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LAST EXIT ACADEMIA  作者: きなこもち
第4章 『漂着する街』

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値踏み



 物資回収班の編成は、驚くほどあっさり決まった。


 というより、選べるほど人手がないのだと花音にも分かった。


 簡易地図が広げられたのは、コンテナを二つつないだだけの小さな作戦区画だった。

 机代わりの木箱。

 バッテリー式のランタン。

 その薄い光の中で、九条朔也が倉庫街の配置を指でなぞっていく。


「ここ」

 九条が言う。

「東側の保管ライン。港湾流通用の食料と飲料水が一部まだ残ってる可能性がある」

「“可能性”」

 花音が繰り返す。

「言い方がすでに嫌なんだけど」

「確実じゃないからだ」

 九条は即答した。

「確実な倉庫は先に狙われる」

「つまり、まだ残ってるかもしれないところに行くってこと」

「そう」


 あまりにもそのままの答えで、花音は口を閉じた。


 地図の横では蓮司が腕を組んでいる。

 六花は立ったままルートを見ていて、湊は壁に寄りかかるようにしながら、でもちゃんと全体を見ていた。

 心晴は少し後ろで端末を見ている。

 疲れは消えていない。

 ただ、無理にでも起きているというより、必要だから立っている顔だった。


「人員は最小」

 九条が続ける。

「蓮司、火澄、如月」

「私も?」

 花音が思わず口を挟む。

「おまえは来るだろ」

 湊が言った。

「え」

「来ない選択あるか?」

「いや、ないけど……そういう言い方されるとちょっと悔しい」

「じゃあ来い」

「雑!」


 九条が花音を見る。


「白峰が来る理由は二つある」

「え、ちゃんとあるんだ」

「失礼だな」

「すみません」

「一つ。現場に慣れてる」

「慣れたくて慣れたんじゃないんだけど」

「分かってる」

 九条は言う。

「もう一つ。少人数で動く以上、戦闘要員以外の手も必要だ」

「手」

「運ぶ、見る、判断する、人を落ち着かせる」

 九条の視線はまっすぐだった。

「白峰はその全部ができる」

「……」

「嫌なら置いていく」

「行きます」

 花音は即答した。


 その反応に、六花の口元がほんの少しだけ動く。

 蓮司は何も言わずに鼻で息を吐いた。

 湊は当然だろ、みたいな顔をしている。

 それが少しだけ腹立たしい。


「心晴さんは残る」

 澪が静かに言った。

「少なくとも今は」

「いや」

 心晴がすぐ返す。

「行く」

「顔色」

 澪が言う。

「言われすぎて逆に効かなくなってきた」

 心晴が小さく言う。

「その返し方、だいぶ余裕ない証拠ですよ」

 花音がすかさず言った。


 蓮司が地図の一点を指で叩く。


「今回は接触優先じゃねえ。回収して戻る」

「分かってる」

 心晴が言う。

「でも、もし電源系が残ってるなら私の方が」

「だとしても今回はだめ」

 六花が切った。

「足手まとい?」

 心晴が聞く。

「そうじゃない」

 六花は短く言う。

「倒れそう」

「……傷つく」

「事実」

「それで全部済ませないで」

「済む時は済む」

「火澄」

 澪が少しだけ低く呼ぶ。

「言い方」

「でも内容は合ってる」

 六花が返す。


 九条が一度だけ目を閉じ、それから言った。


「天城は残ってくれ」

「……」

「今ここで削れると困る」

「それ、便利な駒みたいな言い方」

 花音が小さく言う。


 九条は少しだけ黙って、それから心晴を見た。


「人として言うなら、今は休んでくれ」

「……」

「責任者として言うなら、今倒れられる方が困る」

「どっちも正直ですね」

 心晴が静かに返す。

「そういう方がいいと思ってる」

「知ってる」

 心晴は言った。

「だから、ちょっとだけ腹が立つ」


 その返答に、九条の口元がわずかに動いた。

 たぶん笑ったのだ。

 ほんの少しだけ。


「じゃあ、腹を立てたまま休め」

「理不尽」

 花音が言う。

「今さら」

 湊が返す。

「それ便利すぎるんだって!」


 結局、回収班は

 湊、花音、六花、蓮司、あと九条側の若い男二人で行くことになった。

 真琴と奏恵は生存圏側で待機。

 心晴も診療区画に残る。

 納得はしていない顔だったけれど、無茶に食い下がるほどの体力も残っていないのが分かった。


 出発前、花音は心晴のところへ寄った。


「すぐ戻る」

「うん」

「ほんとに」

「うん」

「なんか反応薄くない?」

「今、眠い」

 心晴が小さく言う。

「だよね……」

「でも、気をつけて」

「そっちこそ」

「私はここ」

「ここも安全じゃないって、澪さんが言ってた」

「……それはそう」


 花音は少しだけ眉を寄せた。


 学園都市を出たのに、誰に向かっても「気をつけて」しか言えない。

 そういう世界なんだと、また変な実感が増える。


「花音」

 心晴が呼ぶ。

「なに」

「変だと思ったらすぐ逃げて」

「え」

「何でもかんでも立ち向かわなくていい」

「……それ、心晴ちゃんが言う?」

「言う」

「ちょっと成長した感ある」

「うるさい」

「はいはい」

 花音は少しだけ笑う。

「でも、ありがと」


 外へ出ると、朝の光がようやくコンテナの縁を白くしていた。

 空は曇っている。

 そのせいで、港全体が色を失ったみたいに見える。


 六花が先頭に立つ。

 蓮司がその横。

 湊と花音が中。

 九条の部下二人が後ろ。


「歩幅合わせろ」

 蓮司が低く言う。

「音立てるな」

「それ、今言われると緊張するんだけど」

 花音が小声で返す。

「最初から緊張しとけ」

「してるよ!」


 コンテナの列を抜ける。

 途中で、昨日見た倉庫の前を通った。

 シャッターのこじ開け跡が、朝の光ではっきり見える。

 夜よりいやだった。

 見えすぎるから。


 九条の部下の一人が、小さく舌打ちする。


「また増えてる」

「何が」

 花音が聞くと、その男は倉庫の裏を顎で示した。


 血の跡だった。

 昨日はなかった場所に、新しい赤黒い線が引かれている。

 何かを引きずったような痕。


「……」

 花音は思わず口を閉じる。


 蓮司が低く言った。


「昨日の夜、ここも通ったな」

「たぶん」

 六花が答える。

「数は多くない」

「でも動いてる」

「うん」


 湊の中で、嫌な予感がじわじわ形を取っていく。

 略奪。

 移動。

 補給。

 ただの暴走集団なら、もっと散らかる。

 でもこれは違う。

 嫌な意味で手慣れている。


 さらに奥へ進いた時だった。


 最初に聞こえたのは笑い声だった。


 がらがらした、喉に何か引っかかったみたいな笑い方。

 人の笑い声なのに、聞いた瞬間に空気が汚れる。


 花音の足が止まりかける。


「……やだ」

「知ってる」

 六花が言う。

「聞くだけで分かるの、逆に最悪なんだけど」


 前方の倉庫通路に、男たちがいた。


 三人。

 いや、奥にあと二人。

 武装。

 防弾ベスト。

 ショットガン。

 棒状の武器。

 まともな避難民じゃない。


 その奥から、さらにひとつ大きな影がゆっくり出てきた。


 でかい。


 肩も腕も厚い。

 顔には古傷。

 汚れた迷彩服の上から、いくつかのアクセサリーが嫌味みたいに光っている。

 下品だ。

 でも、一番嫌なのは見た目じゃない。


 目だった。


 その男の目が、まず蓮司と六花を見た。

 次に湊。

 そして花音と、その横の空いた位置を見たあと、少しだけ眉を上げる。


「へえ」

 男が言った。

「今日は当たりか」


 その声だけで分かった。

 この人はだめだ。

 花音は瞬時にそう思った。


 蓮司が低く吐き捨てる。


「鬼塚」

「よお」

 男は笑った。

「相変わらず嫌そうな顔すんなよ、篠崎」

「おまえ見ると吐き気がするだけだ」

「ひでえな」


 鬼塚。


 名前がついた瞬間、ただの嫌な男から、この辺りの現実そのものみたいな重みが出る。


「物資回収か?」

 鬼塚が言う。

「俺らに挨拶もなしに?」

「する義理がない」

 九条の部下の一人が言い返した瞬間、鬼塚の横の男が銃を少し上げた。


 六花が一歩前へ出る。

 湊も半歩ずれる。

 花音の背中に汗がにじむ。


 鬼塚はその緊張を、楽しむみたいに笑った。


「いやいや、今日はそういう話じゃねえよ」

 言いながら、その目がまたこちらを見る。

「食いもんも大事だけどさ」

 花音の方へ。

「最近は、別の資源も足りなくて困ってんだよな」


 その視線が、肌の上を這うみたいで、本能的にぞっとした。


 花音は思わず一歩下がる。

 湊の肩が少し前に出る。


 鬼塚は笑ったまま、今度は六花を見る。


「そっちもいいな」

「失せろ」

 六花が言う。


 声は低い。

 もう半分、本気で殺しに行く声だった。


「おっかねえ」

 鬼塚はまるで気にしていない。

「でも、そういうの嫌いじゃねえよ」

「私は大嫌い」

 花音が言った。


 一瞬だけ、自分で自分に驚く。

 でも言ってしまったものは戻らない。


 鬼塚の目が花音へ向く。


「口も回る」

「近づかないでください」

「言い方きついなあ」

「きつくないと通じなさそうなんで」

「いいねえ」

 鬼塚は歯を見せて笑った。

「そういう元気なの、部下に見せると喜ぶんだよ」


 花音の胃の奥がひっくり返りそうになる。


 心晴がいない。

 ここにいるのは自分と六花だけ。

 なのに“見せる”とか“喜ぶ”とか、その言葉の気持ち悪さだけは十分すぎるほど伝わる。


 湊が静かに言った。


「黙れ」


 大きな声ではなかった。

 でも、それで周囲の空気が少しだけ変わる。


 鬼塚は初めて湊をちゃんと見る。


「坊主、おまえ一人で守れると思ってんのか」

「思ってない」

 湊が返す。

「じゃあ諦めろよ」

「諦める気もない」

「へえ」

 鬼塚の目が細くなる。

「そういう顔、嫌いじゃねえよ。折る時楽しいからな」


 その瞬間、湊の中で何かが静かに切れた。


 こいつは怪物じゃない。

 人間だ。

 考えて、選んで、こういう目をしている。


 それが、一番腹立たしい。


「湊」

 六花が低く呼ぶ。


 止める声だった。

 今ここで踏み込めば全面戦闘になる。

 この人数と位置では分が悪い。

 分かっている。

 分かっているから余計に苛立つ。


 蓮司が半歩前へ出た。


「鬼塚」

「何だ」

「今日は回収だ。殺し合いに来たわけじゃねえ」

「俺もだよ」

 鬼塚が肩をすくめる。

「でも、せっかく良いの見つけたのに、そのまま帰すのもったいねえだろ」


 花音は奥歯を噛みしめた。

 怖い。

 気持ち悪い。

 悔しい。


 どうしてそんな目で見られなきゃいけないのか。

 どうして、ここへ来てもまだ“女”ってだけで勝手に値踏みされなきゃいけないのか。


 六花が一歩だけ踏み出す。

 目が冷えている。


「今すぐ死ぬ?」

「おまえほんとに物騒だな」

 鬼塚が笑う。

「そっちにだけは言われたくない」

 六花の声は平坦だった。

「二度と見たくない顔してる」


 鬼塚は少しの間、六花を見て、それから視線を戻した。


「今日は引いとく」

 そう言いながらも、まったく引く気のない顔だった。

「でも、次は連れてく」

 指が花音と六花の間を雑になぞる。

「そっちは静かそうだな」

 今度はそこにいない心晴まで勝手に想定しているような言い方だった。

「三人いりゃ、しばらく部下も黙る」


 花音の背筋に冷たいものが走る。

 六花の殺気が一段深くなる。

 湊はもう、次に会ったら殴ることしか考えていなかった。


「行くぞ」

 蓮司が低く言う。

「今は動くな」


 六花が鬼塚を睨んだまま後ろへ下がる。

 湊もそれ以上は踏み出さない。

 花音の足だけが少し遅れそうになって、湊が手首を軽く引いた。


「前見ろ」

「……うん」


 鬼塚たちの笑い声が、背中側でまだ続いている。


 悔しい。

 怖い。

 気持ち悪い。


 それがぐちゃぐちゃに混ざって、花音はしばらく何も言えなかった。


 倉庫地帯を抜けて、生存圏の方へ戻り始めたところで、やっと六花が吐き捨てるように言った。


「最悪」

「うん」

 花音が答える。

「ほんとに最悪」


 湊はまだ黙っていた。

 黙っていたけれど、その目がさっきまでよりずっと冷えているのを、花音は横顔だけで分かった。


 あの男は、もう“嫌な相手”で終わらない。

 次がある。

 絶対にある。


 その予感だけが、朝の曇った空より重く、全員の上に残っていた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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