼延鈺は自分達のせいで登雲山が攻められる事になったので、バツが悪そうに笑った。
「我々は合流したと言えども飲馬川が3千、登雲山が2千で合わせて5千。それに対して阿黒麻が率いる金軍は2万よ。とても防ぐ事など出来ないわ。こうなったら予定より早いけど、李俊達がいる金鼇島へ向かいましょう」
俺が皆を促すと誰も異論も無く、すぐさま山寨に火を放ち引き払った。
「だけど金鼇島へ陸路では行けないわ。船を調達する必要がある」
「それについては考えがあります。阿黒麻が登州で、劉夢龍の弟の劉夢蛟に軍艦を建造させていましたが、宋清殿と朱仝殿の騒動で呼ばれたらしく、今は済州にいる様です」
「ははは、なるほど。ならば、今がチャンスと言う訳だな?」
劉夢龍は、かつて梁山泊が招安を断った時に激怒した高俅が攻めて来た事があったが、官軍を打ち破って高俅を捕らえた。この時、官軍の水軍を指揮していたのが劉夢龍である。高俅は敗戦の責任を問うて、劉夢龍を処刑した。
計画を決めてからの旧梁山泊軍の行動は早かった。一昼夜を駆けて造船所に着くと、金軍は驚くほど少なかった。登雲山を攻める為に、集結させられたのだろう。ざっと見渡しても、ここには千人もいない。敵の5倍の兵力で突撃し、あっという間に斉軍を蹴散らした。そしてそのまま、軍艦を強奪して乗り込むと海に出た。
「うひょお。全軍、出航!帆を上げろぉ!」
「帆を上げろぉ!!」
かつて梁山泊で水軍を指揮していた阮小七は、海を見て高揚したようだ。水を得た魚の様に無邪気にはしゃぎ出したので、俺は苦笑せずにはいられなかった。
巨大な戦艦と言えども、この時代だから木造だ。沈没しないか不安で、恐怖と緊張で精神が張り詰めていたが、梁山泊の皆は平然として酒盛りを始めたのだ。
(おおぃ、ここでも酒を飲むんかぃ!)と心の中でツッコミを入れると緊張が解け、それがいけなかったのか、今度は強烈な吐き気を催して船酔いに苦しんだ。
「ははは。太后様、あんたは海を渡って遠い異国の地、倭国からおいでなさったんだろ?こんな程度で船酔いしちゃならねぇ」
「船酔いなんざ酒に酔っちまやぁ、酒に酔ってんのか船に酔ってんのか分からなくなっちまわぁ」
そう言って阮小七が絡んで来たけど、それに反論する気力も無くてうなされた。
「うっ…も、ダメ…」
俺は海に、キラキラを撒いた。
「ちょっと、大丈夫?」
「姐姐(姉さん)…全然大丈夫じゃないみたい」
水を飲んでみたが、一向に船酔いが治まらない。青い顔をしながら、俺は吐き続けた。
「倭寇が出たぞー!!」
「倭寇だぁ!」
水滸後伝には金鼇島に向かう旧梁山泊軍が、倭寇に襲われると言うシーンがある。今は1135年であり、倭寇が歴史に登場するのは、朝鮮の「高麗史」に於いて1223年に、「倭人が朝鮮半島に寇した」と記述されるのが最初である。水滸伝は明の時代に書かれた小説である為、その頃頻繁に現れて中国近海を荒らし回り、恐れられていた倭寇を小説に登場させたのである。更にこの後、日本人であれば誰もが驚く事が2つほど登場するのだが、それはもう少し先となる。
賢明な読者であれば察する事ですが、宋の時代の日本は平安時代であり、明の時代の日本は江戸時代である。これだけの時代格差がある為、今ほど正確な情報収集が可能な資料が乏しく、伝え聞き耳にした話や講談を取り入れるのも致し方ない事だった。
また、武士が登場するのは平安時代中期頃であり、後期にもなれば平清盛が太政大臣となって実権を握る様になる。平安時代にも武家の始まりみたいなのはいたが、江戸時代以降の様に精錬され完成された流派には到底及ばない。俺がこの時代に於いて、倭国最強だと豪語したのもあながち嘘では無いのだ。
「倭寇だって?」
ふざけるな!倭寇が登場するのは、今から88年も後の世だ。それに確かに最初は倭寇も、海賊紛いの事をしていただろう。しかし倭寇は中国近海よりも、朝鮮近海の海を主に荒らしていたのだ。中国近海を荒らし回った倭寇は、倭寇のせいに見せ掛けた同じ中国人が犯人だ。倭寇だと格好付けて、全ての罪を倭寇に擦り付けたのである。つまり中国人が中国で犯した犯罪を、日本人が行ったかの様に見せ掛けていただけである。
だが、船酔いで足元もおぼつかない足取りで倭寇を見ると、確かにそれは本物の倭寇であった。何故なら、堂々と薩摩国の旗を掲げていたからである。
「あれは、薩摩…。鹿児島か。だがまだ示現流は生まれていない。今の薩摩で、俺より強い武士は居ないだろう」
示現流は1604年に、東郷重位が天真正示現流を「示現流」と改称した事に始まる。
此方は、およそ百隻もの艦隊だ。襲うつもりがあっても、おいそれと手は出せないだろう。そう思っていると、火矢を射かけて来た。
「嘘でしょう!正気なの?勝てるとでも思ってるの!?」
「撃ち返せ!」
宋の軍艦は、既にこの時代で大砲が搭載されており、造船技術も世界トップクラスであった。
ドーン ドンドンドーン
雷が落ちた様な轟音を辺りに響かせた。しかし倭寇の船は漁船を装っている為、軍艦よりも遥かに小さく、また波打つ海面で照準を合わせるのは難しく、その小さな的に命中させるのは困難を極めた。
「こっちは大軍だ!囲んで追い込み、殲滅しろ!」
だが領海は既に倭国に入っており、彼らの縄張りである。潮の流れを巧みに読まれ、尚且つ彼らは操舵力に優れ、我が軍がどれほど風を利用しようと、追いつく事が出来なかった。
「うぐっ、しまった!皆んな掴まれ!!」
李応が叫ぶのとほぼ同時に巨大地震の様な振動を受け、手すりやロープなどに掴まる事が出来なかった者は、宙を舞い甲板に背中を強か打ち付けた者や海に放り出された者もいた。
「うあっ…」
俺は咄嗟に掴んだロープを握り締めていたが、そのロープが千切れて海に投げ出された。俺は暗い海の底に沈みながら、青く光る海面が遠ざかって行くのを眺めていた。
「寒い…」
俺は海面を目指す為に必死に手足で水を掻いたが、寒さで上手く身体が動かせず、また着物が重く動きを阻害して力尽き、俺は徐々に意識が遠退いて行った。




