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LAST EXIT ACADEMIA  作者: きなこもち
第3章 『その先の世界』

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奪う



 中央制御区画へ続く通路は、管理区の中でもさらに無機質だった。


 白い壁はそのままなのに、ここから先は“人が働く場所”というより、“街そのものを操作する場所”の顔をしている。

 ガラス張りの仕切りの向こうに、無人の制御卓。

 床を走る細い光のライン。

 天井の埋め込み照明。

 全部が、感情の入る隙間を削って作られているみたいだった。


 心晴を先頭にする形で進くわけにはいかないから、前は六花、少し後ろに湊、その内側に心晴と花音、そのさらに後ろに真琴と奏恵という並びになった。


 六花が足を止めずに言う。


「あと二つ曲がる」

「分かるの?」

 花音が聞く。

「保安ルートの構造はだいたい共通」

「便利だね」

「便利じゃなかった」

 六花は短く答えた。

「今までは」


 その返し方に、花音は少しだけ口を閉じた。


 玲司の顔が、一瞬だけ全員の頭をよぎる。

 でも誰も口にはしない。

 今はまだ、あそこを振り返ると止まる気がするからだ。


 前方の分岐へ差しかかった時、天井の照明が一瞬だけ明滅した。


 六花が即座に右手を上げる。


「止まって」


 次の瞬間、通路の先の防火隔壁が、重い音もなく滑るように降りた。

 白い板が床へ噛み合い、中央制御へ向かう正面ルートをあっさり塞ぐ。


「うわ」

 花音が思わず声を漏らす。

「やな感じしかしない」


 それと同時に、頭上のスピーカーから、今度は大地ではない声が流れた。


「これ以上の進行はおすすめしません」


 女の声。

 若い。

 でも、柔らかく聞こえるように調整された抑揚の奥に、かなり強い緊張が混ざっている。


 真琴が眉を寄せた。


「……東雲」

「知ってるの?」

 花音が聞く。

「顔は何回か見たことある」

 真琴が答える。

「管理区側のオペレーター」


 スピーカーの向こうの声は続けた。


「補助ルートの封鎖は段階的に進行中です。ここで止まってください」

「断る」

 湊が即答した。


 少しの沈黙。

 それから、声はわずかに低くなる。


「ここから先は、中枢設備に近い区画です。侵入を続ければ被害が広がります」

「もう十分広がってる」

 六花が言う。

「今さら設備の心配?」

「設備の心配ではありません」

 声が返る。

「この街そのものの維持の問題です」

「維持できてる顔して言うなよ」

 花音がぼそっと言った。


 それに対して、東雲は少しだけ間を置いた。


「……白峰花音さん」

「うわ、また名前呼ばれた」

 花音が顔をしかめる。

「この街、勝手に人の名前知りすぎなんだけど」

「管理区だから」

 真琴が言う。

「言われると余計最悪」


 六花はすでに壁面の補助パネルへ移っていた。

 正面が閉じるなら横へ抜ける。

 頭の切り替えが早い。


「迂回路ある」

「どこ」

 湊が聞く。

「左のメンテライン。ただしロックかかってる」

「私がやる」

 心晴が前へ出る。


 その動きを見て、花音の顔が少しだけ変わった。

 “認証できる側”であることが心晴を追い詰めていた。

 でも今は、それを嫌がるだけじゃなく、自分から使おうとしている。


 その違いが、花音には少しだけうれしかった。


 心晴が壁面パネルに手を置く。

 青。

 ロック解除。


 だがその直後、東雲の声がもう一度入る。


「どうして、そこまでして進くんですか」

 少しだけ、抑えきれない感情が混じっていた。


 六花が小さく笑うみたいに鼻で息を吐く。


「オペレーターが会話しにくるの、だいぶ余裕ないね」

「……質問に答えてください」

 東雲が言う。

「ここまで来て、まだ何を得るつもりなんですか」


 心晴がパネルへ触れたまま、小さく答えた。


「返すため」

「何を」

「決める権利を」


 その返答のあと、スピーカーの向こうで一瞬だけ音が消えた。

 完全な沈黙。

 たぶん東雲が、返す言葉を失った。


 六花がメンテラインの扉を開く。


「いい返し」

「今そういうのやめて」

 心晴が言う。

「でも事実」

 花音がすぐ乗る。

「ちょっとだけ、かっこよかった」

「軽い」

「今はそれくらいがいいの」


 扉の向こうは細い整備通路だった。

 配線ダクトと保守用の足場がむき出しで、管理区本流の清潔さが嘘みたいに雑然としている。


 湊たちが中へ入った直後、正面ルート側の隔壁がもう一段階閉まる音がした。

 挟み込む気だ。


「急いだ方がいい」

 真琴が言う。

「東雲、今のやり方だとロックダウンで囲うつもり」

「分かる」

 湊が言う。

「で、中央制御へは」

「このメンテラインを抜ければ、裏から制御卓に出る」

 真琴が答える。

「ただし、その先は」

「その先は?」

 花音が聞く。

「もっと見られてる」

「聞きたくなかったなあ……」


 整備通路を抜けると、視界が一気に開けた。


 中央制御区画だった。


 天井が高い。

 壁一面のモニター。

 半円状に並んだコンソール群。

 中央には、ひとつだけ段の高い制御卓があり、その周囲を透明なパネルが囲っている。


 人影はない。

 けれど、無人ではない空気が濃い。

 誰かの視線ではなく、システムそのものがこちらを見ている感じがする。


「……これ、ラスボス前の部屋じゃん」

 花音が言う。

「ゲームならセーブポイント置いてあるやつ」

「置いてないな」

 湊が返す。

「現実だから」

「知ってるけど!」


 六花は周囲の出入口を確認しながら、すでに防衛位置を見ている。

 真琴は中央卓までのルートの安全を確認。

 奏恵はサブコンソールへ向かった。


 心晴だけが、中央制御卓を見て立ち止まった。


 高い位置にあるその卓は、研究区の端末とは違って、最初から“街全体を動かすための場所”だと分かる作りをしている。

 そこへ手を伸ばすことが、もう父の領域に直接触ることみたいに感じられた。


「心晴」

 湊が呼ぶ。


 振り向くと、湊は中央卓ではなく、心晴を見ていた。


「行けるか」

「……行く」

「よし」


 それだけで十分だった。


 心晴は制御卓へ上がる。

 パネルへ手を置く。

 認証が走る。


『AMAGI_KOHARU / LEVEL-B ACCESS』


 すぐにメイン画面が起動した。


 都市マップ。

 各区画の封鎖状況。

 港湾区。

 緊急艇ライン。

 エネルギー配分。

 非常用航路。


「すご……」

 花音が思わず声を漏らす。

「街の中身、丸見えなんだけど」

「丸見えにされたくなかったから、今まで隠されてた」

 真琴が言う。


 心晴は画面を食い入るように見た。

 港湾区の非常艇ライン。

 起動条件。

 認証鍵。

 発進ルート。

 外洋接続の可能性。


「これだ」

 心晴が言う。

「港湾区の緊急艇、まだ死んでない」

「使える?」

 湊が聞く。

「ラインは生きてる。でもロックが二重」

「開けられる?」

「やる」

 心晴は即答した。


 その返答と同時に、端末の別画面に赤い警告が走る。


 **回収部隊 / 管理区侵入反応**


 六花の目が一瞬で変わる。


「来た」

「早っ!」

 花音が言う。

「いやほんとにちょっと待って!」

「待ってくれないでしょ」

 六花が返す。


 さらに、別の警告が立ち上がる。

 管理区深部、封鎖保管ライン。

 そこに重いロックマークが点滅している。


 心晴はその表示を見た瞬間、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。


「……これ」

「何」

 湊が聞く。


 表示ラベルの一つに、見覚えのある単語があった。


 **ARK / 待機状態**


 真琴が息を呑む。


「まさか」

「知ってるの?」

 花音が聞く。

「知ってるっていうか、研究区のログにあった」

 真琴が言う。

「完成体候補、最終管理ライン……その、最悪のやつ」

「最悪の言い方が軽すぎない?」

「今はそのくらいで十分」


 スピーカーが鳴る。


 今度は東雲ではなかった。


 大地の声だ。


「そこまで行ったんだね」


 静かな声。

 だが、さっきまでとは違う。

 今度は距離を測っている声だ。


「中央制御へ触れた時点で、君たちはもうただの侵入者ではない」

「今さらだな」

 湊が吐き捨てる。


 大地は続ける。


「緊急艇ラインを見つけたんだろう」

「だったら何」

 花音が言う。

「今さら親切に答え合わせしてくれる感じ?」

「親切ではないよ」

 大地は言った。

「最終判断に移るだけだ」


 中央卓の下部で、深いロック解除音が鳴った。


 低い。

 重い。

 管理区全体を支える骨の一本が外れるみたいな音だった。


 心晴の指先が止まる。


「……お父さん、何したの」

「最後の防衛だ」

 大地が答える。

「君がここまで来たなら、もう見るしかない」


 東雲の声が割り込む。


「主任、それはまだ」

「東雲」

 大地が静かに言う。

「手順を」


 短い沈黙。


 それから、オペレーターとしての東雲の声が戻る。

 でも、その奥に迷いがあるのが今度は分かった。


『最終保管ライン、解放シーケンス開始』


 六花が中央制御区画の出入口を見る。


「撤退準備」

「でも緊急艇ラインが」

 心晴が言う。

「持ってける情報だけ取る」

 六花が返す。

「ここに残る方が死ぬ」

「……っ」

「心晴」

 湊が言う。

「港湾区の発進条件だけ抜け」

「分かった!」


 心晴はもう一度指を走らせる。

 港湾区緊急艇。

 外洋接続ルート。

 認証キー。

 発進シーケンス。

 最低限のデータを携行端末へ転送。


 赤い進行バーが伸びていく。


 その間にも、遠くで金属が軋む音がした。


 花音が顔を上げる。


「今の、なに」

「聞きたくなかったやつ」

 真琴が言う。


 次の瞬間、管理区のどこか遠くで、分厚い隔壁が内側から殴られたみたいな重い衝撃が響いた。


 制御卓のガラスパネルが、わずかに震える。


 六花が低く言う。


「急げ」


 赤い進行バーが、ようやく終端まで届く。


「取れた!」

 心晴が言った、その直後だった。


 管理区全体を震わせるような、二撃目の衝撃が来た。


 今度は一度きりじゃない。

 向こう側から何か巨大なものが、確実にこちらへ近づいてきている。


 大地の声が、最後に静かに告げる。


「さあ、見せてごらん。心晴」


 その瞬間、封鎖保管ラインのロック表示が、完全に消えた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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