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38 ミコトについて(カイラム視点)

どうぞよろしくお願いします。

「逃げられた?」


 私はソーサラのオグル商会の商会長の屋敷で唖然とした。

 オグル商会長は恐縮している。


「本当に申し訳ございません。

 気づかせないように細心の注意を払ってはいたのですが……。

 逃げたとなると、本物……だったのでしょうか?

 容姿は聖女様とは少し違っていましたが……」


 それは甥のラスタルにも確認している。

 髪がくせ毛であったと。

 ただ、瞳の色が黒で、肌も乳白色、華奢な身体つき、髪の色も黒、までは転移者の条件はそろっている。

 髪は肌とは違うから、くせをつけたりすることは可能ではある。盲点だった。


 そして名前はミコト。

 私はシーザー王国のカノンの娼館にいた『ミコト』と同一人物だろうと思った。


  

 転移者はシーザー王国とアサニヤ王国辺りに時々現れる。

 たぶん、異世界との交流点のようなものがその辺りにはあるのだろう。もしかしたら、古代からの神との契約のようなものなのかもしれない。

 アサニヤ王国では現在マリナ様以降の聖女は正式に公表されていていない。


 こちらに転移してきているのに隠れている、隠されているというケースも実際にある。

 彼女達の特性は特に魔力を多く持つ者を惹きつけるものがあるようだ。シーザー王国ではこのことが王家が転移者を囲い込み、王子の妻とする流れになっているようだ。

 

 魔力が多くない普通の者にしてみれば、彼女がそばにいると心地良いと感じるくらい、またかわいらしい容姿と弱々しく華奢な身体や容姿に庇護欲をそそられて我が物にしたいという欲望の対象になってしまうこともある。

 実際、監禁されていて、保護した転移者の成人女性もいた。

 保護する際に彼女を監禁していた男が道連れにしようと大怪我をさせて、マリナ様が到着される前に亡くなったこともあった。

 聖女を大事にし敬うように指導されているアサニヤ王国国民ですら、一度彼女達の魅力に捕らえられてしまうとそうなのだ。

 そのため、私はシーザー王国内で、まだシーザー王家に知られていない移転者を探すことにした。

 そして、カノンで娼館の娼婦達が子どもを育てているという噂を聞いたのだ。

 自分の子どもではなく孤児を。

 フードを被り、顔を隠している子ども……らしい。

  

 私はその娼館に見習いの料理人として入り込むことに成功した。

 そこにいたのが『ミコト』だ。

 噂通りいつもフードを被り、顔や髪をなかなか見せてくれないので、苦労したが、一緒に過ごすうちに、瞳は黒く、身体つきや顎のラインなどからかなり華奢で幼いことを知った。

 栄養失調か持病でもあるのではないか?

 しかし、きちんと世話をされ、少女も掃除や洗濯の仕事を手伝っている。その様子に健康状態が悪い感じはしない。

 ただ、年齢が幼く、保護されたのは4年前ほどで、今は9歳あたりと聞いた。

 そんな幼くして転移してきたケースは初めて聞いた。

 そして、それほど幼ければ、転移者と気づかず孤児として保護されているケースもあろう。


 私は彼女が育つのを待ちながら、親しくなろうとしていた。

 ただ、ミコトには保護者というか庇護者というかたくさんいたのだ。

 娼婦のプリシラ、ミカエラ。それに他の娼婦達もミコトをかわいがっていて、私がミコトに関わろうとすると、邪魔してくる。

 中には邪魔というか、ミコトをかわいがる風を装い逆に私に関わろうとする娼婦もいたが……。


 一番面倒なのが、従業員のふたりで、一番年上のマルスは父親のような気持ちで、ミコトに気を配っていた。

 もうひとりはクルト。

 プリシラとミカエラと親しく、冒険者としても腕がかなり立つらしい。

 そのクルトが、ミコトをとてもかわいがっていた。

 ミコトもクルトとプリシラとミカエラには特別に懐いているように見えた。

 ミコトを誘拐して連れ出すことも考えたが、この三人がとても用心していてミコトが娼館外に出る時には必ず一緒にいる。

 もう少し、ミコトとの間に信頼関係を築いてからでないと失敗するとやる前から想像できた。

 二年間、私はミコトのそばでミコトを観察し、親しくなろうと見守っていた。

 思っていたよりミコトは大人っぽく冷静であり、また娼館という特別な環境だったこともあって、男の欲望や性癖に気づいて身を躱すようなそういう力を持っているように思えた。

 実際、客に幼い子どもであるミコトをそのような視線で見る者がいて、ミコトはそのような客が逗留している時には誰に言われたのでもなく、自分から用心して行動している姿が見られたからだ。


 そんな時、娼館『エスタ』に王族が訪れたのだ。

 変装していたが同行者が神官の癖が抜けきらないしゃべり方で、神殿の神官だとわかった。

 その神官が連れている若い貴族なら、たぶん王族だ。

 そして、その容姿と年齢、神殿に入る予定の第2王子エリオットだろうと推察できた。


 そのエリオットがミコトに興味を持ち、掃除中のミコトに抱きついて騒ぎを起こした。

 しかもミコトを引き取りたいと女主人マダムに申し入れ、それについて話し合いが行われたそうだと知った時には、ミコトを連れてプリシラとミカエラは姿を消していた。

 クルトもすでにいなくなっていたので、後を追ったのだと思った。

 私も退職を申し出て、女主人マダムに引き留められた。

 が、退職の申し出はきちんとしたのだ、好きにさせてもらおう。


 船でテーベへ戻り、ミコト達の行方を探ったが、見つからなかった。

 ということは、マイルズ共和国の方へ逃げたのだろう。

 王都ラコルムに戻り、王に報告した。




「のんびり構えているからだ」


 兄は笑った。


「でも、転移者とはいえ10歳の少女ですよ。 

 そんな強引なことは……」

「報告を受けて、ギルドへ潜入している者に調べさせた。

 ミコト名義は五人ほどいるそうだ。

 そして、一番最近マイルズ共和国で登録した者がいる。

 確認したところ、おまえの報告より歳上らしいそうだが」

「じゃ、幼く見えるのをいいことに、年齢を偽っていた!?」

「手玉に取られていたのはカイラム、お前の方みたいだな」


 兄に苦笑されて、悔しい。

 ただ、少しほっとしていた。

 ミコトを聖女になる少女と敬う気持ちがありながら、密かに彼女を……。

 いけないと思っていた気持ちは、彼女がもう少し年上なら、少しは許されるような気がした。


「マイルズ共和国に逃げたとなると……、シーザー王国より手は出しにくいな。

 ただ、マイルズは転移者をそこまで特別扱いはしない。

 転々としているうちにアサニヤに来ることもあるかもしれない」


 


 バートレイ伯爵からの連絡を受け、ヤシマに向かい、ソーサラにいた甥のラスタルだけを呼び戻し確認した。

 ミコトで間違いない。

 しかも、エドガーと名乗る男と婚約していると!?

 一緒にいる男と女の容姿と名前を確認して、確信した。

 エドガーはクルト。

 シアと呼ばれているのがプリシラ。

 ユミエラというのがミカエラだ。

 もうひとり、ライカンという元騎士らしい冒険者には心当たりはないが、途中で仲間になったのだろう。

 あのクルトが、ミコトの婚約者だと?

 どうやら、ラスタルが言うには、嘘ではないらしい。

 しかも小柄だが14歳だと言っていたと。

 本当にふたりは恋人同士に見えたという。


 クルトと私はよりひとつ下だと話したことがある。年齢的には同世代だ。

 ならば、私がミコトの恋人に婚約者に夫になることもおかしくはなかったということか。

 いやいや、ミコトが聖女であれば、そういうことを考えていい対象ではない。


 現にマリナ様は聖女として生き、俗なこと、人間としての欲望は拒絶して生きてこられた。

 転移者とは聖女とはそういうものではないか?

 人間の欲望に飲み込まれて、命を落とした転移者を見てきたから、ミコトも……。

 早く保護しなくてはいけないのではないか!?


 港で、前日の夕方に出港した船に五人組の男女が乗り込んだという目撃証言があったそうだ。

 マイルズ共和国のコタン行。

 マイルズ共和国のかなり奥の海辺の街だ。途中寄港するから、どこで降りたかまではわからない。

 ただ、今、ミコトとクルト、いやエドガーは、マイルズ王国のどこかに潜んでいる。

 

読んで下さり、ありがとうございます。

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