対決の時 2
「フェリクス殿下……! な、なぜあなたがこんなところに……」
驚愕に目を見開き、クロイツがじり、と後ずさった。
驚いているのは当然シオンも同じだった。
「一体どうなっているんだ……? なぜここにフェリクス王子とあいつらが?」
フィーの後ろでにんまりと笑みを浮かべたモンバルトとどこかへっぴり腰のタリオンを見つめ、シオンが呆然とつぶやいた。
「これで……もう、大丈……夫。シオン、安心……して」
ゲホゲホと咳込みながらシオンに告げる。
「アグリア……。なんで君が……いや、君たちは一体ここで何を」
事態がまったくのみ込めていないシオンをよそに、フェリクスがよく通る声で告げた。
「クロイツ・シュクルゼン。そこに跪け。お前の悪事はもうすべて明らかになっている。抵抗しても無駄だ」
「な……⁉」
やっとのことで後ろを振り向けば、頼もしい仲間たちの背後にずらりと王家直属の兵たちが凛とした姿で居並んでいた。あれだけの人数でこの廃教会を取り囲んでいるとなれば、逃亡の恐れはないだろう。
(あれ? でもガイクスは?)
ガイクスの姿は見えないが、もしかしてすでに拘束済みなのだろうか。
ともかくもこれでひと安心だ。もうシオンの身に危険はない。そのことにほっとして力が抜けていく。
きっとこの先はフィーたちがどうにかしてくれる。フィーたちにあとを任せ、アグリアは事態の成り行きを見守ることにした。
フィーがすっと前に歩み出た。
「クロイツ、残念だが出世はあきらめるんだな。ガイクスがすべてを自供したぞ。ガイクスがお前に敵に国家機密を漏洩するよう命じ、お前が隣国にそれを流し莫大な金を受け取っていたことは、すでに明らかだ。証拠もある」
そう言うとフィーは、ぴらりと例の取引書を差し出した。
「そっ……それは! 馬鹿なっ。なぜそれがこんなところに……」
フィーの口元ににやりと笑みが浮かんだ。
「これは、ランソルという男がお前の悪事の証拠としてある者に預けていたものだ。お前はこれをシオンが隠し持っているとでも勘違いしていたんだろうが、残念だったな。お前の手の届かないところにずっと大切にしまわれていたよ」
「なんだとっ⁉」
クロイツが呆然とシオンと紙切れとを交互に見やった。
「シオン……、ではお前はやはり何も知らなかったというのか!? ならばなぜそれを……」
自分に向けられた驚愕の顔に、シオンがあきれ顔で言い返す。
「何度も言ったはずだ。何も知らないと。お前が勝手に証拠を握っていると思い込んだんだろうが。……おそらくランソルをその手にかけた罪悪感から、そんな考えに憑りつかれたんだろう」
シオンのギラリとした視線が、クロイツへと向いた。
ランソルが死んだ時、シオンはすぐに戦地を離れた。その後幾度かはクロイツに対面したこともあったらしい。けれどランソルの死に心を壊していたシオンは、クロイツに真実を問いただすことはできなかったのだろう。
ようやくその時がきたとばかりに、シオンはクロイツを強い目で見やった。
「くっ……! そ、それは……」
クロイツの額から、汗がつうっと滴り落ちた。
気が付けば、クロイツの周囲を兵たちが取り囲んでいた。その中にはモンバルトとタリオンの姿もある。
「どうなんだ。クロイツ。お前はあの日、ランソルを殺したのか! 俺を……、俺たちを事故に見せかけ殺そうとしたのかっ!? 真実を話せっ、クロイツ・シュクルゼン!」
「……」
じりじりと後ずさるクロイツに、シオンが畳みかける。その背後では、モンバルトとタリオンがにらみを利かせていた。もはや逃げ場はない。
「クロイツ、あなたのことは私たちが調べ上げたわ! ランソルはあなたが国家機密まで他国に流していることは知らなかった。でもあなたは取引書をランソルが手に入れたと知って焦ったのでしょう? それが元で自分の罪がばれたら、しばり首だもの。だからあなたはふたりを殺そうとしたのよ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
まるで誰かの力を借りているみたいだった。きっとこれはミリーやトーマスたちの思いが背中を押してくれているに違いない。皆の思いの分も、決してクロイツとガイクスを許すわけにはいかなかった。
「そ……そんなもの、何の証明にもならんっ! ただの紙切れだろうがっ。それにランソルが死んだのはただの偶然だ! 私は何も知らんっ」
なおも言い逃れするクロイツに、フィーがずいと歩み出た。
「ほう……? しらばっくれるつもりか。クロイツ」
「……」
クロイツと対峙するフィーの顔に、にやりと不敵な笑みが浮かんだ。それを見たクロイツの顔がぴくりと引きつる。
「タリオン、あれを」
フィーが傍らにいたタリオンから一枚の紙を受け取った。
「これは、つい小一時間ほど前に隣国から届いたばかりのものだ。ここにある名前に覚えはないか? クロイツ」
フィーが指し示した先には、隣国のとある貴族の名が書かれていた。それを目にした瞬間、クロイツの口から「ひっ」という声がもれた。
パクパクと口を開け閉めしながら激しく狼狽するクロイツに、フィーが淡々と告げた。
「すでにこの者は、お前たちが流した情報をもとに王家への謀反を企てた罪状で拘束されたそうだ。無論お前たちとの関わりについても、ペラペラとしゃべったらしいぞ」
「あ……いや、それは……」
「今頃あちらの国でも厳しい取り調べがなされている頃だろう。まぁ、この者は以前から色々と後ろ暗いことを繰り返していたらしいからな。首を落とそうにもひとつきりしかないのが残念、というところだろうな」
「……!」
フィーの静かな追及は続く。
「あれをここに連れてこい」
フィーに命じられ、数人の兵たちが歩み出た。その手には、ガイクスががっちりと縄で縛り上げられ拘束されていた。
「ガイクス……殿下⁉」
うっかりガイクスの名を口にしてしまい、クロイツが慌てて口元を覆った。
「お前の頼りであるガイクスもこの通りだ。もっとも舌を噛まれては困るのでね。猿ぐつわを嵌めてあるが」
体の動きも声も封じられたガイクスが、悔しげにうなり声を上げた。それを血の気が完全に引いた顔で見つめ、クロイツが低くうなった。
「なぜ……なぜだ。なぜこんなことに……。あんな大昔のこと、なぜ今さら」
クロイツのその言葉に、モンバルトがおかしげに笑うのが聞こえた。
「お前自身のせいだろうさ。今になってお前がシオンを消そうだなどとしなければ、真実は闇に葬られたままだったかもしれんな。自業自得ってことさ。ご苦労さん」
馬鹿にした乾いた笑みに、クロイツの顔が醜く歪んだ。




