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99 名の縛り(ミコト視点)

どうぞよろしくお願いします。

「シア! 私は君を愛して……」

「そんなこと、言わないで!

 気持ち悪い!!

 昔の自分が、みじめでかわいそうになるっ!!」


 伯爵がニヤリと笑った。


「パトリシア、お前はまだリンデウム伯爵家のものだ。

 最後の……、ひと財産だな。

 名の縛りを!

 リンデウム伯爵家の家長に従うのだ!

 パトリシア・リリー・リンデウム!!

 リンデウム伯爵家の名と血の縛りを受けよ!」


 何も起こらない。


「なっ? 何故?

 お前は……、誇り高きリンデウム伯爵家令嬢……」


 シアがにっこり笑う。


「捨てました。

 私はもうリンデウムの名は捨てましたから。

 今は夫の姓を名乗り、幸せに暮らしています」

「夫!?

 私以外の男と! 

 許さないぞ!」


 ト―レの言葉に、シアは見事な一瞥をくれた。


「お前の許しなど必要ないっ!

 お前らこそ、最後までリンデウムの名に苦しんで生きればいい!

 サルバトーレ・ディア・ガイ・リンデウム!

 マルゴット・ヴィゼ・ガイ・リンデウム!

 名と血の縛りを!」


 ト―レとマルゴーが意識を失ったように崩れ落ちた。

 伯爵が震えている。


「ト―レ……、マルゴー!!

 パトリシア……、お前は何ということを!

 名の縛りを人に向けるとは!

 この人でなし!」

「あなたが私にしようとしたことを返しただけですが?

 では、あなたは人でなしなのですね。

 リンデウムとして生き、リンデウムとして死んで下さい。

 私はあなたの本当の名前も知っていますよ。

 マルゴーが、家族の名前が覚えられないと紙に書いていたのです。

 新しい名前ですから、覚えるのに必死だったのでしょうね。

 あの時に……、使ってしまえばよかった……。

 でも、そうしていたら、今の私はいない……」


 伯爵は震えながら後退っていき、這いつくばって部屋から出て行った。


「ミコト……、これが名前の縛りよ。

 相手の思考や行動力を一時的に奪うことができる」

「気絶させるってこと?」

「そうね、その場を収めるのにまずは黙らせるってこと。

 家の保険として存在する縛りなのよ。

 家の中でどうしようもなく手の付けられない者が現れた時、これ以上家の品位や名誉を落とさぬために最終手段として使うものなの……。

 ただ、どうしても家長が下の家族に行使する形になる、だから、家長も責任を取るぐらい重い縛りなのよ……。でも、それはその時の家長のモラルや常識に左右されることはどうしてもあるわ。

 それから、最後に命じられた言葉が意識に強く残り、守らざるをえなくなる。

 私の場合は叔父に逆らえなくなり、言うことを聞くしかなくなったでしょう。

 このふたりは、途中でリンデウムの名を捨てたくなっても、できなくなる。

 リンデウムの名が地に落ちてしまい、無名の方がまだましだという状況になっても捨てられない。

 それだけだけど……。

 リンデウムになりたくて、私から奪ったのですもの。

 最後まで心中してもらわないと、割に合わないわ」


 そしてシアはライカンを見て、悲し気に微笑んだ。


「怖い女で、ごめんなさい」


 ライカンはシアを抱きしめた。


「もう苦しむな。

 こうなることをわかって、私はシアと新しい名前を作ったんだから」

「ライカン……、ありがとう。

 私……、やっと、本当に昔を捨てて、新しい生を生きたいと思う。

 こんな私でも一緒に……」

「ずっと一緒だ。

 シアは私の妻だ。これからもずっと」


 マダムがとてもやさしい顔でシアとライカンを見ている。

 そのマダムを見ている私に気づいて、マダムは威厳を保とうとするかのように咳払いなんぞわざとらしく……。


「んんっ。

 このふたりを裏通りにでも転がしておいて!」


 マルスが笑って「エドガー、とそっちの兄さんも頼んでいいか?」と言って、エドガーとシドとディ―と一緒にト―レとマルゴーを運んで行ってしまった。


「んんっ!

 伯爵達は役人とギルドの馬車に乗ってきたみたいね。馬車も帰ってしまったでしょう。

 目が覚めたら、仲良く歩いて帰って頂きましょう」


 マダムの言葉に私とシアとライカンとユミエラが笑った。



 帰りの馬車の中、私はシアの手をずっと握っていた。

 片手だけだよ。もうひとつの手はライカンが、ね。

 シアは娼館に売られただけじゃなく、初めてを……、薬で自由を奪われて、あんな従兄に奪われていたなんて。

 しかもそのまま、娼館へ連れて行かれ、一生外に出すなって……。

 あれ、言わなかったけど、シアの年季も制度上で決めて、金が必要になって、まだシアの未来から金を取ろうとしていたんだろう、あの叔父は!!

 なんてひどいことをとシアには言うのに、そのひどいことをシアには平気でしてきた……。

 ひどいと躊躇するようなことでも、身内だとできてしまうことがあるんだ……。

 私はシアの腕に抱きついて、肩に私の頭をそっと乗せた。


「重いわよ、ミコト」


 シアが笑った。


「うん……、なんか、シアに甘えたいの」

「ふふっ、しょうがない子ねぇ。

 もう、人妻だっていうのに……」


 シアがこてんと頭をこちらに傾けて、こつんってした。

 

「シア、大好き……」

「ありがと、ミコト」



 宿に戻るとあのギルドの職員が来てて!

 クラークと話をしてる!


「御無事で」


 なんて迎えられた。


「ありがとうございます。

 無事に話をつけられました」


 シアがお礼を言うと、頷かれた。


「ギルドの方に出ていた捜索届けはこちらで引き下げておきます。

 ただ、このような届けが出されていたことの記録は残しますから、また何か……ありましたら、ギルドを利用して下さい」


 それだけ言うと職員は帰って行った。


「ギルドは助けになりましたかな?」


 クラークがウインクしてきて。


「ええ、本当に頼りになりましたわ!」

「それは良かった。

 今回のこと……、ギルドの方の届けの内容とその後の確認までが不十分だったと思います。

 もしかしたら、そこでおかしいと、誰かが気づけば……。

 今回のことで、届けの内容を確認する様にギルド内で徹底することにします」

「はい……、私のように制度を悪用されて、貶められる方が減りますように……」

「ええ」


 クラークもその場を去った。

 私達は部屋に戻って……、と思ったら、ユミエラが「エドガー、ミコト、ちょっと相談。その妹のことなんだけど……」と声を掛けてきて……。

 シドが個室の喫茶室を確保して来てくれて、私達はそちらに移動した。


「シアは疲れただろうから、いいよ。休んで!?」


 ユミエラがシアにそう言うけども……。


「私の方はすっきりしたもの!

 次はユミエラの方よ!」


 そう言われて、なんだか困ったな、でもうれしいなみたいな感じでユミエラが微笑んだ。



「家は王都の方なんだよな?」


 シドが聞いてくれた。


 ユミエラから弟は手紙を出してみることにして、今は妹の方をなんて話をしたところだった。

 これから王都に向かうけども、入る前にもう少しいろいろ情報を集めたい。

 特にユミエラは今の状態が不安でたまらないのだろう。

 そんな時にシドがユミエラの家のことを聞いてくれたので、私は期待してシドを見てしまった。

 ユミエラが慌てたように話し出す。


「ええ、王都の外れの……、ちょうど、生地や衣料品の問屋街ってところの。

 問屋のギュスターって言えばわかると思う。

 妹はミレニア、14歳。

 もしかしたら、近くの食料品店で働いているかも!

 私もそこの仕事を手伝って、お金を家に入れていたから!」

「食料品店?」

「ええ、マリアさんが店主の」

「わかった。

 馬ならすぐだ。

 明日の朝までには調べて……、王都で合流しよう。

 王都にはイサクもいるからな。

 では、こちらのことは任せろ」

「「ありがとう! シド!」」


 ユミエラと私の声が重なった。

 シドは少し照れたような!?


「なに、いろいろ俺も思うことがあってな。

 他人のためになることを……、たまにはしてみたい、なんて、な」


 そう言って、喫茶室を出て行った。


「ユミエラ、よかったわね、

 弟くんに手紙を書きましょう!」


 シアがそう言って、私達は各自の部屋に(女子部屋、男子部屋)に引き揚げた。


読んで下さり、ありがとうございます。

当時、シアはマルゴットが家族の本当の名をメモに書いて持ち歩いているのを見て、本当にぎょっとしました。でも、そのおかげで反撃できましたけど。

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