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第七話 旦那様水でございます まて、外へ行くな、くそっ、なぜ、俺だけ出られないんだ!

牛舎へ向かう途中に屋敷の外を、改めて見る


周りが木々で覆われているので、森だというのは分かる

だが、屋敷のそばまで木々が迫っている訳ではない


木々は少し離れた場所から奥へと鬱蒼と茂っている

普通なら、日も差さないような薄暗い森


その真ん中に、ぽっかりと空間を切り取ったように、屋敷と敷地

そして、そのまわりに平地があり、そこから森へと続く


「こうして見ると、明らかに異常だな。

 なぜ、このようになったのか、さっぱりわからん」


「そうでございますか?」


千草の問いに、祥吾は驚く


「千草は分かっているのか?」


「地震のせいでございましょう?」


思わず脱力する


「いや、それはわかっている。問題は、地震でどうして、

 我が家だけがこのようになってしまったかということだ」


「そうでございますねえ。

 ですが、

 分からないことを、今思い悩んでも時間の無駄でございましょう

 出来ること、必要なものを得ることこそが肝要でございます」


祥吾は何か言おうとして口をパクパクするが声が出ない。


その時、千草が立ち止まり、真剣な顔であたりを見回す

目を閉じ、鼻を嗅ぎ、耳に手をやり何かを聞こうとしている。


「千草?」


その声に、祥吾の方へ向いた千草の顔は、獲物を見つけた鷹にように鋭かった


「旦那様、水でございます!」


そう言うと、千草は、まるで獣のような素早さで走り始めた。

その後を、いつの間にかついてきていた疾風が追う


その時になって、我に返った祥吾も、慌てて後を追う。


だが、その頃には、追いついた疾風のたてがみを掴み、

鮮やかに馬上の人となった千草に、置いて行かれてしまった。


祥吾も軍人である。千草と疾風が去った方へ、全力で走った


やがて、姿を捉えた祥吾は、そこで戦慄する。

千草を乗せた疾風は、敷地の外へと出ていた。


言葉にならない叫び声をあげ、祥吾もまた、全力疾走で敷地から外へ出ようとする

その瞬間、激しい衝撃をうけ、祥吾は意識を手放した


「旦那様、旦那様!」


激しく体を揺さぶられて、祥吾の意識は浮上した


目の前には、泣きそうな顔の千草がいた。


「千草」


そう呼ぶと、千草は祥吾に抱きついてきた。

自分の頬にくっつく千草の柔らかな頬と少しの水気を感じながら

祥吾は、自分も千草を抱きしめた

不思議と恥じらいも照れもなかった。


彼女の心配を少しでもはやく消し去ろうと祥吾は言った


「大丈夫だ。俺は軍人だ。このくらいのことでどうもしない」


そう言いながら、いまのは一体どれくらいだったのだと痛む全身で思った


祥吾から離れた千草は、地面に正座し、指をついて頭を下げた


「申し訳ありません、旦那様。私のせいでお怪我を。

 このお叱りはいかようにもお受けいたします。」

「大丈夫だと言っただろう。気にせずともいい。

 それより、いきなり走り出したのは、どうしてだ?」


千草は、はっとして屋敷の外を指さした。


「川がございます。これで水の心配はなくなりました」

「どういうことだ、水なら敷地内の井戸でくめば——」

「井戸は涸れております」

「なっ!」

「地震の次の日に井戸を見てみましたが、涸れておりました。

 幸い、何個かの瓶に水がたまっておりましたので、不自由はしておりませんでしたが

 それも、少なくなっておりましたので」


祥吾の胸に依然と同じ、いや、もっと鋭い痛みが走る


(俺は、何をやってたんだ!)


「こちらでございます!」


千草は、祥吾の様子には気がつかず、敷地外へ出る



「ま、まて千草、敷地外に出るのは危ないと——」


言いながら、祥吾もまた敷地外へ出ようとする。

再び、頑丈な壁にぶつかったように弾かれ、倒れた。


「旦那様?」


不思議そうに見つめる千草。

その千草に向かって、祥吾の横を通り過ぎた疾風は、ゆうゆうと敷地外に出る。


(くそっ、なぜ、俺だけ出られないんだ!)


疾風の顔がやけに自慢げにみえる祥吾だった。

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