表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LAST EXIT ACADEMIA  作者: きなこもち
第2章 『選別される街』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/25

EVA因子



 画面の光が、心晴の指先を白く照らしていた。


 中央端末室は静かだった。

 静かすぎて、逆に誰かの呼吸が浅くなる音まで聞こえそうだった。


 心晴はメインパネルの前に立ったまま、開いたままのタブを見つめる。

 因子適応記録。

 段階移行ログ。

 投与履歴。

 どれも単語だけなら読める。

 けれど、読めることと理解したくないことは別だった。


「開けるよ」


 自分で言ったつもりだった。

 でも声は思ったより小さく、少し掠れていた。


「……うん」

 花音が答える。

「私たち、もう見ちゃってるし」


 その言い方は、慰めでも励ましでもない。

 ただ、一緒に立ってるよという感じがした。


 心晴は一度だけ息を吸って、最上段のタブを開いた。


 画面いっぱいに文字列が流れる。

 英字と日本語が混ざっていて、慣れていない人なら読む気をなくす配置だった。

 でも心晴は、嫌でも視界に入ってくる単語だけで十分だった。


 **EVA因子**

 **適応率**

 **組織侵食**

 **発症段階**

 **移行率**

 **完成体候補**


 花音が眉を寄せる。


「なんか、ひとつもいい言葉ないんだけど」

「知ってた」

 六花が言う。

「でもここまで揃うと逆に感心するね」

「してる場合じゃないよ」

「してない」


 真琴が横から別の端末を操作しながら言う。


「EVA因子自体は、もともと医療用の適応試験じゃなかったはず」

「はず?」

 湊が聞く。

「断片しか見えないから」

 真琴は少し苛立った顔で言う。

「でも少なくとも、普通の感染症研究とは扱いが違う」


「感染症じゃないの?」

 花音が聞く。


 それに答えたのは奏恵だった。


「感染だけでは説明できないの」

 声は低く、短い。

「組織変化、神経反応、筋出力の異常増幅……これは発病というより、別のものに近い」


「別のものって」

 花音が言って、すぐ顔をしかめる。

「いや、聞きたくないかも」


 心晴の指が次のログへ触れる。


 そこに表示されたのは、発症段階の一覧だった。


 **Stage 0 / 保持**

 **Stage 1 / 侵食初期**

 **Stage 2 / 行動異常**

 **Stage 3 / 自我消失**

 **Stage 4 / 変異移行**

 **Stage 5 / 完成体化候補**


 見た瞬間、胃の奥が冷える。


「……っ」


 思わず、呼吸が止まった。


 頭の中で、朝から見てきた光景が勝手につながる。

 教師。

 生徒。

 白衣のスタッフ。

 止まらない動き。

 人の顔のまま、人じゃないものへ変わっていく感じ。


「心晴ちゃん?」

 花音が顔を覗き込む。


「だいじょ……」

 言いかけたところで、心晴は首を振った。

「大丈夫じゃない」

「うん、それは見れば分かる」


 花音はそう言いながらも、無理に明るくしようとはしなかった。

 ただ、すぐ近くに立つ。


 湊は画面ではなく、心晴の顔を見ていた。


「分かるか」

「……少し」

「どのくらい」

「最悪だってことは、かなり」


 その返しに、六花が短く息を吐く。


「十分」


 真琴はもう一つのサブ画面を開いていた。

 そこには、被験体番号ごとの観察記録が並んでいる。


「見て」

 真琴が言う。

「投与後の反応だけじゃない。適応率の高い個体は、段階飛ばしてる」

「飛ばす?」

 湊が聞く。

「普通は0から順に崩れるんじゃなくて?」

「普通ならね。でもここでは“普通”が前提じゃない」


 真琴は画面を拡大する。


 そこには一つのログが表示されていた。


 **07-A / Stage 1からStage 3へ短時間移行**

 **備考: 因子適応により神経興奮値上昇**

 **投与群: B-4**


 花音がたまらず言う。


「人のこと、商品みたいに書かないでほしいんだけど」

「書いてるのは向こう」

 六花が言う。

「こっちも同感」


 そのやり取りの横で、奏恵は一歩も画面に近づいていなかった。

 ただ、少し離れた位置から見ている。

 その距離が、逆にこの人の後悔を濃くしていた。


「先生」


 心晴が呼ぶ。


 奏恵はゆっくり視線を上げる。


「これ、どこまで本当なんですか」


 答えはすぐには返ってこなかった。


 奏恵は画面を見た。

 そこに並ぶ文字を、自分の知っているものとして、でも全部を認めたくないものとして見ている顔だった。


「本当よ」

 やがて静かに言う。

「少なくとも、今あなたたちが見てるものは」

「じゃあ、ここで起きてることは」

「見た通り」


 花音が息を呑む。


「じゃあ、この街……最初から?」


「最初から全部がこうだったわけじゃない」

 奏恵が言う。

「でも、こうなる可能性を知ったまま進めていた人たちはいる」


 その言葉で、空気がまた一段冷えた。


 心晴は次のタブを開いた。

 **統括管理**

 そこにアクセスしようとした瞬間、画面に一瞬だけロック警告が走る。

 でも認証は弾かれない。


 真琴がわずかに顔をしかめた。


「ほんとに深い権限持ってるんだ」

「言い方」

 花音が小さく言う。

「今の心晴ちゃんにそれ追い打ちじゃない?」

「分かってる」

 真琴は視線を外さない。

「でも今、誤魔化しても意味ない」


 心晴の指先は冷えていた。

 それでも次の画面を開く。


 一覧。

 複数のプロジェクト名。

 試験群。

 緊急対応プロトコル。

 そして最下部の責任者欄。


 そこにあった名前を見た瞬間、心晴は指を止めた。


 止めた、というより、止まってしまった。


 **統括責任者 天城大地**


 文字はただそこにあるだけだ。

 黒い画面に白い文字で。

 なのに、それだけで視界の中の音が全部遠くなったみたいに感じる。


「……ちがう」


 口から、勝手に声が漏れた。


 湊が少しだけ前へ出る。

 花音は画面と心晴の顔を交互に見る。

 六花は何も言わない。

 真琴も。

 奏恵だけが、ゆっくりと目を閉じかけてやめた。


「違う……こんなの」


 心晴は画面を見たまま、うまく息ができなくなる。


 頭の中で、幼い頃の白い廊下が戻ってくる。

 見なくていい。

 少しだけ。

 大丈夫だよ。


 全部、何ひとつ大丈夫じゃなかったのに。


「父が……」


 続きが出ない。


 湊の声が、横から入る。


「見えてる」

「……」

「今は、それでいい」

「よくない」

 心晴はやっとのことで言い返す。

「よくない、全然……」

「知ってる」

 湊は言う。

「でも今ここで止まる方が困る」

「……っ」

「あとで崩れろ」

「言い方」


 その返しができたことで、自分でも少しだけ息が戻ったのが分かった。

 ちゃんと雑だ。

 でも、その雑さに引き戻される。


 花音が小さく言う。


「心晴ちゃん」

「……なに」

「今は、まだ立ってて」

「……」

「倒れるなら、あとで一緒に倒れてあげるから」

「それ、全然励ましになってない」

「でも一人じゃないって意味」

「……知ってる」


 その会話の端で、六花が別の画面を見ていた。


「抑制剤ログがある」

「え」

 花音が振り返る。

「そんな都合のいいのある?」

「都合はよくない」

 六花が言う。

「“試作”。“未完成”。“適応者限定”」

「ぜんぜんよくないじゃん」

「だからそう言ってる」


 真琴がすぐ横へ寄る。


「出せる?」

「一部だけ」

 六花が言う。

「心晴」

「……うん」


 心晴は指示されたファイルを開く。

 抑制剤試作番号。

 投与条件。

 副作用。

 成功率不明。

 ろくでもない文字列ばかりだ。

 でも持ち出さない理由はなかった。


「これ、外部端末にコピーできる」

 真琴が言う。

「その代わり、アクセスログが残る」

「今さらだろ」

 湊が言う。

「それもそう」


 心晴が研究区のサブ端末へデータ転送を始める。

 細い進行バーがゆっくり伸びていく。

 その時間が妙に長い。


 奏恵が初めて中央卓へ近づいた。


「その下の緊急プロトコルも見て」

「何で」

 湊が聞く。


 奏恵はほんの一瞬だけ迷ってから言う。


「知った人間をどう扱うか、書いてあるから」


 心晴が画面をスクロールする。

 緊急時対応。

 区画封鎖。

 因子流出時。

 対象回収優先。

 不要接触者処理。


 花音の肩がびくりと揺れる。


「不要って……」

「私たちのこと」

 六花が先に答えた。

「知ると、そうなる」


「そんなの」

 花音は言葉を失う。

「そんなの、もう街じゃないじゃん」


 その瞬間、端末室の上部スピーカーが鳴った。


 全員の動きが止まる。


 低い起動音。

 無機質な女の声。


『当区画はこれより回収対象に指定されました』


 花音がはっきりと息を呑む。


 六花が即座に出入口を見る。

 湊も体を半歩ずらした。


『対象識別を優先してください』


『不要接触者は排除対象に切り替えます』


 真琴が小さく舌打ちする。


「早い」

「ログで捕まれた」

 六花が言う。

「想定通り最悪」


 心晴は画面から目を離せなかった。

 “対象”という言葉が、今さらみたいに重く腹に落ちる。

 父の名前。

 認証権限。

 回収対象。

 全部が一本の線になる。


 自分が、中心に近すぎる。


「心晴」

 湊が呼ぶ。


 顔を上げると、湊はもう出口の方を見ていた。

 花音は心晴を見ている。

 六花は戦う準備に入っている。

 奏恵も真琴も、もう説明を続ける顔ではない。


 そして、端末室の外の廊下で、複数の足音がぴたりと止まった。


 感染者の足音じゃない。

 揃っている。

 無駄がない。

 人間の足音だ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ