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LAST EXIT ACADEMIA  作者: きなこもち
第4章 『漂着する街』

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襲撃



 最初に響いたのは、銃声じゃなかった。


 金属をひしゃげるような、鈍い衝突音。

 外縁バリケードのどこかで、何か重いものがぶつかった音だった。


 その次に、怒鳴り声。

 警笛。

 そしてようやく、乾いた発砲音が重なってくる。


 火澄六花が外へ飛び出した時には、生存圏の空気はもう完全に戦闘の色へ変わっていた。


 狭い通路を走りながら、頭の中で先に地図を組む。

 外縁バリケードは東西に細長い。

 正面突破されれば、避難テント側へ一気に雪崩れ込まれる。

 防ぐべきは侵入そのものじゃない。

 **侵入した敵を、居住区側へ通さないこと**。


「東側!」

 前方から蓮司の声が飛ぶ。

「火炎瓶来るぞ!」


 六花が角を抜ける。

 視界が開ける。


 外縁バリケードの向こう、コンテナの影から男たちが走り込んできていた。

 鬼塚の手下だ。

 数は多くない。

 だが、少人数で崩しに来る動きが明らかに手慣れている。


 そのうちの一人が火のついた瓶を振りかぶる。


「右」

 六花が低く言った瞬間、蓮司がショットガンを撃つ。


 爆ぜる前に瓶が割れ、火が地面へ散った。

 炎は土嚢の外側を這うように広がり、焦げたアルコールの匂いが一気に立つ。


「助かる」

 六花が言う。

「礼はあと」

 蓮司が返す。

「生きてたら」

「縁起悪い」

「今さらだ」


 そのやり取りの裏で、さらに二人がバリケードを越えようとする。

 六花は迷わず前へ出た。

 狭い。

 なら、数は殺せる。


 一人目の腕を警棒で払う。

 手首の角度を潰して武器を落とさせ、そのまま踏み込んで膝を入れる。

 男が体勢を崩したところへ、後ろから来た二人目が無理に割って入ろうとする。

 六花は半歩だけ退いて、その進路を意図的に残した。


 次の瞬間、横から蓮司が肩でぶつかる。


 男が土嚢へ叩きつけられた。


「連携よすぎない?」

 後方から花音の声がした。


 振り返らないまま、六花が返す。


「黙って避難誘導」

「やってる!」

 花音の声は近い。

 たぶんバリケードの一段後ろで、走れない子どもや老人を奥へ回している。


 六花はそれだけで十分だった。

 花音は前線向きじゃない。

 でも、こういう時に一番“人を動かす”声を出せる。


「こっち!」

 花音が叫ぶ。

「急いで! 立てる人から先に中へ!」


 泣きかけた子どもがいる。

 花音はその子の肩を抱いて押し出す。

 横では澪が簡易担架を回し、九条が人数を見ながら退避ルートを切っていた。


「老朽コンテナ区画、先に閉じる!」

 九条の声が飛ぶ。

「西側まだ通せる! 走れるやつから!」


 責任者の声だった。

 疲れも寝不足も、その瞬間だけは消えている。


 その背後で、湊が心晴の前に立っていた。


「下がれ」

 湊が言う。


「だけど」

 心晴が返す。

「だけどじゃない」

「私も運べる」

「知ってる」

 湊は前を見たまま言う。

「でも今は見られる位置に立つな」


 その言葉の意味を、心晴はすぐに理解した。


 鬼塚たちが狙うのは、食料だけじゃない。

 若い女。

 動ける人間。

 それを分かった上で前に出るのは、今は違う。


 心晴は唇を噛みそうになって、やめた。

 その代わり、後ろにいた子どもの手を引く。


「こっち」

 静かな声で言う。

「走れる?」

 子どもは頷いた。

 その目は完全に怯えていたが、まだ動ける。


 その時、バリケード外縁の向こうから、聞き覚えのある笑い声が届いた。


 鬼塚だ。


「いいねえ!」

 通る声。

 人を煽ることに慣れた声だった。

「ちゃんと焦ってる顔すると、やっぱ映えるなあ!」


 花音の背中が強張る。

 六花の目が冷える。

 湊の中で何かが静かに沈む。


 鬼塚がコンテナの上から顔を出した。


 見下ろしている。

 こちらの動き、逃げる人間、防衛線の薄い箇所、全部を見ている。

 そして、その視線が花音へ止まる。

 次に、心晴。

 最後に六花。


「やっぱ三人ともいいな」

 鬼塚が笑った。

「今日のうちに一人くらい持って帰れりゃ上出来か?」


「黙れ!」

 花音が叫んでいた。


 自分でも驚くくらい、先に声が出ていた。

 怖い。

 でも、もうそれより先に腹が立つ。


「気持ち悪いんだよ!」

 花音は叫ぶ。

「勝手に見んな!」


 鬼塚は一瞬だけ目を丸くして、それから大きく笑った。


「元気でいいなあ!」

「白峰!」

 湊が呼ぶ。

「前に出るな!」


「分かってる!」

 花音は怒鳴り返して、すぐに子どもの背を押した。

「走って!」


 その一連を見ていた鬼塚の部下の一人が、土嚢を蹴り越えて突っ込んでくる。

 狙いは避難民側。

 六花が間に入るより、半拍だけ速く、湊が踏み込んだ。


 男の腕を掴んで引きずり込み、壁へ叩きつける。

 そのまま肘で喉元を押し込む。


「誰狙ってんだ」

 低い声だった。


 男は短く呻いて、無理にナイフを抜こうとする。

 湊はその手首を蹴り、ナイフを床へ転がした。


 鬼塚がそれを見て、口元を歪める。


「へえ」

「……」

「やるじゃねえか、坊主」


 その直後、左の通路側から悲鳴が上がった。


 生存圏の別の入口だ。

 完全包囲ではなく、二手に分けて崩しに来ている。


「ちっ」

 蓮司が舌打ちする。

「西も来てる!」


 九条が即座に叫ぶ。


「走れるやつは中央へ寄せろ! 子ども優先!」

「白峰!」

 澪が呼ぶ。

「こっち二人お願い!」

「はい!」


 花音が駆ける。

 腕を引く。

 泣きかけた子を抱える。

 言葉をかける暇も惜しい。

 でも、言わないと足が止まる。


「大丈夫じゃないけど行こう!」

 花音が叫ぶ。

「走って! 今は走って!」


 その言葉が、なぜか自分にも刺さる。

 大丈夫じゃない。

 でも行くしかない。

 それがこの世界の合言葉みたいになっているのが嫌だった。


 六花は西側の崩れかけた土嚢ラインへ滑り込む。

 そこでは九条の部下が一人、肩を撃たれて倒れていた。

 男二人がそこを抜こうとしている。


「下がって」

 六花が言う。


 返事を待たずに動く。

 一人目の足を払う。

 二人目が拳銃を上げるより早く、警棒の先で手首を打つ。

 銃が落ちる。

 そのまま顎へ一撃。

 沈む。


 倒れた男の口から、聞きたくない言葉が漏れた。


「女、奥だろ……!」


 六花の動きが、一瞬だけ止まるように見えて、実際は逆だった。

 次の一撃が明らかに重くなった。


「二度と喋るな」


 その声は低すぎて、花音のところまでは届かなかった。

 でも、近くにいた蓮司だけははっきり聞いた。


「六花!」

 蓮司が叫ぶ。

「前見ろ!」


 六花はすぐに切り替える。

 感情で追いすぎれば、穴が開く。

 今は守る方が先だ。


 鬼塚はまだ前線の後ろで笑っている。

 自分では突っ込まず、欲しいものだけ選ぶ位置から見ている。


 それが、湊にはたまらなく腹立たしかった。


 正面の土嚢を越えて、湊は一歩前へ出る。


「如月!」

 九条の声。

「出すぎるな!」


 分かっている。

 でも鬼塚を前にして、このまま守るだけで終わるのは嫌だった。


 鬼塚が目を細める。


「どうした。来るか?」

「行ってもいい?」

 六花が横で言う。

「今はだめ」

 湊が返す。

「了解」


 その短いやり取りだけで、二人の意識が揃う。

 今は崩すより持たせる。

 鬼塚を仕留めるなら、この乱戦の中ではない。


 その時、奥から澪の声が飛んだ。


「足りません!」

 九条が振り返る。

「何が!」

「人が!」

 澪が叫ぶ。

「避難区画の人数が合わない!」


 空気が一段冷える。


 湊が反射で振り向く。

 花音も息を止める。

 心晴が目を見開く。


 澪が顔色を変えたまま続けた。


「若い女の子が二人、子どもが一人、見当たりません!」


 鬼塚がその瞬間、愉快そうに笑った。


「ほらな」

 その声がやけにはっきり届く。

「言っただろ?」


 花音の背中がぞくりと冷える。


 もうやった。

 この襲撃の混乱の中で、もう狙って連れていった。


「っ……!」

 花音は何か言おうとして、喉が詰まる。


 湊の中で、怒りがやっと形になる。


 こいつらは脅しじゃない。

 奪う。

 そしてまた来る。

 放っておけば、次も同じことをする。


 鬼塚が手を上げる。

 撤退の合図だ。


「今日はここまでだ」

 鬼塚は笑ったまま言う。

「次はもっと持ってく」


「待て!」

 湊が踏み込もうとした瞬間、六花が腕を掴んだ。


「今じゃない」

「分かってる」

「分かってない顔してる」

「……っ」

「今追うと、後ろが死ぬ」

 六花の声は低く、鋭かった。

「見る方先」


 湊は奥歯を噛みしめた。

 分かっている。

 分かっているから余計に腹が立つ。


 鬼塚たちは、奪うものだけ奪ってコンテナの影へ消えていく。

 残ったのは焦げ跡、血のにおい、怯えた人間の呼吸、それから、取り返せなかったという最悪の事実だった。


 生存圏に、ようやく静けさが戻り始める。

 でもその静けさは、朝のそれよりずっと重い。


 花音は震える手を押さえながら、澪の方へ歩いた。


「……ほんとに」

 声がうまく出ない。

「いないの?」


 澪は頷く。

 その目は静かだった。

 静かすぎるくらいに。


「確認した」

「……」

「いない」


 花音は目を閉じそうになって、やめた。

 閉じたら、鬼塚の顔だけが残りそうだった。


 心晴が横に立つ。

 顔色はまた悪くなっている。

 でも声は静かだった。


「連れていかれた」

「うん」

 花音が答える。

「たぶん」

「たぶんじゃない」

 心晴が言う。

「そういうやつだった」


 その一言が、花音にはひどく重かった。


 鬼塚は次も来る。

 そして、その先にまだ別の地獄がある。


 六花は外縁の壊れた土嚢を見たまま、低く言う。


「終わってない」

「知ってる」

 湊が返した。


 その返答の声だけで、花音は分かった。


 湊の中で、もう何かが決まっている。

 まだ言葉にはなっていない。

 でも、もう“逃げるだけ”で終わる顔じゃない。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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