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第一話 この身に変えても妻は守る! あの…… 昨夜はご満足いただけなかったのでしょうか はっ?

「旦那様? あの……昨夜はご満足いただけなかったのでしょうか」


西園寺祥吾に抱きすくめられ

変に熱っぽい声で千草がそう言ったのは

すべてを押し潰すような炎の塊が

屋敷に、いや、障子を開けた、この部屋に迫ってくる最中だった


竜巻より太い炎の渦と、空気を引き裂くような轟音に

ドクン、と心臓が跳ね、軍人としての彼の直感が

冷徹に終わりを告げる。


——ああ、間に合わない。


次の瞬間、彼の体は思考を追い越し

背後にいた妻に覆い被さり

その分厚い背中で壁を作った


轟音を耳にしながら

彼はただ、自分の背中が少しでも長く

彼女を遮る盾であらんことを祈っていたのだが——


「はっ?」

西園寺祥吾の口から、軍人らしからぬ間の抜けた声が出た。

脊髄を駆け抜けていた死の恐怖は、妻の一言で霧散する


(昨夜は……いや、俺は緊張しすぎて布団の端で寝ていただけで……!)


そもそも昨夜、二人きりになった屋敷で

時計の針の音だけが部屋に響いていた

祥吾が何か言おうとした、まさにその瞬間

世界がひっくり返るような衝撃に襲われ、意識が途絶えた


目を覚ました時には、屋敷ごと見知らぬ森の中にいた


「旦那様、お顔の色がすぐれませんが、やはり昨夜が——」

「そ、それより炎は?」


真っ赤な業火が荒れ狂う龍のごとく

こちらへ迫っていた


——だが、届かない


炎は屋敷の境界で「透明な何か」に阻まれ

一寸たりとも侵入できずにいた

その炎の元、赤黒い龍の姿をした生き物が

怒りの咆哮をあげ突進してきたが

これもまた、何かにぶつかり、跳ね返され、地響きを立てて倒れた


「ああ、あれでございますか。朝早くからおりますわね」


千草は縁側から炎の龍を見て

ほんの少しだけ首をかしげた


「……あれは、龍ではないか?」

「はい、炎の龍のような魔物、でございますかしら

 結界のようなものが張ってあるようで

 入っては来られないようでございますが」


呆然と口を開けて固まる祥吾。

そんな夫の心中など露知らず、

千草はいつもの丁寧な所作で三つ指をつき、お辞儀をした。


「旦那様、朝餉あさげの用意ができておりますわ。

 お味噌汁が冷めないうちに、お召し上がりくださいませ」


祥吾は、遠くで吠える魔物を見つめながら、味噌汁を口にした。

——その瞬間、胃の奥から、じわりと熱が広がった。

(な……なんだ、これは)

お椀の中を見ると、七色に輝くキノコが、湯気の向こうでゆらゆらと揺れている。


千草は、そんな夫の様子など気にも留めず、箸を動かしながら言った。

「旦那様、今日はお野菜を収穫してみませんこと?」


(さっきまでの、俺の覚悟は……)

虚しさに心が揺れる祥吾だった

【第一章完結のお知らせ】

第五十話をもちまして、第一章が完結いたしました。

すれ違いだらけの新婚生活も、ようやく「夫婦らしさ」が見えてきたところです。


第五十一話からは第二章、新展開スタート。

舞台は南の王国へ――

新たな土地、新たな出会い、そして新たな騒動。

これまでとはひと味違う物語が始まります。


第一章だけでも一つの物語として楽しめる作りになっていますので、

これから読み始める方にもおすすめです。


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― 新着の感想 ―
僕の大好きな大正時代という設定と、タイトルに惹かれて読ませていただきました。 冒頭から「この身に変えても妻を守る」という軍人らしい覚悟と、「昨夜はご満足いただけなかったのでしょうか」というまさかの一…
はじめまして。1話まで拝読しました! 炎の龍が迫る絶体絶命の場面で「昨夜はご満足いただけなかったのでしょうか」と切り出す千草のマイペースぶりが最高でした。命がけで妻を庇う祥吾の軍人らしい覚悟と、その…
つかみがいいですね。読者を引き込みやすくてとても好印象です。 初心者執筆者とは思えないほどの文書力でお見それしました! 評価の方は入れさせて貰いました。
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