新しいはじまり 2
アグリアは隣を歩く頭ひとつ分背の高いシオンを、ちらと見やった。こうして王都の町をふたりで歩いていることが、なんともくすぐったくて仕方ない。
クロイツとガイクスが捕まったあと、色々なことがあった。ふたりの過去の悪事が明らかになったとはいえ、まだ調べが不十分なことも多くシオンへの聴取も長く続いた。それがようやく終わったのが、つい先日のこと。
その後もシオンと何度か王都の町を歩いたりはしたけれど、まだどうにも慣れない。
「そう言えば、屋敷にリールから菓子の詰め合わせが届いていたぞ。店を閉めるわけにいかないからそちらには行けないが、皆で楽しんでくれという言付けと一緒にな」
うっかりシオンの横顔に見惚れて熱くなった頬をごまかし、慌てて言葉を返した。
「本当っ? 楽しみ!」
すでに『エクラン』の倉庫には、木箱数個分のメリューが大事に追熟されている。それが無事食べ頃になる頃には、『エクラン』のメニューにメリューのスペシャルメニューが登場するはずだ。今からそれが楽しみでならない。
アグリアはシオンに笑いかけた。
「今夜はにぎやかになりそうね。あれ以来タリオンさんにもフィーにも会ってないし、楽しみだわ。モンバルト先生はもう屋敷に?」
「あぁ。さっきまでどこかにフラっと出かけていたようだが、もう屋敷に戻って親父と酒をのんでたよ。あの酔っ払い、どこでものんだくれてばかりだな」
「ふふふふっ! 先生らしいわ」
なんともモンバルトらしくて笑ってしまう。それでもきっとシオンが拘束されている間は、お酒もおいしいとは思えなかっただろう。あれでいてシオンのことを息子のように思っているみたいだし。
「なんだかあっという間だったわ。王都にきた時はどうなることかと思ったけど……」
シオンの顔に申し訳なさそうな色が浮かんだ。
「君には本当に世話になった。あんな危ないことまでして、本当に大したけがもなくてよかった。もしも君に何事か起きていたら、きっとログが黙っていないだろうしな」
「ふふっ。全部私が勝手にしたことだもの。こうしてシオンも無事だったんだし、皆とも知り合いになれたし悪いことばかりじゃなかったわ」
そうだ。確かに大変なことはたくさんあったし怖い思いもしたけれど、おかげで臆病風に吹かれて幸せになることから目を背けていた自分の弱さにも気づけた。
今の自分は、もう過去に怯えて前を向くこともできないひ弱な自分じゃない。そう思えることが、何より嬉しい。
「……明日には領地に出発だな」
「うん。きっとお父様が首を長くして待ってるわ。あれでいてとっても寂しがり屋なの」
「くくっ。知ってる」
「ふふっ」
明日の午後には王都を発つことになっている。シオンとふたりで。
これからシオンとどうなるかはまるでわからない。事件の後始末が忙しくて、これからのことを話し合う余裕もなかったから。
でも今はそれでもいい。今はただ、シオンの無事とようやくちゃんと過去を過去のものとして見つめることができるようになったことを喜びたい。
「せっかくのフィーの提案だもの。今日はうんと楽しまなきゃね! こうして皆一堂に集まるなんて、これからはそうそうないだろうし」
そもそも第一王子が町中をうろうろしていることがおかしいのだ。ガイクスが王位継承から外れた今となっては、フィーが次期国王となることが確定した。ともなれば、きっとこれからフィーは大忙しで町をうろつく暇もなくなるだろう。
「でも……なんだか寂しいな。皆ともう簡単には会えなくなるもの」
ぽつりとつぶやけば、シオンがやわらかく微笑んだ。
「会えるさ。いつだって。俺たちは生きてるからな。そうおかみも言ってただろう」
シオンの穏やかな目を見つめ、こくりとうなずいた。
「そうよね。きっとメリューが王都に出回るようになれば、ちょくちょく王都にくる機会だってあるだ
ろうし。おかみさんにも会いに行かなくちゃね」
「あぁ」
未来を語ることができる。それがどんなに幸せなことか。その傍らにシオンがずっといてくれたら、きっともっと――。
今はまだ言葉にできない思いをぐっとのみ込み、アグリアはシオンとともに屋敷へと急いだ。
「おっ! やっときたな。アグリア。あんまり遅いから、うっかり出来上がっちまうところだったぞ。わははははっ!」
屋敷では、すっかり出来上がったモンバルトが待ち構えていた。
「……? モンバルト先生、なんかいつもと様子が違わない?」
いつもと何か違和感がある。けれどそれが何か一瞬わからず、きょとんと目を瞬いた。そして「あああああーっ!」と大声を上げた。
「どうしたのっ⁉ その顔! 髭が……」
驚きのあまり、モンバルトの顔を指さした。
みれば、いつもは伸ばしっぱなしのモンバルトの無精ひげがきれいに整えられていた。着るものだって普段より明らかにパリッとしている。
「な、何があったの? 先生。そう言えばどこかに出かけてたって聞いたけど……」
先ほどのシオンの言葉を思い出し、問いかければ。
「……ちょっとな。せっかく王都にきたついでに、妻子に会ってきた」
モンバルトの答えに、アグリアはしばし固まった。
「は……?」
「……」
「え……⁉ 妻子?」
ぽかんと口を開いた。ちらとシオンを見れば、そう驚いたふうもない。どうやらシオンは知っていたらしい。けれどアグリアはそんなこと父からも聞いたことがなかったし、まったくの初耳だった。
「先生、結婚してたの⁉ だってそんな話一度も……」
モンバルトが領地にきたのが、今から大体四年前。その間家族同然の付き合いをしていたのに、家族の話なんて一度も聞いたことがない。そもそも出身が王都かどうかだってわからない。
モンバルトはぽりぽりと鼻の頭をかきながら、ぼそりと答えた。
「ま、色々あってな。しばらく疎遠だったんだ。だがまぁ、今回のことで色々と思うところがあってな。ちゃんと顔を合わせておこうかと……」
聞けば、モンバルトはランソルの死の一件以来、戦争にも権力と欲が渦巻く王都での暮らしにも辟易して行方をくらましたらしい。その頃はすでに酒にもおぼれ、とうに見放されていたらしいけど。
妻子を置いて各地を渡り歩いていたモンバルトが、たまたま立ち寄ったのがうちの領地だったのだ。以来すっかり居着いたというわけだ。
「……それで?」
「ん?」
これまで一度も連絡することなく、ずっと家族をほったらかしにしていたのだ。円満に再会できたとは思えない。そんな気持ちが顔に出ていたのか、モンバルトは苦笑した。
「あー……、まぁな。それなりにひと悶着はあった。でもまぁ、妻も子も皆元気そうだった。領地の話をしたら、今度遊びにくるとさ」
そう言ったモンバルトの顔は、ほんのりと赤く染まっていた。きっと酒のせいなんかじゃないだろう。
「そっか……。ならよかった! うん、そうね。その方がにぎやかになるし、うんとごちそうするわ!」
いつになく照れ臭そうなモンバルトを見やり、アグリアはにっこりと微笑んだ。
どうやら今回の一件は、モンバルトの人生にも新しいきっかけをくれたらしい。きっとこれからは寂しさを紛らわせるためにお酒をのむんじゃなく、じっくり味わってのめるようになるに違いない。
「さぁ、皆これでそろったわね! じゃあさっそく食事をはじめましょうっ」
義母の一言で、にぎやかな王都最後の宴ははじまった。




