第84集 涙の再会
翌日、江忠と王婆さんと別れて3人は、鄆哥と共に呂氏を守りながら鄆城県へと向かう事にした。
「父上ー!!」
宋安平は鄆城県の屋敷に着くなり、絶叫して走り出した。宋清の屋敷は、焼け落ちていたのだ。
「一体何が…?」
呼延鈺と徐晟は互いに顔を見合わせて、宋安平に続いて走り出した。宋安平の両親を探して回ったが、宋清夫婦の安否は分からなかった。それから近所で聴き込みをすると、知県(かつては県令と呼ばれた役職で、宋代からは県の長官を知県と呼んだ)である郭京と団練使の曾世雄が宋清夫婦を連行して行った事が分かった。曾世雄は、かつて梁山泊軍が晁蓋の仇討ちで激戦を繰り広げた曾塗の息子である。
「くそっ、親父達も情けなどかけず、皆殺しにしておけば良いものを…」
まだ幼かった曾世雄を殺すのは忍び無いと、曾家が滅ぼされた後、寺に預けられて命を救われた。これは、宋江の情け深さを表している。何故なら中国では古来より、「草を刈らば、根まで抜け」と言う考え方が根底としてあり、一族郎党皆殺しにするのが通例であったからだ。
下手に生き残りを作ると、やがて幼い子供も成長して、仇討ちを狙う厄介な敵となる。何度も書いたが中国人は復讐心が強く、中国ドラマに於いても、復讐物がおよそ9割以上を占める。主人公達が見事復讐を遂げると視聴者の溜飲が下がり、拍手喝采で視聴率が伸びるのだ。
また、悪人の子孫は皆悪人であると言う考えが根底にある為でもある。これが戦後80年以上経った今も、日本人が中国人から恨まれ続けている要因の1つでもある。それに反して日本人は、臭い物には蓋をすると言う考え方があり、「過ぎた事だろ?今さら蒸し返すなよ!」と思い、そう言った思惑が中国人や韓国人には見え隠れして、事更に頭にきているのである。
中国人が日本人を深く恨む要因の1つが、1937年12月から翌3月まで続いた『南京大虐殺』(南京虐殺事件とも呼ばれる)であろう。旧日本軍による上海から南京への進軍途中で一般市民や捕虜、敗残兵に対して虐殺、強姦、家屋敷に放火や破壊を行った。日本政府の見解としては、約10万から20万人が犠牲になったとされるが、中国政府の公式見解では、被害者数約30万人とされている。
しかし当時の南京には30万人も人口はおらず、その当時南京に住んでいたと言う中国人の老婆が、「誇張するのは常じゃが、いつから南京に20万も30万人も人が住む様になったんじゃ?ちとサバ読み過ぎじゃろう」と言った記録も残っているから被害者数については信憑性に欠ける。
しかしこの僅か8年後には日本と中国は交流を行い、南京市で大規模な桜の植樹が行われている。その為、大虐殺が行われた土地に於いて、和やかな植樹会など催せるものだろうか?と、本当にあった事件であるのか疑問視する声もあった。だが、後に南京戦に参加した日本兵の手記に虐殺を仄めかす記述が見られ、被害者の総数は別として大虐殺はあったと認識された。
そして戦後80年も経てば、日本人が戦争で何をしたのかすら知っている国民が少ない。その理由の1つに、教科書問題が挙げられる。中国人や韓国人ならば、幼稚園児ですら知っている(ヘイト教育の賜物である)日本人の悪逆非道な行いを、当の日本人でありながら知る者が少ないのは教育が悪いからだ!と言っているのだ。
彼らにとって先祖が犯した罪は、その子孫らが生涯背負って生きるのが当然であり、本当に悪かったと思うならば謝罪し続けろ!と思っている。これこそが、韓国が徴用工問題や慰安婦問題を何度も蒸し返して来る要因でもあるのだ。
韓国とは違って中国が賠償金問題を蒸し返して来ないのは、賠償とは相手を許す事が前提であり、中国は日本を許す気などサラサラ無いので蒸し返して来ないのである。彼らは日本人を皆殺しにして、祖先の霊に報いたいと思っているのだ。
日本人からすれば、既に解決したはずの問題を何度もグチグチと繰り返しやがって頭おかしいのか?と思い、呆れて相手にする気も無いと言うのが本音である。
「今すぐにでも乗り込みたい所だが、鄆城県を攻めるなら手勢が必要だ」
「よし、直ぐに登雲山へ向い、援軍を頼みに行こう」
呼延鈺と徐晟は愛馬に飛び乗り、登雲山へ急行した。2人が全力で駆けっていると、「おーい!」と呼んで手を振る者がいる。近づいてみると、果たしてその者は戴宗であった。
「戴宗おじさん、どうして此処へ?」
「うん、実は色々あってまだ登雲山に行けてないんだ。だが、此処で会えて良かった。驚くぞ…」
戴宗が言うよりも先に気付き、呼延鈺は槍を放り投げて走り出した。
「そんな、まさか…父上ー!!」
呼延鈺は駆け出し呼延灼に抱き付くと、まるで子供の様に泣きじゃくった。
「これこれ、皆が見ておる。これと言うに…」
そう言う呼延灼も満更では無い様子で、照れ臭そうにしていた。
「義父上、よくぞご無事で…」
徐晟も、呼延灼に取り縋って泣いた。徐晟は実父である徐寧が亡くなった後、呼延灼によって養子として迎えられていたのである。だから呼延鈺と徐晟は義兄弟の契りを結ばなくても、最初から義理の兄弟であった。
人目も憚らず泣いて落ち着くと、戴宗と父・呼延灼の他に燕青や楊林、関勝らが居る事に気付いた。
「先程、戴宗おじさんが登雲山に行くよりも、先にする事があると慌てていらしたのは、何があったからなのでしょう?」
すると戴宗では無く、楊林が答えた。
「雷横殿が亡くなってからは、彼の母親を親友の朱仝殿はご婦人に預けられていたのだが、雷婆さんの甥で銭歪嘴と言う者が連れて行ってしまったらしい」
「雷横殿と銭歪嘴は伯父甥の関係に当たり、銭歪嘴にとって雷婆さんは姉だ。だが…」
「どうしたのですか?」
「いや何、銭歪嘴の奴は金に汚く、悪い噂しか聞こえて来ない小悪党なのだ。それを心配した朱仝殿が雷婆さんを取り戻しに行ったのだが、まだ戻って来ないんだ」
戴宗は、額に汗して言った。彼らの様子からして、只事では無い。朱仝と言えば、梁山泊の中でも指折りの豪傑である。それなのに行方知れずと言うのは、命に危険が迫っているか既に葬られている可能性がある。
前者であれば、一刻も早く助け出さねばならない。後者であるなら、仇を討つまでだ。
呼延鈺は、父の形見まで渡された呼延灼がどうやって生き延びたのか知りたかったが、朱仝の件で聞ける様な雰囲気では無かった。呼延鈺は空気を読んで、押し黙っていた。
(父上、生きていて下さっただけでも天の加護に感謝致します)




