すべてはこれから 1
次話にて完結です。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします!
コンコン……! コンコンッ……!
小気味いい釘を打つ音が屋敷に響く。
「シオン?」
父から領主としての仕事について教わっていたはずのシオンが、ひょこっと顔をのぞかせた。どうやら農作物を王都に運ぶための木箱を、せっせと作っていたらしい。
「お父様とのお話はもう終わったの?」
そう声をかければ、シオンが苦笑した。
「あぁ、どうにかな。でもどうもああいう事務仕事は苦手だ。無性に体を動かしたくなる」
その結果がこの木箱であるらしい。
「ふふっ」
どうやらシオンはじっと机にかじりついているよりも、体を動かしている方が性に合っているらしい。おかしなところが父とよく似ている。
不思議な符号に思わず笑みをこぼせば、シオンがことりと金槌を脇に置いた。
「そう言えば今日は、メリダの店に頼んでいた荷が届く日だな。気分転換に受け取りに行ってくるよ」
「なら私も行くわ。ついでにマルクのところにも顔を出したいし」
シオンがこくりとうなずいた。
ふたり連れ立って町の広場へと向かえば、すでに領民たちが集まっていた。
「おはよう、メリダ! 皆も」
「おや、今日はふたり仲良くおそろいかい? わざわざ取りにこなくても屋敷まで届けにいったのに。でもまぁ、シオンならどんな荷だって軽々だろうけどね」
メリダが快活に笑った。
「えーと、頼まれてた荷はこれとこれ、あとは……」
メリダが大量の荷の山から次々と品を選び出し、シオンの両手の上にどんどん積み上げていく。そろそろシオンの顔が見えなくなった辺りで、メリダがこくりとうなずいた。
「これで全部だね。……あ、そうだ。アグリアちゃん」
「ん? なぁに、メリダ」
シオンに荷を任せ、メリダを見やった。
「あんた、シオンとはうまくいってるのかい? アグリアちゃん」
唐突な質問に、アグリアは目を瞬いた。
「いや何、結婚ってのは外からじゃわからない色々なことが起こるもんだからねぇ。まして一緒に暮らしはじめてしばらくは、愛し合ってはいてもぶつかることもあるもんさ。変に遠慮し合っちまったりしてね」
「……?」
何を言いたいのかよくわからない。首を傾げれば、メリダがじっと顔をのぞき込んだ。
「何か人様には言いにくいことでも、あたしにはいつだって相談してくれていいんだよ? 皆、あたしのところにはそうやって相談にくるからね」
確かにメリダは、この領地の女性たちのよき相談相手だ。生来の世話焼き気質も相まって、どんな悩みにも親身に相談に乗ってくれるし、絶対に口外もしない。だからこそ、絶大な信頼を得ているのだ。
「だからアグリアちゃんも遠慮なく何でも言っておくれよね? どんな話だって、あたしが聞くからさ」
そう言うと任せろとばかりに、メリダがどんと胸を叩いた。
実に頼もしくはある。でも残念ながら今のところ、お世話になるような問題は抱えていない。なんたって夫婦とは言っても、あらためてはじめましてからやり直している最中なのだし。
曖昧に笑ってこくりとうなずいた。
「ありがとう、メリダ。今はまだ特に困ってはいないんだけど、その時はきっと相談に行くわ」
母を早くに亡くした自分を、まるで実の母のように心配しあたたかく見守ってくれるメリダの気持ちが嬉しかった。きっと以前にくれた男女の仲を深めるというクリームも、そんな心配からくれたものなのだろう。
「ん? 帰ったのか、アグリア」
屋敷に戻れば、ちょうどモンバルトが父の診察を終えたところだった。
ふたりの手元にあるカップの中身は、何とも珍しいことにただのお茶だった。よしよしと満足げにうなずけば、なぜかふたりがこちらをじっと見つめていた。その目に浮かんだなんとも生温い色に、目を瞬く。
「な……なに? ふたりとも。その目は」
一体今日はなんなのだ。シオンと自分を見る目が、どうもおかしい。
モンバルトがお茶をすすり何とも言えない渋い顔を浮かべ、告げた。
「お前さんたちは、本当に似た者同士だな。端で見てるとじれったくてたまらん」
「どういう意味? それ」
お前たち、ということは自分とシオンとを指しているのだろう、が、さっぱり意味がわからない。
けれど返ってきたのは、やれやれという嘆息とあきれたような笑みだけだった。その態度に、父がぷっと噴き出す。
「いや、気にするな。こっちの話だよ。お前たちはお前たちのやり方で、進んでいけばいいさ。人生は長いんだからな」
「……?」
モンバルトも父も、一体何だというのだ。
アグリアは頭を振り、ともかくもメリダから受け取った荷を片付けることにしたのだった。
夕食が済み、いつもの時間がやってきた。
「はい、熱いから気をつけてね」
淹れたばかりのお茶をシオンに手渡し、ふたり並んで庭の片隅に置いたベンチに座る。
王都から帰ってきて、早いものでふた月もの時間が流れていた。
以来、どちらともなく夕食後にふたりでおしゃべりするのが日課になっていた。領地を飛び出す前よりもずっと近くなった距離感に、いまだ気持ちがふわふわと落ち着かない。もちろん、いい意味で。
リーンッ……。チリリリリッ。
いつの間にか、虫たちの鳴き声も次の季節を思わせるものへと変わっていた。時がたつのはなんとも早い。
「もうメリューの季節も終わりね。なんだか今年は大忙しだったわ。知らない間に季節が過ぎ去っちゃっていったみたい」
「ははっ。確かにそうかもしれないな。領地に戻ってからも、何のかんのと王都に舞い戻ったりしてたしな」
『エクラン』に送ったメリューは、見事においしく追熟した。それを使った試作品のスイーツをルンルミアージュたちとともに試食させてもらったのだが、あまりのおいしさに本気でほっぺたが落っこちるかと思った。
あれならばきっと、連日大勢の客が押しかけとんでもない行列ができるだろう。
それに加えて、フィーの後押しで王都の市場でもメリューを扱ってもらえることになった。いつでもメリューを食べられるように、という下心かららしい。権力の私物化に思えなくもないけれど、それで皆にメリューのおいしさをわかってもらえるのならまぁいい。
「来年に向けて、新しい苗木も植えるんだろう? 忙しくなりそうだな」
「えぇ。王都で人気になれば、きっと『エクラン』以外でも扱ってくれるお店は増えるはずだもの。リールが追熟の仕方を他の人たちにも伝授してくれるって申し出てくれたし」
リールには感謝してもしきれない。これも皆、遠い昔にメリューがリールの心をつかんでくれたおかげだ。
「もっとメリューの香りで領地が満たされると思うと、今から楽しみだな」
「その分仕事も増えるけど、頑張らなくちゃね!」
「あぁ。一緒に頑張ればなんとかなるさ」
シオンの言葉に思わず顔が緩んだ。ふたりで希望に満ちた未来を語れることが嬉しい。
「そう言えばモンバルトのやつ、前よりは多少酒を控えているらしい。奥方のお小言が効いたらしいな」
「娘さんのあの指摘もね! ふふっ」
少し前、モンバルトの妻子が領地にやってきた。
あのモンバルトと結婚するくらいだ。それなりに強い女性じゃないかと予想はしていたけれど、実際に会ってみると想像していた以上だった。見た目はとびきりの美人なのだが、なんとも辛辣なのだ。聞けばモンバルトが行方をくらませてから一念発起し、王都で商売を興して見事成功を収めたんだとか。
以前にも増して強くなって手に負えん、とモンバルトがぼやいていた。
そして今年十五歳になった娘がまた、なんとも強烈だった。
母親譲りの整った顔立ちでモンバルトを指さし、びしりと告げたのだ。『何よ! そのだらしないお腹。たるんでるじゃないの。みっともないわ! お酒のせいね』と。
久しぶりに再会した父親のくたびれた様子が、我慢ならなかったらしい。モンバルトが家に大切に秘蔵していた酒を取り上げ、お腹が引っ込むまでしばらく預かっていてくれとアグリアに手渡してきたのだ。
娘に嫌われるのは、さすがのモンバルトも堪えるのだろう。当面は酒を控える約束を渋々了承する羽目になったと聞いた。
「でもま、モンバルト先生にも健康で長生きしてもらわなくちゃいけないもの。お父様と一緒に少しお酒は控えめにしてもらわなくちゃね! いい機会だわ」
ひとしきり笑い合い、ふたりで夜空を見上げた。
空には王都とは比べ物にならないほどの星たちが、キラキラと瞬いていた。
「……そろそろ休むか。明日も早いし」
どきりと音を立てた胸の鼓動に、慌てて笑みを取り繕う。
「そ、そうね! 体も冷えてきたし、もう寝ましょうか」
領地に戻ってから新しくできた習慣は、実はもうひとつある。それは――。




