対決の時 3
フィーが腰に差していた剣を静かに抜き、クロイツの首元に突きつけた。
「……さて、お前の首はどうなるかな? クロイツ・シュクルゼン。いや、お前だけではないな。もうひとりいる」
フィーの背後から、兵たちに抱えられたガイクスが姿を現した。その体は縄でがっちりと縛られ、口には猿ぐつわを嵌められている。
「見ての通り、ガイクスはすでに国を裏切った重罪人として拘束されている。お前の後ろ盾はもはやいないということだ。この意味がわかるだろう」
「……⁉」
クロイツがよろよろとよろめき、その場に膝をついた。
「そんな……まさかこんなことになるとは……。あの男のせいで……。すべてはあの男が……!」
クロイツの口からランソルへの呪詛がこぼれた。それを耳にしたシオンの顔色がさっと変わった。
「クロイツ! お前だけは……お前だけは絶対に許さないっ。ランソルは……、そんなくだらないことのために、ランソルは……!」
シオンの鋭い声が響き渡った。
怒りに声を震わせ、シオンがなおもクロイツに言い放つ。
「ランソルは……幸せになろうとしてたんだっ。結婚するつもりだって、嬉しそうに言ってた。そんなやつを、お前は……。何もかもをあいつから奪ったんだ! 金や権力なんてくだらないもののために、あいつは……!」
「シオン……! 落ち着いてっ」
あまりにも暴れるせいで、殴られた時にできた傷跡から血がにじみはじめていた。今にも壊れそうに、縛られたままの椅子が軋んだ音を立てる。
慌ててタリオンがシオンを縛っていた縄を解き、どうにかなだめようと近づいた。けれどその手を振り払い、シオンはクロイツの前に立った。
「クロイツ! 俺はお前を許さんっ。何の罪もないあいつを殺したお前だけは……! あいつのためにも俺はお前に復讐を」
シオンの握りしめられた拳が、クロイツの頭上に上がった。
咄嗟に叫んでいた。
「シオン! やめてっ。ランソルさんは、あなたを守りたかったの。証拠を手にしたら、きっとあなたは皆のためにすぐさまこの男のもとに行くだろうって。だから国にいる恋人に頼んで、預かってもらってたの。国に戻ったら訴え出ようって」
振り上げたままのシオンの拳が、ぴたりと止まった。
「俺の……ため?」
「そうよ! ランソルさんはシオン、あなたのことを心配してたの。クロイツににらまれて、そのうち命を狙われるんじゃないかって。だからあなたには黙って証拠をあなたに知られない場所に隠そうとしたのよ」
「……」
呆然とした顔でシオンが振り返る。
「だからそんな男のために、あなたが復讐なんて果たそうとしなくていい。そんなこと、きっとランソルさんだって望んでない!」
ミリーから聞いたランソルの人となりは、大切な友に復讐を託すようなものじゃなかった。
シオンは何も言わず、こちらに背を向けたままクロイツを見下ろしていた。その背中に向けて、言葉を重ねた。
「ランソルさんが望んでいたのは、きっとあなたが自分の分も幸せに生きてくれることだと思う。恋人のミリーさんもそう言ってた。きっと幸せに笑っていてくれることを望んでいると思うって。だからもう前を向くんだって!」
もうこれ以上シオンが苦しむ必要はない。その優しい手を、これ以上クロイツのために汚す必要はない。苦しみしかない過去から自由になってほしい。そう願いを込め、シオンに語り掛けた。
「だからお願い。あなたももう前を向いて……。あなたが一番よく知っているはずよ。ランソルさんはあなたに復讐してほしいなんて、きっと言わないって。自分のためにもうこれ以上苦しむなって、笑って生きてほしいって言うはずだって」
これまでずっとシオンが抱え込んできた自責の思い。自分のせいで大切な友を死なせてしまった。自分がクロイツに目をつけられたばかりに巻き込んで、幸せを奪い取ってしまった。そうずっと後悔してきたに違いない。
けれどそれは誤解だった。ランソルはシオンを助けたくて、守りたくてクロイツを調べ回ったのだ。その結果クロイツに殺された。もし死んだのがシオンだったら、ランソルはこれ以上ないほどに悲しみ苦しんだはずだ。
そんなランソルが、シオンに手を汚せなんて言うはずがない。
「だが、俺はこの男を……」
振り上げた拳が震えていた。今も消えないやるせない怒りと悲しみに、アグリアの頬を涙が伝った。
「許せなんて言わない。ふたりとももうおしまいだもの。国を裏切って危険にさらした罪は重いわ」
それまで黙り込んでいたフィーが、こくりとうなずいた。
「シオン。ふたりの処遇は私に任せてはくれないか。必ず正当な裁きを下すと約束する。君の思いを裏切るような結果にはならないはずだ」
「……」
シオンの手が、ゆっくりと下がっていく。その手をモンバルトが握った。
「もう終わったんだ。シオン。落ち着け。もう……お前の苦しみも終わったんだよ。ようやくな」
肩をぽんぽんと叩かれ、シオンの口から小さな嗚咽が漏れた。
フィーがこくりとうなずき、クロイツに向き直った。
「……さて、ではクロイツ・シュクルゼン。お前を横領と殺人、国の情報を売った重罪で捕縛する。ガイクス、お前もだ。国を裏切った罪、部下を手にかけた罪の重さを牢獄で――いや、冷たい土の下でとくと味わうんだな」
すっと手を上げれば、兵たちがふたりを教会の外へと連れ出していった。
「これで終わった……な」
タリオンがぽそりとつぶやいた。
「……あぁ。終わったよ。何もかもな。過去ってのは、そういうもんさ。あとは前を向くだけだ。な、シオン」
モンバルトの言葉に、うなだれていたシオンがほんの少しだけ顔を上げた。こちらに背を向けたままのせいで顔は見えなかったけれど、きっと少しは晴れやかに違いない。
アグリアは、天井に開いた穴からのぞく空を見上げた。
空はまるで何もなかったかのようにきれいに晴れ渡っていた。
(これで……もう悲しいことはおしまい。臆病なのも、気持ちを押し込めるのももうやめよう。それが生きていくってことなんだから……)
すぅ、と息を吸い込めば、遠くでララの鳴き声が聞こえた気がした。
こうして過去から連なるすべての事件は、幕を閉じたのだった。




