96 『エスタ』②(ミコト視点)
どうぞよろしくお願いします。
「マダム……」
シアが思わず声を漏らした。
ユミエラの妹でなく、娼婦ミカエラの妹と言っている!?
「何?
私はこの商売の中で女達を守っているのよ。
時には若くてきれいな子を入れて、この『エスタ』の格式を守って行かないと。
あなた達のように清算して出て行けるように、ね」
「それは……、わかります。
マダムが、娼婦になった女性を守る方の店の主人だということは……」
うん、マダムはこの世界ではいい方の主人だ。
ルール破りはしないし、自分の店の娼婦は守ってくれる。
でも、堕とされる前の女の子は守らないし、守れない。そこは家族が守らないと……。
「いいわね。
今の所、カノンの店にあなたの妹は売られていない。
でも、カノンで今のところというだけ。
保護したいのなら、早く動きなさい」
ユミエラが蒼白な顔色で頷いた。
マダムはシアに向き合う。
「リンデウム伯爵は娘さんと息子さんを連れていらしたわ。
珍しいから、とてもよく覚えています。
パトリシアを出せと。
いないとわかるとギルドに届けも出ている、攫われたことを知っているのに娼婦として働かせていたなと脅迫してきました。
もう彼女は自分で残りの年季を清算して出て行ったこと。
そして、彼女をこちらに連れて来た時の書類や主人の覚書や、伯爵からの読むに堪えないこの先の筋書きのメモなど、全て保管してありますので、訴えるならどうぞ! とお返事したわ」
「……なんてことを!?」
「お嬢様が言ってたわよ。
『私の持参金はどうなるの』と。
たぶん、お家の経営が上手くいっていないのでしょうね。
娘の持参金すら用意できず、婚姻という口減らしすらできない」
シアがあまりのことに呆然としていて、ライカンがその手を握る。
「ご迷惑を……」
シアがやっとの思いで口にするとマダムが微笑んだ。
「実は……、今日、リンデウム伯爵とギルド職員と王家の役人がこちらに来ると先触れがあったのよね。
どうしようもなくなってギルドに訴えたようよ」
「!! それは!」
私は思わず席を立った。
「クラーク様に来てもらおう!」
そう言って、走りだそうとしたけれど、マルスさんに止められた。
「ミコト、大丈夫だ」
「でも!」
「さっき、マダムが言っただろう。
向こうが不利な証拠はすべてこちらに揃っていると」
マダムが微笑んだ。
「そうよ。ミコト。
こういう他の人の権力で何とかしようって奴には、その権力で叩き返してやればいい。
パトリシア。
リンデウム伯爵家、潰してしまっていいわよね」
「……はい。
どうぞ、お好きに……」
シアが力なく言った。
「いいの!?」
私が叫んで、マダムが私を見た。
「今のリンデウム伯爵家は、パトリシアの守りたい伯爵家ではないわ。
むしろ、彼女を殺したに等しい……。
そうね、パトリシア?」
「はい……。
人に迷惑をかけて、名を汚すくらいなら、消えてくれた方がいい……」
私はソファに戻って座った。
何かできることは……。
「ミコト、あなたは私のそばにいなさい。
マイルズ共和国の使節団で、『魔法塔』の魔法使い。
他の国の使節がいるとなると役人の勝手さも鈍るでしょうから」
「俺もいます」
エドガーが言って、マダムが微笑む。
「どうぞお好きに。
マルス!
他のお客様を隣の部屋へご案内して!」
「マダム!
私もいます!
ここで私が証言すれば!!」
「パトリシア、それは今ではないわ。
最後に……、自分で引導を渡しなさい。
私が言えるのはそれだけ」
私とエドガーだけマダムの部屋に残り、みんな隣の部屋に移動させられた。
そして、シドがなぜかこの部屋に入ってきた。
「なんだ? 来てくれと言われて……」
マダムが礼をして言った。
「シーザー王家から依頼されて使節団の護衛をなさっている方でしょう?
そこにいて下さるだけで、牽制になりますの。
お力をお貸しくださいませ」
「……ああ、わかった。
名乗るだけはしよう。
マイルズ共和国の使節団の護衛として、この『エスタ』に縁のあるミコトとエドガーを護衛して訪ねてきたところだと言えばいいのか?」
「はい。
それだけで証人になれますわ」
マダムが微笑んだ時、玄関の方から姉さん達の悲鳴が聞こえた。
そして、大勢の足音。
ドアが開いて踏み込んでくる男達。
「娼館『エスタ』の主人である、ルールー・エスタ!
貴様が元伯爵令嬢を監禁して娼婦として働かせていたという訴えがあった!
罪を認めるか!」
高らかに宣言したのはカノンの役人という感じの服装の男だった。
その後ろに少し太った男と金髪の20代後半の男性がいた。
シアに少し似ている。従兄ってこの人かな?
その後ろにギルドの制服を着た男性がふたりいた。
護衛って感じだ。
その後ろにやはり金髪の女性がいる。
シアより若くて、ユミエラぐらいだろうか?
例の持参金がないお嬢様だろうか?
シアの従妹であるお嬢様は興味津々といった感じであちこちを覗き込んでいる。貴族のお嬢様っぽくない気がする……。
入ってきた彼らは私とエドガーとシドを見ると怪訝そうな顔をした。
シドがちらりとマダムを見てから、はっきりした声で言った。
「何事だ!?
私はシーザー王家王妃付の護衛官だ。
今日はマイルズ共和国の使節団であられる魔法塔の魔法使いミコト様とエドガー様を護衛してきている。
外国のお客様に対して失礼であろう!」
役人がわかりやすく狼狽する。
「も、申しわけありません!
が、これからとんでもない悪事が暴かれようとしているのです!
すみませんが退席して頂くことは……?」
私は立ち上がると首を振った。
「マダムは私の恩人なのです。
その恩人がとんでもない悪事とは!?
私にも事の顛末をお聞かせ頂きたい!」
そして、エドガーと一緒にソファに座る。
動かんという意思表示だ。
シドがその後ろについてくれた。守る気満々。
「うっ……」
役人は怯んでギルド職員を見るがギルド職員は無表情だ。
ギルドとしては何か思うところがあるのかもしれない。
「正しい法の裁きを!!」
伯爵が怒鳴り、役人がはっとして、伯爵と令息を見た。
「では、法を執行させて頂きます」
その言葉にエドガーが疑問を投げかける。
「執行?
何の罪で?
まだ、何も言われていない?」
役人は赤くなり、懐から封筒を取り出し、中の紙を取り出すと読み上げる。
「娼館エスタの主人ルールー・エスタは前リンデウム伯爵家の令嬢パトリシアを誘拐し、娼婦として働かせ、金銭を搾取していた。
現リンデウム伯爵は姪であるパトリシアを探し続け、ついにここ『エスタ』で不法に監禁され労働搾取されていたことを突き止め、役所に調査とパトリシアの保護を願い出た。
これが真実であれば、娼館エスタは廃止され、ルールー・エスタはパトリシアから搾取した金を慰謝料としてリンデウム伯爵家に支払うこと!」
ひどい……。全部の罪をマダムに押しつけ、さらにパトリシアの慰謝料として金をふんだくる気だ!!
「パトリシアは夫がこのエスタに受け入れましたが……、それはそちらの現リンデウム伯爵に頼まれたからですわ」
「何を!!
私がこのような娼館と関係があるわけないだろう!!」
伯爵が憎々し気にマダムを睨みつけている。
マダムは落ち着き払って、マルスを見た。
マルスが動き、机の下から手提げ型の金庫を取り出して、マダムに届けた。
「ありがとう、マルス。
まさか、本当にこれを使う時が来るとはね」
リンデウム伯爵が役人に叫ぶ。
「あれが話をしていた偽の証拠です!
あいつらが勝手にでっち上げて、作った偽の文書です!!
私どもの名誉のために、あれは開かずに取り上げて下さい!!」
読んで下さり、ありがとうございます。




