第90集 宮本武蔵が恐れた男
「痛っ!」
俺の鼻先を挟んだ生物は、まだ死んで無かったのかと驚いて、蜘蛛の子を散らしたみたいに逃げ出した。独特な潮の香りに、波の音。俺は何処かの浜辺に、打ち上げられていた。蟹に挟まれた鼻を摩り赤くしながら、起き上がって周囲を確認した。
辺りには、旧梁山泊の仲間達は誰も見当たらない。そう言えば船が座礁した衝撃で、俺1人だけが海に投げ出された事を思い出した。
「他の皆は、無事かしら」
ふらふらと歩き始めると、潮水を含んで濡れた着物は重たくて歩きにくかった。
『自動洗浄』
『衣装替』
生活魔法を唱えて身体と着物を綺麗にした後、侍風の衣装に着替えた。
「おっ?」
ステイタスに反応があるので、開いて見て驚愕した。
「嘘でしょ!?」
俺は刀を会得していないのに、何故か流派を会得していた。
「し、しかも二階堂流…」
二階堂流を創設したのは、松山主水と言う熊本の剣豪である。松山主水はあの天才軍師・竹中半兵衛の従弟でもあり、その奥義である初伝「一文字」は横に払い斬り、中伝「八文字」は袈裟懸けに斬り、奥伝「十文字」は縦斬りと横斬りをほぼ同時に斬る神速の奥義で、「一」「八」「十」の文字を組み合わせた「平」の文字を持ってして「二階堂平法」と称した。
松山主水は更に恐るべき秘術を生み出し、「心の一法」と言う金縛りの術が使えた。松山主水は細川忠興の息子・細川忠利の剣術指南役を務め(加藤清正の三男、熊本藩主・加藤忠広が改易された後、細川忠利が熊本藩主となっていた)、忠利は柳生宗矩の門下生でもあったが、主水に剣術を習い始めるとあっという間に上達し、師匠である柳生宗矩が手も足も出ないほど強くなり、宗矩は忠利に何故負けたのか理解も出来ず首を傾げたと言う逸話が残っている。
その松山主水の最期は、主君の父・細川忠興の怒りを買い命を狙われる。ある日病気で寝込んでいた所を、忠興の命を受けた荘林十兵衛に布団の上から刺されて命を落とした。主水は「卑怯者!」と叫び、主の仇討ちに反応した主水の小姓が背後から荘林十兵衛を斬り捨て、薄れゆく意識の中で「でかした!」と小姓を誉めて主水は逝った。
惜しい事に「心の一法」と奥伝「十文字」は、主水の弟子達の中で使える者はいなかったとされる。松山主水の弟子達の中では最強だった村上吉之丞と言う者がおり、柳生宗矩よりも強い細川忠利が、村上吉之丞には全く歯が立たなかったと言う。
宮本武蔵が佐々木小次郎を卑怯な手で殺し(真相を知らない細川家はそう信じていた)、その仇討ちの為に村上吉之丞を武蔵の追手に遣わした。武蔵は村上吉之丞が、柳生宗矩より強い細川忠利よりも更に強いと知り、果たし状を受け取るも戦わずに逃げ出したと言う逸話が残っている。
「うおっ!主水以外に、誰も使う事が出来なかった『心の一法』も使える様になっている…」
俺は、笑いが止まらなかった。
『心の一法!』
刀を胸の前で水平に構え、左手を刀の棟(刃の反対側)に添えて秘術を唱えた。俺の目の前を、魚を咥えた猫が走り抜け様として、そのまま時間が止まったみたいに動けなくなった。
『心の一法!』
一斉に羽ばたいて飛び立つ雀達が、羽を広げたまま動けなくなって地面に落ちた。
「あははは、これは凄い!『心の一法』で動きを止めれば、どんな相手でも斬る事は容易い」
俺はこの瞬間、自分が世界最強になったと思った。
「お武家様、どっから来なさった?」
ふいに声をかけられ、驚いて振り向いた。
「わ!驚いた。えーっと、長門国(現山口県西部)から来ました」
「長門国だって!?そりゃまた、遠か所から良う来られもした」
突然声を掛けて来た者は、見た目から漁師っぽいなと感じた。
「長門国ち言えば、平家かね?」
「そうです」
長門国には2大豪族がおり、厚東氏と豊田氏である。その両方ともが平家の知行国であり、源平の争いでは平家方に与していたのだ。
「平清盛は確か1118年生まれだから、1135年の今はまだ17歳か…」
平家が台頭して来るのは、1159年の平治の乱で平清盛が源義朝(源頼朝と義経の父)を破ってからだ。義経は、父が亡くなった1159年に生まれている。だから今はまだ、生まれてもいない。
薩摩は桓武天皇の子孫である垣武平氏の流れを汲む薩摩平氏の血を引く阿多氏、河辺氏、指宿氏、別府氏、知覧氏、頴娃氏らが元々地盤を築いており、禰寝氏、種子島氏は平清盛の系譜に連なる。つまり薩摩も周防(東山口県)、長門(西山口県)と同じく平家方と言うわけだ。尚、周防と長門の2国を併せて「防長」と呼ぶ。
俺は小六と言う漁師に案内されて、阿多氏の屋敷に案内された。
「おいはここから先には行けんで、お武家様1人で行きたもんせ」
薩摩弁を標準語にすると、「おいらはここから先には行けないので、お武家様1人で行って下さい」と言っているのである。
まぁ一漁師の身分では、豪族の屋敷なんかに迂闊に近付く事は出来ないだろうな。そう思い俺は漁師に、お礼の銀子を渡して別れた。
「阿多氏、阿多氏、阿多氏…」
う~ん、誰だったかなぁ?と日本史の教科書には出てこない人物に思いを馳せた。
この時代の薩摩は、平良道の四男・阿多忠景が阿多郡の郡司であった。忠景は私貿易で宋や朝鮮、南西諸島と交易を行い、莫大な財を成していた。主な輸出品は、薩摩硫黄島の良質な硫黄だった。硫黄は日宋貿易に於ける重要な品の1つで、宋では火薬武器が発展し、その主原料となる硫黄は日本が中国へ輸出していた。
「あたは、何者じゃしか?(あなたは、何者ですか?)」
「某は、長門国・厚東武光の剣術指南役、郡西雪之丞と申します」
俺は、阿多忠景を訪問していた。剣術指南役と言ったので、それでは腕前を拝見したいと頼まれた。鹿児島から遠く離れた山口まで、俺の素性を確かめになんて行かれない。嘘偽りでは無い証拠として、剣術披露を求められたのだ。
「丁度いい。あの雉を、落としてご覧に頂きましょう」
そう言うと、そんな事が出来るものかと冷ややかな空気を感じたが、俺は驚いて腰を抜かせと、ほくそ笑んだ。
『心の一法!』
秘術を唱えると、果たして雉は羽ばたく事が出来ずに落ちて来た。
「おおー、信じられん!!」
阿多氏の家来らは口を開けて、声も出なかった。
「とおぁーっ!!」
それから俺は、この時代にはまだ存在しない示現流をサービスで見せてあげた。頭上に刀を振り翳し、灯籠目掛けて気合い一閃し、真っ二つにして見せた。
ちなみに示現流は某漫画の様に、「チェスト!」などと叫んだりはしない。「キエェェェー」とか「とあーっ!」などと叫んで、全身全霊の一撃を相手に叩き込む。二の太刀など必要ない。初撃で相手が受ける刀ごと真っ二つにするからだ。
「おぉー」
今度は全員が感嘆し、拍手で迎えられた。
「願わっば滞在して、剣術を教えて欲しか」
俺は当座の衣食住が得られるならと、快諾した。




