側近は今日も気苦労が絶えない
皆様、初めまして。
ロヴァルド殿下の側近をしております、クラウドと申します。
私クラウドは、ロヴァルド様とは幼少の頃からの幼馴染なんですよ。
……と言うと聞こえは良いですけどね。
陛下に仕えていた両親の元をうろちょろとしていた私を、遊び相手に指名したのがロヴァルド様でした。
それをきっかけにロヴァルド様と親しくさせて頂いたりなんかしてね。
ロヴァルド様も私のことを兄のように慕って下さって、そりゃもう可愛かったんですよ。
……まぁ、今ではもう見る影もありませんがね。
そんなロヴァルド様の側近となって早数年。
本日は、私から見たロヴァルド様のお話でもしようかと思います。
「……ロヴァルド様、そろそろお休みになられては?」
そう言いながら書類を差し出しても、ロヴァルド殿下は視線すら寄越さない。
机に向かったまま、淡々とペンを走らせていた。
「後にしろ」
「……それ、何度目だと思ってるんです?」
ため息を付きながら言うと、じろりと睨まれた。
一度仕事に入り込めば、食事も睡眠も後回し。
倒れる寸前まで止まらないのが、この方だ。
幼い頃から勉学や剣術に没頭すると、周囲が見えなくなる方だった。
彼の辞書に「加減」という文字は存在しないのだろうかと思うほどだった。
もちろん王太子殿下としてのお立場は理解している。
が、ご自分をもう少し労わって欲しい臣下の気持ちも理解して欲しい。
「ロヴァルド様、せめて水分は取って下さいよ」
「飲んでいるだろう」
「一口しか飲んでいませんが」
机の端には、冷めきったカップと手付かずのクッキー。
こんな性格をしておいて甘い物を好むロヴァルド様のために、お茶請けは必ず置くようにしている。
忙しいと見向きもされませんけどね。
「今新しいものを入れ直しますから」
「このままで構わん」
「冷めたのは飲まないじゃないですか。はぁ……せっかくロゼリア様が入れて下さったのに」
思わずそう呟く。
すると、ぴくりと眉が動いたかと思えばクッキーへ手を伸ばし、そのままお茶まで飲み干してしまった。
飲むのかよ。
……失礼しました。
いえ、少しでも水分など取って頂けるのならいいんですけどね。
ロゼリア様の名前を出した途端にこれとは。
ロゼリア様との婚約をしてからというもの、ロヴァルド様の変化は著しい。
これまで女性には全く興味がなかったことを思えば喜ばしいことではあります。
婚約する前はあれほど合理的な理由を述べていたのに、人とはここまで変わるものかと感心すらします。
私の目から見ても、ロゼリア様は普通の女性とはどこか少し違う。
どこが……と言われると難しいのですが。
ただ多くの令嬢は厨房にすら立ち入りませんし、食事を令嬢などいなかった。
そもそもお茶の準備すらした事がない令嬢の方が多いでしょう。
それにロゼリア様は楽しそうに料理をするだけでなく、使用人への配慮も忘れない。
妃教育だけを受けて育った令嬢ではないロゼリア様の人柄のおかげか、使用人達からの評判もすこぶる良い。
おっと、あまりロゼリア様のことを褒めるとロヴァルド様の機嫌が悪くなるのでこの辺で。
「女はうるさいから嫌いだ」
そう言っていた幼き日の生意気なロヴァルド様は、もういらっしゃらないんですねぇ。
そう思うと少し寂しくもありますが、側近としてはやはり嬉しさの方が大きいです。
「おい」
「なんですか?」
「ロゼリアが作ったものなら最初に言え」
「クッキーは違いますよ?」
「……ちっ」
「ロヴァルド様が気を使うといけないから」とロゼリア様からは口止めされていましたが。
今後は伝えたほうが、素直に休憩して頂けそうですねぇ……。
──コンコン
しみじみしていると、扉が叩かれる。
この控えめなノックは……。
「ロヴァルド様、お疲れ様です!」
「ロゼ」
お。手を止めましたよ、この人。
先程お茶を飲むときは手は止めず、視線も書類に落としたままだったのに。
「シュークリームの試作をお持ちしたんです! よろしければご一緒にお茶でもと……」
「ああ、ちょうど休憩をしようかと思っていたところだ」
うわうわ。さらっと嘘を付きましたよ、この人。
きっと私が相手なら「飲んだところだ」なんて門前払いするであろうタイミング。
やはりロゼリア様は特別なのだと、改めて実感してしまいますね。
普段は険しい顔付きのロヴァルド様が、こんな穏やかな目で女性を見るなんて。
お二人のやり取りを見ていると微笑ましくなり、思わずくすりと笑ってしまう。
「……クラウド」
「はい、お茶を入れ直したら私も休憩のために席を外しますね」
そう言うと、こちらを睨みながら一瞬だけバツが悪そうな顔をした。
ロゼリア様には言いません、分かっておりますって。
なんだ、やっぱり可愛いところも残ってるじゃないですか。
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