第五話 旦那様が一番ですわ うーむ、家畜と比べられても
ようやく朝餉を終えた祥吾は、意を決して立ち上がった。
腰には軍刀。
胸には「どんな死地が待っていようと生き抜いて戻ってくる」
という悲壮なまでの決意。
「千草、私はこれより敷地内の検分に行って参る。
……万が一、私が魔物に成り果てて戻ったら、容赦なくこの刀で——」
千草は、片付けの手を止め
「お待ちください。私も一緒に参ります」
「いや、どんな危険があるかもしれない。一人の方が対処しやすい」
「いえ、山羊のハナのお乳を絞ってこなければなりませんの。
旦那様が一緒であれば心強いですわ」
「そ、そうか、では、いっしょに参るとしよう」
先程の悲壮な覚悟はいずこへ。
すべての意識は、妻を守り抜くというただ一点に集中した
家畜小屋は平穏だった。
七色の卵を産んだ鶏たちも見た目は変わらないまま。
他の家畜たちも同様だった。
ほっと胸をなで下ろす祥吾。
だが、しばらくして妙なことに気がついた。
千草は、山羊のハナの横に座り搾乳している。
その周りに、鶏だけでなく、牛舎から牛が
最後には厩舎から、祥吾の愛馬の疾風までもが集まってきた
しかも、愛馬の疾風は、主人に見向きもせず、千草の袖を甘噛みする
搾乳を終えた千草は、疾風の首を撫でながら、ふと遠い目をする。
「……父と、よく山で馬を追いかけましたわ」
「千草……?」
「あっ、いえ。昔のことでございます
家畜たちの無事も分かりましたし
もどりましょう」
搾乳した乳を抱えて、そそくさと歩き出す千草
その後を、アヒルの子どもよろしく付いていく家畜たち
祥吾が千草の隣に着こうとすると、ブルルと鼻を鳴らして疾風が邪魔をする。
他の家畜の前に行こうとすると、みんな譲ろうとしない。
結局、祥吾は家畜たちの一番後ろから付いていくはめになった。
「おまえたち、俺は主だぞ!」
憤慨する祥吾を家畜たちは一顧だにしない。
家に帰り着くと、千草は一匹づつ
撫でたり、抱きしめたりしてから
「それでは、おうちにお帰りなさい」
その言葉に素直に従う家畜たち
それを見ながら祥吾は憤懣やるかたない面持ちでつぶやいた
「俺が主なのに……」
「あら、疾風たちも分かっておりますわ」
「だが、あやつらは、俺をないがしろにしたではないか」
「旦那様をないがしろにしたのではありませんわ
みんな甘えておるのです」
「うん? どういうことだ?」
「地震が起きて、しばらく、旦那様が屋敷で固まっておられた間
疾風たちも不安だろうと、何度も様子を見に行きましたの」
その言葉で、自分がしでかした醜態が全速前進で押し寄せきた。
膝から崩れ落ちかける祥吾。
それには気付かず、千草は乳を片付けている
「そうか……俺は最後か……」
茫然自失の表情でつぶやく祥吾に、千草は安心させるように言った
「いいえ、旦那様が一番ですわ」
その声に生気を取り戻しかける
「その次が、疾風、それから山羊のハナ、
それから……鶏のタマ。あ、タマは三羽おりますけれど、
これは順列は付けづらいといいますか……」
「……もうよい。もうよいのだ、千草
俺は……鶏と同率であることで満足することにするから……」
祥吾は力なく首を振り、自分を威嚇した愛馬の疾風が、
厩舎で満足げに「ヒヒーン」といななくのを聞いた。
お読みいただきありがとうございます。
家畜たちにまで序列を追い抜かれた祥吾。
でも千草の「旦那様が一番(お世話の優先順位)」という言葉、祥吾にとっては救いになったのでしょうか、それともトドメになったのでしょうか。
次回は5月9日12時10分投稿予定です。




