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閑話 千草の愛情日記 第一話 愛を知らない:婚約が決まった頃

 私は愛を知らない


 父、母への愛情、二人からの愛情というものは知っている


 それらは、やわらかで、おおきくて、つつまれるようなもの


 けれど、それ以外の愛を知らない


 母が幼いとき亡くなり、その後は父と全国を転々とした


 その時の生活は、端から見てどうかは知らないが、

 私には、楽しい日々だった。

 たくさんの町、村、林、森、海

 そこでの生活と身をもって知る知識は、

 私を私たるべきものにしていった。


 しかし、父が亡くなってからは、

 私のまわりは、色を失った世界のみだった。


 私は感情の出口を失い

 感情の受け入れ方を失った


 父の実家での扱いは、心ある人が見れば相当ひどいものに写っただろう

 けれど、私は心を失っていた

 だから、他人事のようにそれらを受け入れていた


 やがて、家同士の政略的な事情で、結婚することになった

 同じ華族だが、あまりにも格差のある相手

 花嫁修業という、今までと同じ、いやもっと厳しい下働き


 そんななかで、私が唯一興味を持ったのは、夫となる相手のことだった

 結婚が決まったからと言って、相手と会うことはなかった

 けれど、父と母のような関係になることに、心の底で夢をもった


 父と母のような愛をしらない私にも、

 その人を同じように「愛」することができるのだろうか


 花嫁修業で教えられたとおり

 旦那様として、立て、敬い、尽くすことはできると思う

 形だけのものだから


 けれど、そうではない、いままで私が経験したことがない

 思いもよらない感情が生まれるような、そんな関係が築けるのだろうか


 可能性は低いかもしれない

 私は、理屈や理論ばかり


 愛を知らない人間だから

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