40 今更……(ライザ視点)
どうぞよろしくお願いします。
王城から王妃様の使いが来たのは、イサクが仕事で登城している時だった。
「ライザだな。
第1王子エドワード殿下の乳母だった、ライザ。
王妃様がお前をお呼びだ。
このまま王城まで同行してもらおう」
私はドアを開けたまま、固まってしまった。
終わったと思って、全て手離したものが、また戻ってきたみたいな。それも不吉な予感と共に……。
ここに使いが来たということは、イサクが文官として王城に勤めていることまで、全部知っているということだ。私が何かしてしまったら、それはイサクの仕事や将来にも差し支える……。
「はい、少々用意する時間を頂けますか?」
使いは私が逃げると思ったのか「では、中で待たせてもらおう」と言ったので、しょうがなく中へ招き入れた。
居間にいてもらい、服の上に付けていた、室内用の家事上掛けを外して、服にざっとブラシをかけ、髪を整えて、外出の時のカバンを手に取った。
イサクに書置きをするか、悩んで、やめた。
「お待たせしました」
居間に戻り、使いに声を掛け、ドアから出ると鍵をかけた。
「私は今日、ここに戻ることができますでしょうか?」
使いに聞いてみた。
使いの男性、イサクよりは年上、クルトよりも年上かしら? は目を瞬かせた。
「ここは王城の文官の宿舎でもありますので。
鍵を返して行った方がいいか、とお聞きしています」
宿舎の鍵を持ったまま、文官の母親が行方不明なんてなったら大変だ。
使いの男は少し考えて「大丈夫だろう。聞かれることに正直に答えれば」と言った。
王城の裏口に馬車は付けられた。
昔、エドワード王子とエドガー王子のお世話をしていた時、私達もここを使っていたっけ……。
他人に会わない動線で、王妃の部屋に招き入れられた。
椅子に座る王妃と向かい合い、お互い苦笑してしまう。
「……お久しぶり。エルザ」
私は久しぶりに跪いての礼をして頭を下げ「王妃殿下、再びお会いできて光栄でございます」と言って、そのままじっと頭を下げ続けた。
「直りなさい。
話があるの。
単刀直入に聞く。
双子の片割れはどうしている?」
私はゆっくりと顔を上げた。
「双子はいません。
私の子どもとして育てました。
私の息子のクルトが、亡くなったこともあり……。
クルトとして育てて、すでに成人し、仕事をして自立しています」
「どこにいる?」
「……カノンで仕事を」
「何の仕事を?」
「……娼館の従業員です」
「娼館!?
王子が!!
スミレの血筋はとんでもない出来損ないの息子達ばかりなのね!」
私はカッとなった。
「違います!
クルトは、亡くなった夫レックスの代わりに私ともうひとりの息子の生活を援助するために給金の良いその仕事に就いただけで!
冒険者としても活躍していました!」
「……ほう。
冒険者としてもとなると、体格もいいのだな?」
「はい?
まあ、亡くなった夫レックスは隊士でしたが、レックスよりも背が高く、身体つきもしっかりしていました」
「今、カノンの娼館にいるのだな?」
「……もしかしたら、いないかもしれません」
「何だと?
それはどういうことだ?」
私は一度大きく息を吐くと王妃をしっかりと見つめて言った。
「クルトは、あの子は私と息子、母と弟の生活を守るために、自分のことは後回しにして、生活のために働きました。
弟が上級学校を出て、就職が決まって……、生活が安定した時に、クルトには今までのお礼を伝えて、あなたは私と夫の子ではなく、お預かりしたお子であることを伝え、これからは自分のために生きて欲しいと、伝えました」
「……スミレの産んだ双子の王子の片割れだと伝えたのか!?」
「いえ、ただ、お預かりしたお子であることだけ。
お預かりしていた指輪も渡しましたが、自分の親から託されたもので、かつて先祖に貴族がいたのではと思ったようです。
まさか、自分が王族の……とは気づいていないはずです。
しばらく、まだ娼館で仕事を続けているようだという話を人伝に聞きましたが……。
自分の子ではないことを伝えてからは連絡を取っていませんし、わかりません」
「……その言葉、嘘ではあるまいな?」
「嘘などついて何になりましょう!
私は今は本当の息子と二人だけの生活しております。
今はもう、その子との生活を守りたいだけでございます!」
「……そうか。
息子はイサク。
文官で図書文書係」
息子を人質に取られているも同然……。
私は手のひらにぎゅっと指を握りこむ。
その様子を見て、微笑む王妃様。
「イサクなら、クルトの顔を知っているし、まだ兄だと思っている?」
「……はい、イサクには何も伝えていません。
これからはクルトには自分の道を、自分のためだけに生きてもらいたいね、とだけしか……」
王妃は少し目を伏せて考え込み……。
「とりあえず、カノンの娼館に問い合わせてみよう。
そこにまだいれば、もうお前達に用はない。
だが、いなければ……、まだまだ協力してもらわないとならないな……。
今日のところは帰って良し。
ただ、エドガー、今はクルトと名乗っているのか……。連絡を取るのは禁ずる。
またこちらから連絡をするまで待ちなさい」
そして、王妃は椅子に座ったまま、靴をドンと踏み鳴らした。
奥のドアからメイドやさっき私を案内してきた使いの男性が現れると王妃様は「聞いていたな。エルザを送り次第、カノンの娼館を調べろ」と言った。
私は再び深く礼をしてから、使いと共に退室した。
使いの男性は「カノンの娼館ねぇ。有名なところとしては『エスタ』か?」と呟いた。
「そうです。『エスタ』です」
私の言葉に男性はうれしそうに笑った。
「それはすごい。
あそこは美女が多くて有名なんだ。
最近では第2王子が『エスタ』から自由になって出た娼婦を探しているらしいが……」
私はその言葉の第2王子という言葉にぶるっと震えた。
本来なら、クルト、いえ、エドガー様が第2王子という立場だったのかもしれない。
双子なのでどちらを兄とするか難しい。それで、金髪のエドワード様だけを王に似ている容姿のためにとりあえず第1王子として公表することにしたのだ。
そして、王妃様は結婚する時、隠されて育てられていたエドガー様をこのまま闇に葬ることを望まれた。せめて、自分の子を第2王子にしたかったのだろう……。
王は、エドガー様が臣下に下り、地方で隠して育てられていると思われていたようだが、今はどうなさっているのだろう。気づいていないのだろうか?
そして、殺してもかまわないと私に託されたエドガー様を、今更、王妃様が探すというのは、どういうわけなのだろう?
帰りの馬車に私はひとりで乗った。
「私もカノンに急ぎ行かなくてはいけないのでね。
お気をつけて!」
使いの男性は馬車のドアをそう言って閉めた。
馬車が動き出す。
もう少しで王城の門を通るというところで、私の乗った馬車が停まった。
見ると騎士が馬車を停めたようだ。
王妃の所にいた王妃付きの騎士ではない。服の色が違う。
馬車のドアが開けられ、若い女性が乗り込んできた。
「急にごめんなさい!
私、エレノアです。第1王女の!
ライザさん? ちょっとだけ、お話しいいかしら!?」
私はびっくりして座面に身体を押し付けるように縮こまった。
「あ、母の、王妃の手先ではありません!
私は第1王子エドワード兄様の味方をしています。
図書文書係のイサクとは兄を通して友人ですわ」
エレノア王女と名乗った女性は真摯に私に話し掛けてくる。
王妃とも似ているが、王妃とは全然印象が違う。
「エレノア王女殿下……、何を……」
「とりあえず、お話を許可して頂けるようね!
王庭を一回りして頂戴!」
エレノア王女殿下の声に馬車は動き出したが、門をくぐらず、王城の壁に沿って丸くカーブを走って行く。
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