第85集 新たな刀【スキル】
「はぁ、はぁ、はぁ…。皆んな無事に逃げられたかな?」
俺は皆んなと逸れ、1人で登雲山を目指していた。初めて人を斬った時の恐怖や後悔は何処へやら、罪悪感など微塵も感じ無くなっていた。
「しつこい奴らだ」
此処へ来るまでに、何人斬ったか分からない。スキルで具現化された刀は刃こぼれを起こさず、真っ新な状態をキープしている為に何人でも斬れる。そして何人目かの金兵を斬り捨てた時、遂に欲しかったスキルを手に入れた。
『備前長船長光』
通称、物干し竿と呼ばれたその長刀の持ち主は、言わずと知れた剣豪・佐々木小次郎である。佐々木小次郎は中条流の冨田勢源に師事し、中条流の秘技「虎切刀」からヒントを得て秘剣「燕返し」を編み出した。「虎切刀」は小太刀で行う「燕返し」だが、それを長刀でやってのけた佐々木小次郎の剛腕があればこその「燕返し」であった。
巌流島の決闘に於いて宮本武蔵に敗れた事でも知られ、武蔵の噛ませ犬の様に思っている人もいるだろうが真実はそうではない。まずそもそも佐々木小次郎に、精神的に揺さ振りをかける為にわざと遅刻して現れたと言うのは、吉川英治先生の小説「宮本武蔵」があまりにも有名になり過ぎて広まった創作である。史実では、同時刻に2人は相対したとある。
また、この時の佐々木小次郎の年齢は78歳であり、壮年である宮本武蔵に勝てるはずも無かった。だが既に佐々木小次郎の名声は天下に鳴り響いており、柳生すら小次郎との立ち合いを避けた。
この決闘に至る要因は、互いの弟子達が己の師こそが天下無双であると吹聴して譲らず、細川家が仲立ちする形で退くに退けなくなり行われた。しかし立ち合いは、一瞬にして決着がついた。武蔵は舟の櫂(オール)を削って作った木刀を用い、小次郎の間合いの外から一撃を加えたのだ。
小次郎に櫂の長さを見られて間合いを見切らせ無い為に終始背に隠し、立ち合いと同時に繰り出した一撃で脳天を叩き割った。武蔵は小次郎に勝利すれば細川家の家臣らが黙ってはいないと考え、勝ち名乗りを上げると同時に舟に乗り込んで逃げた。
しかしこの時は、まだ小次郎は生きていた。敗れた不名誉を証拠隠滅とばかりに、細川家の家臣らが小次郎にトドメを刺し、隠れていた武蔵の弟子達がやったと濡れ衣を着せたのだ。この為に勝った武蔵は仕官が叶わず、むしろ卑怯者と罵られて小次郎の弟子達や細川家から命を狙われると言う不遇な人生を歩んだ。
卑怯者とのレッテルを貼られた武蔵だったが大剣豪には違い無く、柳生家との交流や各地での立ち合いを経て次第に名誉を回復していった。ある日、初老に差し掛かった武蔵が茶店に入った時、イキり倒す1人の若者が大言を吐いていた。
「この世で俺様に勝てる者など居らぬわ。立ち合えば、百戦して百勝して見せようぞ!」
その言葉を聞いた武蔵は、その男の頭に無言で胡椒の実を乗せると居合い一閃した。すると男の髪の毛1本すら傷付ける事なく、胡椒の実のみを両断していたのだ。
「これほどの技量を持ってしても立ち合えば必ず勝てるとは限らず、百戦百勝して見せるなど片腹痛いわ!」
武蔵に一喝されたその男は腰を抜かして立ち上がれず、共の者らに支えられて逃げ出した。この逸話から、宮本武蔵が最強クラスの剣豪であったのは疑いようも無い。敗れはしたが佐々木小次郎もまた武蔵に匹敵する豪傑であったのも間違いでは無く、巌流島の決闘時に佐々木小次郎が78歳では無く宮本武蔵と同じく壮年であったなら、結果は違っていたかも知れない。
俺は群がって来る金兵を燕返しで薙ぎ払い、文字通り道を斬り開いて進み、一閃ごとに金兵数十人を斬り伏せた。
「おぅ、素晴らしい腕だ。女にしておくには惜しいな。お前が太后だな?なるほど、美しい…お前は俺が可愛いがるとしよう」
黄金の鎧に身を包んだその男は、言わずと知れた兀朮であった。
「ふん、お前が兀朮だな?やっと会えたよ」
「こんな美女に待ち侘びられるとは、光栄の極みだ」
先制攻撃あるのみ!と、俺は猛然と斬りかかった。
「秘剣・燕返し!」
だが信じられない事に兀朮は、軽く矛を振るって燕返しをいなした。
「それはもう見た。俺には通じん!」
「嘘だろ!?信じられん。燕返しだぞ!!」
俺は連続で燕返しを繰り出したが、その全てを受け流された。
「ふざけんな!!」
ようやく手に入れて有頂天になっていた『燕返し』がいとも容易く敗れて頭に血が昇り、その瞬間に新たな刀を習得した。
『肥前忠広』
肥前忠広は、坂本龍馬が幼馴染である岡田以蔵に贈った事で知られる有名な刀だ。元々は坂本龍馬も土佐藩を脱藩する時に、姉から餞別で贈られた刀であった。岡田以蔵は武市半平太(武市瑞山)の道場に身を寄せていた為、武市半平太の師である麻田勘七由来の小野派一刀流の免許皆伝と鏡心明智流の免許允可であった。
武術は一定の段位が存在し、初伝から始まり、中伝、目録、奥伝、免許、そして最終奥義を伝授された最高位の弟子が皆伝となる。允可とは、一定の段位を与えたと認める事を指す。
何故鏡心明智流が免許允可だったのかと言うと、武市半平太は鏡心明智流を13年修行していたが師匠の麻田勘七が免許皆伝では無かった為に、弟子である武市半平太に免許皆伝を与える事が出来なかったのである。その為、武市半平太は岡田以蔵ら弟子数十人と共に江戸の士学館で鏡心明智流を学び、僅か1年で免許允可を受けた。もう少しで免許皆伝だったのに、と言うのは野暮である。それは取り巻く社会情勢的に時間が無かったからだ。平和な時代であれば、そうしたであろう。
これを例えるなら、アメリカに13年留学していて日本に戻り、英語は話せるが資格を持って無いので改めて英検準一級を取得した、と言う様なものだろう。つまり本人達からすれば、僅か1年で取得出来て当然だったのである。
「一刀流!」
俺の剣の型が急に変わった為に兀朮を圧倒したが、それも最初だけで直ぐに対応して来た。
「信じられない。何だ、この化け物は!?」
本当にこんな奴に、韓世忠は勝ったのか?いや、それよりも大宗師である俺と互角だぞ。どうなってるんだ?
兀朮の頭上から繰り出された矛を受け流して躱わすと、地面が割れて土埃が舞い上がった。間髪入れずに、兀朮の胴を真っ二つにしようと薬丸自顕流で横に剣を払ったが、矛で巻き上げられて上空へ放り投げられた。
俺は空中でバランスを取る為に螺旋状に回転しながら、再び兀朮目掛けて斬り込んだ。しかし薙ぎ払われて、俺は軽く10メートル以上も飛ばされた。
「はぁ、はぁ、はぁ…強い。楊志、俺に力を貸してくれ」
『吹毛剣』
瞬歩で間合いを詰め、兀朮の矛を泥の様に斬り、トドメとばかりに渾身の力を込めて袈裟斬りにしたが、腰の佩剣が煌いて吹毛剣が受け止められた。遼の公主・答里孛の愛剣であった七星剣だ。
七星剣は7つの宝石が散りばめられた宝剣であり、中国史には度々その名が挙がる。1番有名なのは、三国志演義に登場する七星剣だろう。董卓暗殺を目論む曹操に、王允が与える場面が想い起こされる。しかし、答里孛が持っていた七星剣は、この時の七星剣とは別物である。
そのまま二十合も打ち合うと、俺の僅かな隙を見逃さず、剣を弾いた流れで撫斬りにされて血飛沫を上げた。
「ぎゃっ!」
「しまった…」
俺は、自分の血溜まりに沈んだ。兀朮が俺を捕らえ様と手を伸ばした時、丘の上から放たれた矢は寸分の狂いも無く兀朮の右腕を射抜いた。
「うぐっ…何奴」
負傷した兀朮は、状況不利と見て逃げて行った。俺は矢を放って救ってくれた者を確認しようと頭を上げた。透き通る様な白い肌に切れ長の目、そして紅い唇。とんでもない美女だった。彼女が率いる部隊の旗印は、なんと『梁山泊』であった。登雲山からの援軍だ。
俺は近づいて来る彼女の影を感じながら、安堵したのか意識を失った。




