7 少女の行方(エリオット視点)
どうぞよろしくお願いします。
あの上裸の坊ちゃん、エリオットの視点です。
「はっ?
いなくなった!?」
私は娼館『エスタ』を訪ねて、女主人から話を聞いて呆然とした。
「ひとりで……?」
あの時、自分が押さえつけていた黒髪黒目の華奢な少女の感触を思い出して不安になる。
あんなか弱い身体で、ひとりで生きていくなどできっこない!
「すみませんね。
そちらの希望をお伝えしたんですが、すぐ出て行ってしまって」
女主人は微笑みながら言った。
何かを隠している?
もしかしたら、少女を匿っているのではと思い、慎重にいくことにした。
スニフに頷くと、スニフは席を外して部屋の外に出た。
女主人はちらりとスニフの行方を見てから言った。
「もうここにはおりません」
「……とはいえひとりでないでしょう?」
女主人はため息をついて話し出した。
「あの子を拾ってきた元娼婦二人とね。
二人とも自由になるために金を貯めていたようで、きれいに清算して、あの子と出て行きましたよ。
昨日の朝に!」
「昨日の朝!!」
今はもう昼過ぎ。
ここを出てからもう丸一日以上経っているということか!
もし逃げている自覚があるなら……。
違う街へとっくに逃亡している頃か!?
「あの少女の名を教えて欲しい」
「……名は呼び名ですよ。
いくらでも変えられる」
「ここで名乗っていた名でいい」
「……ここではミコトと名乗っていました」
「ミコトは、ここではかわいがられていたようですね?」
「ええ、小さいのに働き者でしたし。
不思議なところがありました……。
ミコトといると、気分が晴れるというか、明るくなるというか……。
まあ、辛いことも多い仕事ですからね。
この館のみんながあの子のことをかわいがっていましたよ」
スニフが戻ってきた。
「もっと早く知らせて欲しかったな」
私は立ち上がりながら言った。
「申し訳ありません。
ご希望は伝え、将来を考えるといい話だとは、私なりに説明したのですが。
転移者とははっきりしませんが……、神殿にも報告した方がいいですか?」
「神殿へは必要ない。
今回は私の都合で申し入れたことだから」
慌てて言うと女主人はほっとした表情をした。
そっちを恐れていたのか。
しかし、私の方もこの話は神殿に知られたくない。
「さようでございますか!
では、もし、何か連絡がここにありましたら、そちらのお屋敷の方に……」
「ああ、そのように頼む」
女主人が立ち上がりドアの方へ行き、開けると叫んだ。
「お帰りです!!」
男性の従業員が来て玄関まで送られる。
馬車に乗り込んでからスニフに話を聞いた。
「ふたりの娼婦、元娼婦ですね。
プリシラとミカエラ。
この二人は少女を拾ってきて育てていたそうです。
そして今回、少女を連れて出て行ったと。
それから、従業員の男性が二人いなくなったそうです」
「男? 二人?」
「ひとりはクルトという女主人の片腕のように実務や書類仕事もこなし、腕っぷしも強くて頼りにされていた男です。
プリシラとミカエラとも親しくしていて、少女をかわいがっていたと。
そのクルトは引き継ぎなどを済ませて慌てて出て行ったそうです」
「うん」
たぶん、あの時駆けつけてきた男のうちのひとりだろう。
殴って来た赤毛の女がミカエラと呼ばれていた。
「それからもうひとり。
調理補助をしていたカイラムという男です。
どうやらアサニアの出身ではないかと話していた者がいました。
彼は昨日の昼。
少女……、ミコトとプリシラとミカエラが出て行ったことを聞いた時、驚いていたそうですが、夕方には姿を消したそうです。
現在、ミコトの周辺にいるのは女二人。
プリシラとミカエラと考えて良さそうですね。
もしかしたら、クルト……が協力して同行しているのかも。
カイラムとやらはアサニアの間者かもしれません。
これは考え過ぎでしょうか?」
「いや……、『エスタ』には貴族も神殿の者も来るからな……。
もしかしたら、それを探っていたのかもしれない」
「どうされますか?」
「……誰か人探しで雇えるか?
とりあえず、ミコトとプリシラとミカエラ、この女三人を追ってもらいたい」
スニフが頷き「アサニアの間者はいいのですか?」と言った。
ミコトのことを神殿に知られたくない。
私は首を振った。
「間者はもういなくなった。
追うのは難しいだろう。
『エスタ』に手が入るのではと恐れて姿をくらましたのだろう。
放って置いていいと思う」
「はっ!」
自分の屋敷、カノンに滞在中に使っていいと言われている小離宮に到着して自室に入るとがっくりしてため息が出てしまった。
あの時、見つけた! 捕まえた! と思った。
『エスタ』にいたのは神殿の神官に遊びを教えると連れて行かれたのだ。
「神殿に本格的に入ることになりますと、このような遊びもなかなかできなくなりますし……。
また、このようなことに慣れておいた方が……」
神殿の神官であるのにそのようなことを言う男に苦笑してしまった。
自分が遊びたいのであろう。
自分付きになる予定の神官のことをよく知りたいし、希望を叶えた方が親しくなれるかと、一緒に『エスタ』に来た。
私についたのは茶色の髪に緑の瞳の優しそうな美しい女性だったが……。
まったくそんな気分になれず、私の方が上の服を脱がされたあたりで「気分が良くない。ひとりで休みたい」と告げて、出て行ってもらった。
そして、そのままひとりで眠ってしまった。
目覚めたらもう朝で、水か茶でも持って来てもらおうと思い、ドアをそっと開けようとした時、廊下にこの館に似つかわしくない小さな子どもがいるのに気づいた。
スカートにフード付きの上着を頭から被っている。
小さな少女のようだ。
私は興味を持ち、ドアを薄く開けたまま子どもを観察した。
フードの下から顔の下半分が見える。
やはり少女のようだ。
少女は廊下の汚れを点検する様にゆっくり歩いていて、しゃがみこんだ時にフードから黒髪がはらりとこぼれた。
そしてそこの廊下を手にした布で軽く拭くと立ち上がる。
少女は一度フードを外し、緩んでいた髪紐を外した。
長い黒髪がはらりと揺れる。
くせのないきれいな髪だ。
手早く髪をまとめて紐で結び直し、またフードを被る。
その時に少女の顔がちらりと見えた。
少女というより、若い女性のように見え、瞳も黒に見えた。
もしかして転移者では?
少女はひとつのドアをノックし、返事がないのを確認してから中に入ったようだ。
私は自分の部屋から出るとその部屋のドアを開けた。
少女がびっくりしてこちら側を見て立ち竦んだようにしている。
私は彼女を捕まえようとして逃げられそうになり、強引にそこのベッドに押し倒して上から押さえ付けた。
捕まえた!
気持ちが高まる。なんだこの、気持ちの昂ぶりは!?
今までこんな気持ちになったことはない。
ベッドに押しつけられている少女の頭からフードが外れかけていて黒髪と黒い瞳、そしてやはり思ったより大人っぽい顔つき、表情……。
「誰ですか?
放して下さい。
私は『娼婦』ではありません。『掃除婦』です」
少女は落ち着いている。
この状況で泣くこともなく、私を困ったように見ている。
「君が……、掃除婦?
こんなに可愛くて可憐なのに?
それに、その髪、その黒い瞳! 君は……」
私の言葉に彼女ははっと顔を上にあげて視界を確認してフードが外れていることに気づいたのだろう。
急に睨みつけてきて「放せ! 変態!」と暴れ出した。
私は驚いた。
思っていたより力が強い。
やはり、子どもではない?
「頼むから、暴れないでくれ……」
私がぐっと力を入れると彼女は叫んだ。
「うわぁああああああああああああっ!!」
足音が響き、ドアがすごい音を立てて開いた。
「ミコト!?」
彼女を呼ぶ声。
そうか、彼女はミコトだったのか。
「ミカエラ姉さん!
掃除に来たら、この人が……!」
また落ち着いたように言う彼女の言葉の途中から、赤毛の女性が「私のかわいい『妹』に何してくれてるのよ!!」と飛び掛かってきて、顔を殴られた。
目から火花がというのはこういうことか! と思った次の瞬間、鼻が猛烈に痛くて、気を失いそうになった。
もう思い出したくない。
神官には先に神殿に戻るように伝え、女主人にあの少女を自分の屋敷の使用人として迎えたいと申し入れた。
あの少女が転移者ならば。
神官や兄弟と分け合うようなことはしたくない。
自分だけのものにしたいと、思ったからだ。
読んで下さり、ありがとうございます。
次はミコト視点に戻ります。




