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LAST EXIT ACADEMIA  作者: きなこもち
第4章 『漂着する街』

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境界線の向こう



「止まれ!」


 怒鳴り声は、今度ははっきり真正面から飛んできた。


 コンテナの隙間を抜けた先。

 そこには、崩れたパレットと鉄柵と土嚢を無理やり積み上げて作った、即席の防衛線があった。

 継ぎはぎだ。

 見た目は頼りない。

 でも、ここを作った人間が本気で生き延びる気なのはすぐ分かる。


 銃口が三つ。

 いや、四つ。

 影に一つ隠れている。


 六花がその場で重心を落とす。

 湊は反射で心晴と花音の少し前へ出た。

 真琴と奏恵も足を止める。


「それ以上来るな!」

 もう一度、別の男が叫ぶ。


 花音は息を詰めた。


 怪物と違って、人間に銃を向けられるのは別の意味で怖い。

 相手は言葉が通じるかもしれない。

 でも、通じないかもしれない。

 その中途半端さが一番嫌だった。


「……やだ」

 花音が小さく言う。

「今それ言う?」

 心晴が小声で返す。

「今だから言うの!」


 湊はゆっくり両手を上げた。


「撃つ気なら、もう撃ってるだろ」

「撃たない理由があると思うな」

 正面の男が返す。

「武器を捨てろ」

「全部?」

「全部だ!」


 六花がわずかに目を細める。

 そのやり取りだけで、相手が完全な訓練兵ではないと分かる。

 銃の構えは悪くない。

 でも声に余裕が足りない。

 こっちを怖がっている側でもある。


「どうする」

 心晴が小さく言う。

「まだ何もするな」

 湊が答えた。

「今のとこ一番やばいのは、変に動くこと」


 花音は口を閉じる。

 分かっている。

 分かってるけど、怖いものは怖い。


 その時、防衛線の後ろで人が動いた。


 どな声ではない。

 駆け寄る音でもない。

 ただ、そこにいた何人かが少しだけ道を開ける。


 その空気の変化だけで、中心が来るのだと分かった。


 コンテナの影から出てきた男を見て、花音は一瞬だけ言葉を失う。


 若い。


 思っていたより、ずっと若い。

 二十代半ばくらいだろうか。

 黒髪は乱れているのに、服だけは最低限きちんとしている。

 隈がある。

 疲れている顔だ。

 でも、疲れているからこそ無理やり立っている人の顔だった。


 その男は銃を持っていない。

 なのに、持っている連中より先に“決める位置”へ立った。


「撃つな」

 静かな声で言う。

「まだ決まってない」


 それだけで、周囲の銃口の圧がほんの少しだけ下がる。


 花音はその変化に、逆にぞっとした。

 この人が止めたから止まった。

 つまり、この場で責任を持って決める人間がちゃんといる。


「名前は」

 男が言った。


 湊は相手を見る。

 目つきは冷たい。

 でも、いやらしくはない。

 必要なものだけを見る目だ。


「如月湊」

「全員のだ」

 男は短く返した。

「そっちだけ名乗っても意味がない」


 花音は少しだけむっとしたが、同時に、この人は安っぽく安心させてくるタイプじゃないと分かった。


「白峰花音」

「天城心晴」

「火澄六花」

「一ノ瀬真琴」

「霧島奏恵」


 順に名乗る。


 男はわずかに頷いた。


「九条朔也」

 自分の名前を告げてから、後ろにいる連中へ目だけで合図した。

「ここをまとめてる」


 まとめてる。

 代表とか責任者とか、もっと飾った言い方もあるはずなのに、それを使わないところが妙に現実的だった。


 九条は視線を順番に動かしていく。


 湊。

 六花。

 心晴。

 花音。

 真琴。

 奏恵。


 心晴のところで、ほんの一瞬だけ目が止まった気がした。

 でもそれを口にはしない。


「質問は三つだけする」

 九条が言う。

「答え方次第で通すか決める」

「ずいぶん少ないな」

 湊が返す。

「減らす?」

「いや、そのままでいい」

「そう」


 九条の口元がほんの少しだけ動いた。

 笑ったというほどじゃない。

 でも、その一瞬だけ、この人が完全な機械じゃないと分かった。


「一つ」

 九条が言う。

「どこから来た」

「海の方」

 花音が思わず答えた。


 九条の視線が花音へ向く。


「見れば分かる」

「そうですよね!」

「でも、俺が聞いてるのはそれじゃない」

「……」

「どの区域から流れてきた。避難船か、沿岸封鎖線か、それとも別か」


 湊が口を開く。


「海上施設」

「海上施設?」

 後ろの男の一人が怪訝そうに言う。

「この辺にそんなもん」

「ある」

 真琴が静かに言った。

「あなたたちが知らなくても」


 九条は表情を変えない。

 だが、その無表情の内側で情報を組み直している感じがあった。


「二つ目」

 九条が続ける。

「追われてるか」

「可能性は高い」

 湊が答える。

「何に」

「人間にも、怪物にも」

 湊は言った。

「便利な世界だな」

 後ろの男が吐き捨てる。

「笑えないけど」

 花音が小さく返す。


 九条はそこでもまだ顔色を変えない。


「最後」

 言う。

「ここに何を求めて来た」


 その問いに、花音は少しだけ詰まる。


 何を求めた。

 安全。

 食料。

 水。

 寝る場所。

 助け。


 でも、そう言っていい空気じゃないのも分かる。

 ここは、そんなものを軽く配れる場所じゃない。


「情報と、休める場所」

 湊が答えた。

「あと、水」

「正直だな」

 九条が言う。

「きれいごと並べる余裕ないだろ」

「それもそうか」


 そこで初めて、九条は少しだけ長く息を吐いた。

 疲れている人の息だった。


 後ろから別の足音が近づく。


 花音はそっちを見て、反射でまた少しだけ湊の後ろに寄った。


 でかい。


 防衛線の影から出てきた男は、立っているだけで通路を狭く見せた。

 肩が広い。

 腕も太い。

 短髪。

 目つきが鋭い。

 正直かなり怖い。


「……怖い」

 花音が小さく言ってしまう。


「聞こえてる」

 低い声が返ってきた。


「すみません!」

 花音が反射で謝る。

「謝るなら声量落とせ」

「それもそうなんですけど!」


 六花がその男を見る。

 視線が少しだけ変わる。


「現場」

 ぼそっと言った。

「何」

 花音が聞く。

「この人、現場寄り」

「どこで分かるの」

「立ち方」

「分かんないよ!」


 男は六花を見た。


「おまえ、保安か」

「元、に近い」

 六花が答える。

「やっぱり」

「そっちも警備系?」

「元な」

「じゃあ話早い」

「そうでもない」

 男は言う。

「俺は細くて速いの、苦手だ」

「褒めてる?」

「半分」

「ならいい」

「よくないでしょ」

 花音が小さく言う。

「何この会話、急に分かり合ってる感じ出すの」


 九条がそのやり取りを一度だけ見て、それから決めたように言った。


「通す」

 後ろの男たちが少しざわつく。

「朔也」

「条件付きだ」

 九条は続ける。

「武器は預けなくていい。ただし、抜くなら最初に俺たちを撃つ覚悟で抜け」

「物騒」

 花音が言う。

「ここはそういう場所だ」

 九条が返した。

「あと、勝手に動くな。外縁も中も、見た目より余裕がない」

「安全じゃないってこと?」

 心晴が初めて聞く。

「中に入ったからって守られると思うな」

 九条は心晴を見たまま言う。

「生き延びる確率が少し上がるだけだ」


 その言い方は冷たい。

 でも、優しい嘘よりましだった。


 防衛線の一部が開く。

 鉄柵をずらし、コンテナの隙間を通れるようにする。


 でかい男がそこでようやく名乗った。


「篠崎蓮司」

 低い声。

「ここの武装担当みたいなもんだ」

「“みたいなもん”で済ませていい役職じゃなくない?」

 花音が言う。

「済まなくてもやるしかねえ」

 蓮司が返す。

「うわ、現実」


 九条はもう一度だけ、湊たち全員を見た。


「歓迎はしない」

 言う。

「でも、敵にもまだしない」


 その言葉でようやく、花音は少しだけ息を吐いた。


 助かった、ではない。

 でも、今この瞬間だけは撃たれない。


 それだけで十分だった。


「入れ」

 九条が言う。


 防衛線の向こうへ足を踏み入れる。


 その瞬間、花音は気づいた。


 ここには人がいる。

 ちゃんと人がいる。

 でも、その空気は“助かった人たちの場所”じゃない。


 追い詰められたまま、なんとか崩れずに残っている人たちの場所だ。


 その重さが、開いた鉄柵の向こう側から、もうはっきり伝わってきていた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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