友への約束
翌朝、まだ日が昇り切らない時間に屋敷を出た。
朝早い時間特有の慌ただしさと活気の中を、シオンとふたりで歩く。
「あ、あそこよ! ミリーさん、おはようございますっ」
花屋の朝は早い。すっかり店を開ける支度が整った店先に、ミリーはいた。
「あら、アグリアじゃないの! ……ん? もしかして、その人って」
ミリーの丸い目がじっとシオンに注がれる。アグリアがこくりとうなずけば、ミリーが朗らかに笑った。
「やっぱり! 思ってた通りの人だわ。ランソルがいつも言ってたのよね。無愛想が服着て歩いてるみたいなやつだって。あはははっ!」
シオンの顔が複雑そうに歪んだ。アグリアは笑いをかみ殺しながら、ミリーを紹介した。
「こちら、ランソルさんの恋人だったミリーさんよ。領地に帰る前に、一度シオンにも会ってもらいたいと思ってたの」
シオンがはっと息をのんだ。
シオンの行きたい場所、それはランソルの墓だった。シオンがランソルのお墓参りに訪れたのは、亡くなってまもなくのたった一度だけ。以来罪悪感が邪魔をして、足が遠ざかっていたらしい。
けれどすべてが終わった今、ランソルに一度現状を報告しておきたいのだとシオンは言った。
何もかも気持ちが切り替えられたわけではないけれど、きっと心の中で少しは過去を落ち着いた気持ちで見つめられるようになったのだろう。
だからこそ、ミリーに会わせたかった。
「ミリーさん、今度結婚するんですって。ランソルさんへの気持ちも思い出も一緒に受け止めてくれる、優しい人と」
「……そうか。それは……おめでとう」
複雑な面持ちで祝いの言葉を口にしたシオンを、ミリーが明るく笑い飛ばした。
「そんな顔、しないでよ! ランソルは湿っぽいのが嫌いだったでしょ。いつまでも泣いて暮らしてたってあいつは喜ばない。だから前を向いて目一杯笑って生きることにしたんだ。……きっとその方が、ランソルも喜んでくれる。あなただってそう思うでしょ。シオン」
ランソルをよく知る者同士の親しみと同じ悲しみをにじませ、ミリーが問いかけた。
シオンの顔に、ふと懐かしむような表情が浮かんだ。
「あぁ。そうだな……。あいつならきっと、君が幸せそうに笑っているのを喜ぶはずだ。そういうやつだったからな」
シオンがふわりと少し泣きそうな顔で微笑んだ。
「……だよね!」
目尻を指先でそっと拭い、ミリーがカラリとした笑顔を浮かべた。
「で、おふたりさんは? 朝早くからどこかにお出かけ?」
「実はこれから、ランソルさんに会いに行くつもりなの。よかったら、うんと華やかな花束を作ってもらえないかしら? ランソルさんみたいな、ぱぁっと明るい目が覚めるみたいな花束がいいんだけど」
ミリーがにっこりと微笑んだ。
「そういうことなら任せて! すっごいの作ってあげる」
さっそくミリーは色とりどりの花をかき集め、花束を作りはじめた。
「はい! お待たせ。こんな感じでどう?」
でき上がった花束を手に、ミリーがにっこりと微笑んだ。
ぱっと目を引く明るい黄色の小花に、大輪の白い花がよく映える。ところどころに散りばめた星のような形の青い花も、なんとも華やかだ。
「うんっ。すごく素敵だわ。ありがとう。おいくら?」
代金を渡そうとしたアグリアの手を、ミリーが制した。
「お代はいいよ。その代わり私の分もあいつによろしく伝えてくれる?」
ミリーが一瞬寂しげな色を浮かべ、小さく肩をすくめた。
「……ほら、さすがのあいつもさ。あたしが結婚するんだなんて報告に行ったら、やきもち焼いちゃうかもしれないからさ。アグリアとシオンから伝えてあげてほしいの。うんと幸せになるから、遠くから見ていてってさ」
「ミリーさん……」
複雑な思いをにじませるミリーに、こくりとうなずいた。
「うん、わかった。必ず伝えるわ。……ミリーさん。本当に色々とありがとう。どうぞお元気で。末永くお幸せに」
「……うん。アグリアも幸せにね。シオンもさ、あいつの分までうんと楽しんで生きてよね! じゃあ」
「あぁ、わかった」
シオンがこくりとうなずいたのを見ると、ミリーは満足そうに笑った。すこんと突き抜けたような、青空のように澄み渡った晴れやかな笑顔で。
ランソルは、小高い丘の上にある墓地に眠っていた。
「素敵な場所ね。ここからなら王都中が見渡せるし」
シオンはじっと墓地を見つめ、つぶやいた。
「こんな……場所だったんだな。以前きた時は、何も気づかなかったよ」
きっと悲嘆に暮れるあまり、周囲を見渡す余裕もなかったのだろう。当時のシオンの苦しみと悲しみが思い浮かぶようで、アグリアはきゅっと唇を噛み締めた。
シオンはそっとランソルの墓に歩み寄ると、ミリーが作ってくれた花束を供えた。
「……ランソル、長いこと会いにこなくてすまなかった。その……色々あってな。足が遠のいていた」
そう言って黙り込んだシオンの背中を、少し離れた場所から見つめた。
きっとふたりにしかわからない思いと言葉があるはずだ。その邪魔をしたくなかった。
そよそよと穏やかな風が通り過ぎていく。
(ランソルさん、見てる? シオンがね、やっとあなたに会いにこれたの。シオンはずっとずっと、あなたのことを思ってたのよ。あなたを死なせたのは自分のせいだって苦しんで……。でもやっと前を向けたの。皆のおかげで)
心の中でそっとランソルに語りかけた。
すると黙り込んでいたシオンが、くるりと振り向いた。
「……アグリア」
シオンがそっと自分の手を引き、ランソルの墓の前に立たせた。
「……?」
一体何をする気かとシオンを見やれば。
「ランソル、俺は王都を離れようと思う。お前にこうして会いにくることも、あまりできないかもしれない」
シオンは、静かに墓に向かって語り続けた。
「でもきっとまたくる。ど派手なお前が好きそうな花束と酒を持って。だからゆっくり眠っててくれ。……もう、ひっくり返らない過去をくよくよと思い悩むのは止めにする。お前の分も、きっと楽しく生きてみせる。約束するよ、ランソル」
それは、土の下に眠るランソルとシオンとの新しい約束だった。
「シオン……」
様々な紆余曲折をへてようやくたどり着いたシオンの思いに、ぐっと胸が詰まった。
握られた手に、ぎゅっと力がこもる。
「俺は……これから新しく生き直してみるつもりでいる。もしも許されるなら、アグリアと一緒に前を向いて進んでいこうと思うんだ」
「……!」
その言葉に、はっとした。
今シオンが口にしたのは、一体どういう意味なんだろうか。一緒に、という言葉が胸の中にあたたかく灯る。
シオンが小さく笑う。
「契約結婚なんておかしな申し出を受けてくれるような、ちょっと変わった女性なんだ。大事な領地を守るために自分の幸せも後回しにするような、そんな人だ」
ほめられているのかけなされているのかわからず、アグリアは目を瞬いた。シオンはなおも続けた。
「こんな俺のためにはるばる王都にまできて、危険も顧みずに助けにきてくれた。俺なんかにはもったいないって思っている。でも……必要なんだ。だからこれからは契約じゃなく、一から新しい関係をはじめていけたらって思ってる。……アグリアの返事はまだ聞いてないが」
最後にそう付け加えると、シオンが真っすぐにこちらを見た。
その目の奥にちらちらと揺れる甘い色に、一気に熱が全身に込み上げる。
「シオン……! そ、それって……」
どう答えたらいいのかわからず、口ごもる。目を白黒させる自分の顔がおかしかったのか、シオンがぷっと噴き出した。
「ははっ! まぁ、その返事も含めてこれからゆっくり進んでいけたらって思ってる。……だから、見守っていてくれよな。ランソル」
シオンは穏やかな声で墓前に語り掛けた。つないだままのシオンの手に力がこもる。それをきゅっと握り返せば、シオンの視線が注がれた。
どきり、と高鳴る胸に思わずこくりと息をのむ。
ふわり、と一陣の風がふたりの間を吹き抜けていった。
アグリアはランソルの墓に向き直ると、告げた。
「ランソルさん、きっとまた会いにくるわ。……シオンと一緒に」
シオンの口元が、ふっとやわらかく解けた。
空から降り注ぐあたたかな日の光とやわらかな風に、背中をとんと優しく押された気がした。




