動き出した時 1
「じゃあアグリアちゃん、気を付けていってらっしゃい。皆さんにもよろしくね」
「はい、いってきます。お義母様」
義母に見送られ、モンバルトたちとの待ち合わせ場所へと向かう。
屋敷に移り住んで数日が過ぎた。
屋敷はフィーの計らいで、常時警備下にある。とりあえずの皆の安全は保障されているといっていいだろう。もしおかしな動きが見られるようなら、リリアンヌとルンルミアージュは王宮の一画に移されることにも決まったし一安心だ。
そんなことが起きる前に、シオンを助け出しクロイツたちの悪事を暴くことができれは一番いいのだけれど。
待ち合わせ場所は、王都の町中にある本屋の二階だった。実はここは、フィーが王都にお忍びにきた時の隠れ家であるらしい。人目を忍んで作戦会議をするにはもってこいだった。
「先生! フィー、それにタリオンさんも。お待たせしましたっ」
「おぉ、きたな。アグリア」
アグリアの目が、ちらと三人の手元に向いた。
モンバルトとフィーの手には酒の入ったグラスが、タリオンにいたってはもうとっくに昼時を過ぎているにもかかわらず、大盛りの料理がほかほかと湯気を立てていた。
「こんな時間に、お酒に食事?」
モンバルトがにやりと笑みを浮かべた。
「まぁそう言うな。これでもいつでも動けるように深酒は避けてるんだ。ま、タリオンの場合は単純に飯を食う間もないくらいフィーにこき使われているらしいがな」
タリオンがへにょりと眉を下げた。
「そうなんだよ! 聞いてくれよ、アグリアちゃん。フィーったら人遣いが本当に荒いんだ! このままじゃ過労死まっしぐらだよ」
よほど空腹だったのか、がっつきっぷりが尋常ではない。ちらとフィーを見れば涼しい顔で肩をすくめている。
フィーの視察に合わせ、タリオンに色々と影で動いてもらっているらしい。そのおかげで通常業務に併せてんてこ舞いなんだとか。
「ふふっ。君は私の補佐仕事にも向いていそうだ。どうかな? 軍を辞めて私付きにならないかい? 出世は約束するよ」
「ぐっ! 誰がするかっ」
相手が王子であることも忘れフィーが噛みつけば、フィーが朗らかに笑った。なんのかんの相性のよさそうなふたりを見ていると、そのうちフェリクス王子の補佐役に任命される日がきそうな気もする。
すると食事を終えたタリオンが満足げな吐息を吐き出し、口を開いた。
「例の紙切れのことだけど、やっぱりあれは消えた配給品を取引相手に渡すための取引書だったみたいだね。署名欄が空欄だったのは、相手に渡す前だったんだろう。取引に向かう途中でどこかに落とすか何かしたのをシオンが拾ったとかじゃないかな。気になるのは最後のここだ」
タリオンが懐の手帳から紙切れを取り出し、ある欄を指さした。
「日付は、ランソルが死ぬ二週間前のもの。で、こっち側に書いてあるのが、当時届かなかった配給品の品名だ。で、これがその数量。金額もここに書いてある。問題はここだ。これはおそらく配給品なんかじゃない。金額があまりにも大き過ぎる」
「言われてみれば……確かにそうね」
タリオンが言う通りこれが本当に金額を示しているのだとしたら、確かに莫大だった。
「それだけあれば、王都の一等地にどでかい屋敷が買えるな」
モンバルトがそう言えば、フィーも同意するようにうなずいた。
「じゃあやっぱりクロイツは、配給品とは別に国家機密も隣国に売ってたってこと?」
ミリーの手紙には、この紙はシオンの身を守るために必要なものだと書いてあった。そしてゴーランもランソルが何かをこそこそと調べ回っているようだったと言っていた。
となれば、ランソルはこれが何なのかを知らないままクロイツの悪事の証拠に違いないと考えてこれをミリーに託したと考えられる。ランソルはきっと思ったはずだ。これが配給品を横流ししている証拠だと。でも実際は、それだけではなかった。国家機密を隣国に漏洩している証拠でもあったのだ。
「もしもクロイツがこの紙を失くしたか落とした時に、自分を嗅ぎ回るランソルの姿を見たと考えればランソルとシオンが狙われたのも納得がいくな。ただの配給品の横領ならばどうにかなると笑い飛ばせても、これは別だ。もしもバレれば極刑は間違いない。どうにかして口留めしなければと焦っただろうな」
「……」
アグリアの腹の底が、かーっと熱くなった。
「許せない……。自分たちが勝手に国を裏切ったくせに、それを隠すために部下を殺そうだなんて」
苛立たしさからアグリアが拳を震わせれば、フィーも険しい顔でうなずいた。
「王族の一員としても、命を懸けてくれている兵たちにもその家族にも申し訳が立たないな。こうなったらガイクスとクロイツ、ふたり仲良く牢獄に入ってもらうしかないね。……いや、墓穴にかな」
フィーの顔にぞっとするような色がにじんだ。
「で、お前さんはいつ本部に乗り込む?」
フィーの口元ににやりと黒い笑みが浮かんだ。
「明日の午後だ」
いよいよシオンの居場所が判明する時がきた。
アグリアはごくり、と息をのんだ。
◆ ◆ ◆
翌日、軍本部は騒然とした空気に包まれていた。
次代の国王になると目されている第一王子フェリクスが、突然軍部の視察に訪れたのだ。ずらりと並んだ王子とその配下たちの圧に軍の上層部も圧され、されるがままだった。
「君、案内役を頼む」
フェリクスがたまたま近くにいた職員の男に声をかけた。
「はい、わかりました」
「私の権限で、建物すべての部屋にいたるまで視察する。君もそれに同行してくれ」
暗号解読や機密情報の解析を担う部署にいた巻き毛の青年は、一瞬口元にわずかな笑みを浮かべこくりとうなずいた。そしてフェリクスとともに建物の内部へと向かったのだった。
その様子を背後からうかがっていた者がいた。
「……くっ!」
男は険しい顔で消えていくフェリクスの後ろ姿を見送ると、慌てた様子で本部を出ていった。そのあとを音もなく精悍な顔つきの鍛え上げられた体をした男たちが数人、つけていくのが見えた。
その騒ぎは、シオンが拘束されている部屋へも届いた。
(見回りの交替の時間、か? それにしては随分騒がしいようだが……)
シオンははっと身を強張らせ、外から聞こえてくる物音に耳を澄ませた。
日の光が一切差さない部屋に拘束されて、すでに一週間近くが経過しているはずだった。けれど明り取りの窓も外からの情報も遮断されているせいで、正確な日時はすでにわからなくなっていた。
機械的に繰り返される尋問は、毎度判を押したように同じ内容だった。
『お前には、戦地での配給品の横領の罪の嫌疑がかかっている。それを止めようとした仲間を、爆発事故に見せかけ謀殺した罪もな! 今すぐ自分の罪を自白しろ。そうすれば前線送りは撤回してやる』
クロイツの手の者だろう軍服姿の男たちが入れ替わり立ち替わりそう尋問するのを、シオンはただ黙って受け流した。
罪を認めるつもりなどさらさらないし、やってもいないことを自白などできない。それに前線に送られるのは別にどうということもない。無実の罪で縛り首になるよりは、戦って死ぬ方がはるかにましだ。
クロイツの狙いがさっぱりわからなかった。なぜこうも自分に執着するのか。だからただ一言、同じ言葉を繰り返した。
『クロイツ・シュクルゼンを呼べ。あいつと話がするまで何も言わないし、署名もしない』
クロイツ本人に確約を取り付けなければ、アグリアとあの領地を守れない。そう考えてのことだった。
はじめは渋っていた男たちが、ようやくその提案をクロイツに伝え面会が決まったところだった。となるとこの騒ぎは、クロイツがきたことによるものか。いや、そんなわけはない。軍人であるクロイツが軍部に姿を見せたところで、こんなに騒然とするはずがなかった。
そっと足音を忍ばせ、シオンが扉の前に立ったその時だった。
「鍵を開けよ」
命じることに慣れた凛とした声に、シオンははっと息をのんだ。
「あ、いえ! あの……この部屋は……」
「殿下がお気に留めるような者では……」
「いいから早く開けよ。これは私の命だ」
殿下という言葉にシオンが眉をひそめたのと、ガチャガチャと鍵を開ける物音がしたのは同時だった。
ガチャリ……!
重々しい硬質な音とともに、ゆっくりと扉が開いた。
「やぁ、君の名前を教えてくれるかな?」
目の前にいた人物、それはこの国の第一王子フェリクスその人だった。
シオンはゆっくりと目を瞬いた。




