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LAST EXIT ACADEMIA  作者: きなこもち
第2章 『選別される街』

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回収部隊



 その足音は、あまりにも整いすぎていた。


 白い廊下の向こうで、複数人が同じ速度で止まり、同じ間合いで散る。

 感染者の不規則な気配とはまるで違う。

 人間だと分かる。

 それも、訓練されている側の人間だと分かる。


 六花が低く言った。


「武装してる」


 花音が反射で聞く。


「それ、助かった感じ?」

「全然」

 六花は即答した。

「むしろ嫌」


 端末室の外で、短い無線音が鳴る。

 続いて、女の声。


「中央記録端末室、反応あり。対象識別に入ります」


 花音の顔色が変わる。


「今の、“対象”って」

「心晴ちゃん」

 六花が言う。

「たぶんじゃなく、たぶんそれ」


「たぶんばっかりなのに、そのたぶんだけやたら嫌なんだけど!」

「同感」


 湊は端末室の構造を一瞬で見回した。

 正面の出入口。

 奥に保守用らしい細いスライド扉。

 壁際の机。

 隠れるには狭い。

 籠もるには弱い。


 奏恵が低い声で言う。


「ここは長く持たない」

「知ってる」

 六花が返す。

「逃げ道は」

「搬送路に繋がる補助通路が奥にある」

「開く?」

「通常は研究権限が要る」

 その言葉のあと、全員の視線が自然と心晴へ向いた。


 心晴はもう、その意味を理解している顔だった。

 理解したくなかっただけで。


 廊下の向こうから、また声。


「中の人間へ告ぐ」


 今度はもっと近い。

 はっきり女の声だ。

 冷たく、平坦で、必要なことしか言わない音だった。


「対象を引き渡してください。不要な接触は避けたい」


 花音が眉を寄せる。


「いや、言い方が完全に無理」

「同意」

 真琴が短く言う。


 六花は扉の前から動かない。


「返事は」

「いらない」

 湊が言う。


 その一言のあと、女は数秒黙った。


「そうですか」


 感情がない。

 怒りも苛立ちもない。

 ただ手順の一つを終えたみたいな返し方。


 その瞬間、六花が机を蹴った。


 中央卓横の重い机が、床を滑って出入口の前へ寄る。

 同時に湊が花音と心晴を奥へ押した。


「下がれ」

「う、うん」

「心晴、補助通路」

「分かった」


 奏恵もすぐに動く。

 端末台の横にあった携帯ケースを掴み、必要そうなデータチップだけを抜いた。


「先生、こっち!」

 花音が呼ぶ。


 その直後、出入口のロックが外部から強く作動しかけた。

 短い電子音。

 でも完全には開かない。

 心晴の認証で開いた区画だからか、外側の優先権限だけでは突破できないらしい。


 六花が机に手をついたまま言う。


「長くは持たない」

「何秒」

 湊が聞く。

「三秒」

「短いな」

「正直でしょ」

「そういう問題じゃないって!」


 花音が叫んだ瞬間、一発目が入った。


 がん、と扉が内側へ揺れる。


 机が少しだけ押される。

 花音が肩を跳ねさせた。


「うわっ」

「心晴!」

 湊が呼ぶ。


 心晴は奥の補助扉の認証パネルへ手を伸ばしていた。

 指先が少し震えている。

 でも迷わない。


 認証。

 反応待機。

 青。


「開く!」


 二発目。

 さっきより強い。


 扉の隙間から、細い何かが差し込まれる。

 銃口にも見えるし、スタンロッドにも見える。

 どちらにしても嫌な形だった。


「伏せて!」

 六花が叫ぶ。


 次の瞬間、机の縁に何かが撃ち込まれ、火花が散った。

 音は銃声より鈍い。

 でも近くで鳴ると十分すぎるほど怖い。


 花音がしゃがみ込む。


「え、ちょっと待って、武器まであるの!?」

「回収部隊って言ったでしょ」

 真琴が言う。

「もっと早く言って!」

「私も今言った!」


 補助通路の扉が開く。

 中は細い搬送路。

 立って進むには少し低く、白い壁に沿って金属のレールが走っている。


「行け!」

 六花が言う。


 湊が花音の背を押し込み、花音がよろけながら中へ入る。

 心晴が続く。

 奏恵と真琴もすぐ後ろへ。


 湊が自分も入ろうとした時、出入口の机が大きくずれた。

 扉の向こうに黒い装備が見える。


 防護マスク。

 黒いアーマー。

 人の顔をほとんど消した装備。


 その先頭に、短い髪の女が立っていた。


 目だけが見える。

 その目にためらいがない。


「対象確認」


 さっきの声だとすぐ分かった。


 花音が搬送路の入口から顔を引きつらせる。


「もうその言い方やめてよほんとに!」


 女は花音には視線ひとつ動かさず、まっすぐ心晴だけを見る。


「対象を渡して」

「断る」

 湊が即答した。


 女は一拍だけ間を置いた。


「不要な損耗です」

「知るか」

「そうですか」


 六花が一歩前へ出る。


「退いて」

「命令です」

 女が言う。

「感情は要りません」


 六花の目が少しだけ細くなった。


「それ、そっちの都合でしょ」


 次の瞬間、両方が同時に動いた。


 女の後ろの隊員が射線を取ろうとする。

 六花は横へ切ってその腕を警棒で打ち、撃たせない。

 湊はその隙に最後尾で搬送路へ滑り込む。


 狭い通路の中を、四人と二人が這うように進む。

 息が詰まる。

 金属の匂いがする。


 花音が前を見ながら半泣きで言う。


「これ、どこに出るの!」

「搬送補助ラインだから、たぶん保守通路!」

 心晴が返す。

「たぶん禁止!」

「今さら!」


 真琴が後ろから言う。


「会話してる余裕あるだけまし!」

「ないよ!」

 花音が叫ぶ。


 後ろで、ごん、と鈍い音が響く。

 六花が搬送路の入り口近くで、まだ時間を稼いでいるのが分かる。


「六花ちゃん!」

「前見て!」

 怒鳴り返される。


 その声が聞こえたことで、花音の心臓は逆に少しだけ落ち着いた。

 まだ大丈夫だ、と勝手に思ってしまう。


 搬送路は途中で二手に分かれていた。

 右に細い点検シャフト。

 左に下り勾配のある補助レール。


「どっち」

 湊が聞く。


 心晴は案内灯を見る。

 青く小さく光る文字。


「左……中央管理補助ライン」

「根拠それだけ?」

 花音が言う。

「今ある情報それだけ!」

「分かった!」


 左へ切る。


 勾配を降りた先で、四人はようやく立てる高さの保守通路へ出た。

 白い壁ではなく、灰色の金属壁。

 配管が走り、空調の風が強い。

 さっきまでの研究区とは少し違う。

 でも安全ではない。


 全員が一度だけ大きく息を吐く。


「っ、は……」

 花音が壁に手をつく。

「ほんとに心臓が持たない……」


「まだ終わってない」

 六花の声が後ろからした。


 遅れて搬送路から出てきた六花は、肩で息をしていた。

 でも怪我はないように見える。

 花音が思わず顔を明るくする。


「六花ちゃん!」

「静かに」

「はい」


 そのすぐあと、搬送路の奥からまた足音が近づく。


 今度は一方向じゃない。

 前方からも気配があった。


「挟まれる」

 真琴が低く言う。


 その言葉の通り、通路の前方に黒い装備の人影が現れた。

 後ろから追ってきた隊員とは別の班だ。


 先頭にいた女が、通路の端で止まる。


 短髪。

 表情は薄い。

 動きが無駄なく整っている。


 さっきの女だ。


 湊は低く聞いた。


「名前は」

「聞いてどうするんですか」

 女は答える。

「呼びづらい」

「……霧原沙耶」

「律儀だな」

「対象管理に不要な雑談です」


 花音が思わずぼそっと言う。


「ほんとに会話の温度ゼロなんだけど」


 沙耶はまた、心晴だけを見る。


「対象を渡して」

「断る」

 湊が言う。

「二回目」

「何回でも言う」

「無意味です」


 六花がまた一歩前へ出る。

 さっきよりも少しだけ低い声で言った。


「退いて」

「命令です」

 沙耶が返す。

「感情は要りません」

「それ、ほんと好きだね」

 六花が言う。

「私は嫌い」


 花音はその短いやり取りを聞きながら、妙な感覚になっていた。

 六花と沙耶は少し似ている。

 動きも、言葉の少なさも。

 でも決定的に違う。

 六花はこっちに立っていて、沙耶はあっちに立っている。


 心晴が、小さく言った。


「私を渡せば」

「却下」

 六花がかぶせる。

「まだ言うな」

「でも」

「でもじゃない」

 今度は湊が言う。

「今それ口にすると、ほんとに殴るぞ」

「こわ」

 花音が反射で言ってしまう。

「いや、でも今のはちょっと分かる」


 その会話の間にも、沙耶の部隊は少しずつ間合いを詰めていた。

 無理に飛び込んでこない。

 逃げ道を潰す動きだ。


 真琴が通路脇の保守パネルを確認し、短く言う。


「横にハッチがある」

「抜けられる?」

 湊が聞く。

「人一人ずつなら」

「十分」

 六花が答える。


 沙耶がその視線の流れを読み取ったのか、わずかに銃口を上げる。


「それ以上の迂回は無意味です」


「やってみなきゃ分かんない」

 花音が言い返した。

「今のちょっとよかった」

 湊が小さく言う。

「そこは褒めるんだ」

「今のは褒めていい」


 六花が短く息を吐く。


「行くよ」


 その合図で全員が動いた。


 真琴がハッチを開け、花音を押し込む。

 心晴が続く。

 奏恵も入る。

 湊は最後に六花を見る。


「先」

「おまえが」

「六花」

「聞こえてる」


 沙耶の一歩目が速い。

 六花がそれを受ける。

 警棒と武装手袋がぶつかる鈍い音。

 体勢を崩さない。

 やっぱり動きが似ている。


「退いて」

 沙耶が言う。

「やだ」

 六花が返す。

「命令です」

「だからやだって」


 その短い応酬の間に、湊はハッチへ飛び込んだ。

 狭い点検シャフトの中を、膝と肘で進む。


 花音の息が前方で荒い。


「これ、絶対肌に悪いって……」

「今それ?」

 真琴が後ろから言う。

「分かってるけど言いたくなるの!」


 その声に、心晴が少しだけ振り向いた。

 顔はまだ白い。

 でも、完全に折れてはいない。

 少なくとも今は。


 点検シャフトの先に、薄い光が見えてきた。


 全員がそこから転がり出るように外へ抜ける。

 出た先は研究区の外周に近い保守デッキだった。

 海風が強い。

 足元の金属床が冷たい。


 花音が両膝に手をついて息を吐く。


「っは……」

「立って」

 六花が遅れて出てきながら言う。

「まだ追ってくる」

「分かってるけど休ませて!」


 そのやり取りの最中、心晴は手の中の端末を見ていた。

 そこにはさっき転送したデータ。

 父の名前。

 EVA因子。

 対象回収。


 全部が一本の線になって、自分の方へ向かって伸びている。


 そしてその顔を見て、湊は分かった。


 心晴は今、自分を切り離すことを考え始めている。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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