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LAST EXIT ACADEMIA  作者: きなこもち
第3章 『その先の世界』

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手を離さない


 港湾区の緊急艇発進ラインは、想像していたよりずっと小さかった。


 もっと大きな格納庫みたいなものを、花音は勝手に思い浮かべていた。

 でも実際にあったのは、海へせり出した細い発進デッキと、その先端に固定された白い艇だけだった。


 流線形の船体。

 二人掛けどころではないが、四人で乗れば余裕もない。

 武装も装飾もなく、ただ“緊急脱出”だけのために作られた顔をしている。


 その周囲に、最低限の操作卓と手動開放レバー。

 上部には非常灯。

 そして後ろには、今まさにこちらへ近づいてくる破壊音。


「ちっちゃ……」

 花音が思わず言う。

「いや助かるなら文句ないんだけど、最後の出口ってもっとこう……」

「かっこいい感じ?」

 真琴が息を切らしながら言う。

「そう、それ」

「現実に期待しすぎ」

「知ってる!」


 六花はそのやり取りを聞き流しながら、発進デッキ全体を一目で確認した。


 右側に制御卓。

 左側に緊急用燃料ライン。

 後方から来る通路は一本。

 防衛するなら狭くて悪くない。

 だが、《アーク》相手に“悪くない”は何の慰めにもならない。


 玲司の示した手動開放ラインは本当に生きていた。

 制御卓の下部に、緊急用の補助パネルがまだ点灯している。


「心晴」

 湊が言う。

「いけるか」

「やる」

 心晴は即答した。


 その声に迷いはなかった。

 疲れてはいる。

 顔色も悪い。

 でももう、“できるかどうか”で止まる顔ではない。


 心晴は制御卓へ走る。

 花音もその隣へ滑り込んだ。


「何すればいい?」

「え」

「いや、私も立ってるだけより何かした方が落ち着く」

「じゃあ、この補助ライン見て」

 心晴が端末の一角を指す。

「認証が通ったあと、こっちの起動キーを押す」

「分かった」

「分かる?」

「分からないけど今は分かるって言う」

「それはちょっとだめ」

「だよね!」


 その会話に、湊はほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 花音が心晴の隣にいると、心晴は必要以上に一人で抱え込まない。

 それだけでも意味がある。


 真琴と奏恵は後方の補助ラインへ移り、使える遮蔽物をデッキ脇へ寄せ始めた。

 真琴が低く言う。


「発進までどれくらい」

「最短でも一分半」

 心晴が答える。

「長いな」

 六花が言う。

「充分すぎるくらい」


 その瞬間、後方通路から金属のねじれる音が響いた。

 《アーク》の重量だ。

 まだ姿は見えない。

 だが近い。


 さらに、回収部隊の無線音も混じる。


「先に来るの、どっち」

 花音が小さく言う。

「聞きたくない方」

 湊が答えた。


 六花は発進デッキ後方、唯一の侵入路の中央へ立った。

 警棒を握り直す。

 狭い場所なら相手の数を殺せる。

 それでも、《アーク》まで含めると時間稼ぎにしかならない。


「六花ちゃん」


 花音が呼ぶ。


 六花は振り返らないまま「何」と返した。


「戻ってきて」

 花音が言った。


 短い言葉だった。

 でも六花には、その軽さのなさがすぐ分かった。


「……」

「そういう顔してる」

 花音は続ける。

「“ここは私が残る”って言いそうな顔」

「言ってない」

「まだ言ってないだけでしょ」

「白峰」

「やだ」

 花音は制御卓から目を離さずに言う。

「先に言っとく。やだ」

「今それ言ってどうするの」

「言っとくの大事だから」


 六花は小さく息を吐いた。


 ほんとうに、この子はこういう時にだけ妙に勘がいい。


「戻るよ」

 六花は言った。

「できるだけ」

「できるだけ禁止」

「わがまま」

「知ってる」

「今のは褒めてない」

「でも嫌いじゃないでしょ」

 花音が言う。


 その返しに、六花は答えなかった。

 でも、それで十分だった。


 湊はそのやり取りを聞きながら、発進デッキ後方の配置を見ていた。

 六花一人では持たない。

 最初からそのつもりはない。


「俺も後ろ入る」

 湊が言う。


 六花が横目だけ寄越す。


「却下」

「却下じゃない」

「心晴の前立つ役でしょ」

「それは分かってる」

「なら」

「だから時間で切る」

 湊が言う。

「前半はおまえ、近づいたら俺も下がらない」

「雑な作戦」

「いつものだろ」

「否定できない」

 六花がぼそっと言う。


 その時、制御卓の画面に青い認証ラインが走った。


『AMAGI_KOHARU / 港湾緊急艇ライン認証』


 心晴が息を詰める。


「通った」

「よし!」

 花音が思わず声を上げる。

「次、どれ!?」

「右下の起動キー!」

「これ!?」

「そう!」


 花音が言われた通りに叩く。

 白い艇の下部で、低い起動音が鳴った。

 内部電源が順に立ち上がる。


 だが同時に、後方通路の奥で黒い影が現れた。


 回収部隊。

 先頭は沙耶。


「対象、停止」

 いつもと同じ平坦な声。


「しつこい!」

 花音が叫ぶ。

「こっちだって忙しいの!」


 沙耶は答えない。

 その無表情な感じが、今は逆にありがたかった。

 会話している暇がないと分かるからだ。


 六花が前へ出る。


「来るよ」

「知ってる」

 湊も前へ出る。

「早めに戻れ」

「そっちも」


 沙耶の部隊がデッキへ雪崩れ込む前に、六花が先に間合いを潰した。

 警棒の一撃で先頭の腕を払う。

 湊が横から入り、もう一人の進路を切る。

 狭いデッキでは隊列の利が薄い。

 そのための前衛二枚だった。


「認証シーケンス、あと何秒!」

 湊が後ろに向かって叫ぶ。

「五十!」

 心晴が返す。

「長い!」

 花音が言う。

「私もそう思ってる!」


 その会話の上を、突然もっと重い振動が通った。


 《アーク》だ。


 後方通路の壁が、回収部隊ごとまとめて揺れる。

 沙耶がわずかに視線を動かした。

 たぶん彼女にとっても、あれは“処理対象”ではなく“災害”の側なのだろう。


「……っ」

 真琴が息を呑む。


 次の瞬間、通路の奥の壁面が内側から破裂したように吹き飛ぶ。

 白い破片と金属片の向こうから、《アーク》の巨体が現れた。


 港湾区の狭い補助ラインには明らかに大きすぎる。

 それでも押し通ってくる。

 肉と骨と、無理やり増殖した何かでできた腕が、通路枠そのものをへし折った。


「うわ、来た来た来た!」

 花音が半分叫ぶ。

「来なくていいのに!」

「そういう問題じゃない!」

 真琴が返す。


 回収部隊の隊列が乱れる。

 沙耶は一瞬だけ状況を切り替え、隊員へ短く命じた。


「退避。対象はあと」

「今さら判断まともだな」

 六花が吐き捨てる。


 《アーク》が一歩、デッキへ乗り出す。

 床が軋む。

 手すりが悲鳴を上げる。


 六花はすぐ下がった。

 この相手に張りついても意味がない。

 潰されるだけだ。


「湊!」

「分かってる!」


 二人は同時に後退し、制御卓側まで戻る。

 心晴の前。

 花音の横。

 自然にその形になった。


 四人が一直線ではなく、ちゃんと役割の位置へ収まる。


 花音がその配置を見て、一瞬だけ変な安心を覚える。

 終わりかけてる場面で安心するのも変だけど、今はそうだった。


 もうばらばらじゃない。


「あと二十五!」

 心晴が叫ぶ。


 《アーク》がデッキ中央へ腕を伸ばす。

 六花がそれを読んで横へ切り、湊が花音の肩を引く。

 巨大な腕が、さっきまでいた場所を叩き潰す。

 金属がひしゃげ、海へいくつかの部品が落ちた。


「ひぃっ」

 花音が情けない声を出す。

「無理、怖い!」

「知ってる!」

 湊が返す。


 その時、制御卓の横の警告灯が青へ変わった。


『発進準備完了』


 心晴が画面を叩く。


「最後の解除いく!」

「何秒!」

 六花が聞く。

「十!」

「長い!」

 また同じやり取りになる。

「分かってる!」


 《アーク》がもう一歩来る。

 沙耶の部隊は左右へ散って、巻き込まれない位置へ退いていた。

 それでも彼女の視線だけは、最後まで心晴を追っている。


 六花が低く言う。


「白峰、艇の中入る準備」

「うん!」

「心晴から離れるな」

「分かってる!」


 湊は《アーク》の動きを見た。

 次に来るのは、腕ではなく体重ごとの突進だ。


「来るぞ!」


 巨体が前へ落ちるように動く。

 六花が花音を艇側へ押し、湊が心晴の背を庇う。

 《アーク》の質量がデッキの半分を潰し、艇の固定アームがきしむ。


「解除!」

 心晴が叫ぶ。


 白い艇の固定ロックが外れる音。

 発進ラインに沿って、船体が少しだけ浮く。


「乗れ!」

 湊が言った。


 花音が先に飛び込む。

 真琴が奏恵を押し込む。

 心晴も続く。

 六花が最後に振り向くと、デッキの手すりの向こう、海風の中に玲司が残した補助ルートの灯りがまだ微かに見えた。


 一瞬だけ。


 それで十分だった。


 六花が艇へ飛び込む。

 だが湊だけがまだデッキに残っている。


「湊!」

 花音が叫ぶ。


 湊は《アーク》の腕をギリギリまで引きつけ、発進ラインの固定レバーを蹴り飛ばした。

 その衝撃で艇が完全に離脱モードへ移る。


 次の瞬間、《アーク》の腕が湊のいた場所を叩き潰す。

 湊は横へ飛び、艇の縁をつかんだ。


「っ……!」

「如月!」

 心晴が身を乗り出す。


 花音と六花が同時に腕を掴む。

 二人がかりで引き上げる。


 艇が海上へ滑り出す。

 《アーク》のもう一撃が港湾デッキを砕く。

 その破片が後方へ飛び、回収部隊のいた足場までまとめて崩れた。


 沙耶の姿が一瞬見えた。

 そのままどうなったかまでは分からない。


 白い艇は、海面を擦るように加速した。

 学園都市の外周を離れ、暗い海へ出る。


 後ろでは、港湾区の灯りと管理区の赤い警告灯が混ざって揺れている。

 学園都市はまだ壊れ続けていた。


 誰もしばらく喋れなかった。


 呼吸だけが荒い。

 花音は手すりを掴んだまま、ようやく湊の腕を離す。


「……生きてる?」

「たぶん」

 湊が答える。

「軽い!」

「今のは軽くていい」

 六花が言う。


 その直後、花音の視線がふと遠くへ動いた。


 海の向こう。

 本土側の海岸線。

 夜の街の灯りが、いくつか不自然に消えている。

 港の方には煙みたいな影。

 遠すぎてはっきり見えない。

 でも、見間違いで済ませるには嫌な感じがした。


「……ねえ」


 花音が小さく言う。


「終わってない」


 湊たちもそっちを見る。


 学園都市だけじゃない。

 外の街も、もう静かにおかしくなっている。


 ようやく外へ出たはずなのに、外の方まで壊れ始めているのが分かった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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