動き出した時 2
真っすぐに相手を見据え、シオンは答えた。
「シオン・イグバート」
「ここにいる理由は?」
「それは俺が知りたい。そこにいる見張りたちに聞いてくれ」
相手が名乗らない以上、こちらも平伏する必要はないだろう。いくら王族とは言え、下位貴族が直に対する機会などない。絵姿か遠くから見たことしかない相手が、本物かどうかだって見極められないのだし。
堂々と答えたシオンに、フェリクスの口元に小さく笑みが浮かんだ。
「傷を負っているようだね」
フェリクスの視線が自分の口元に向いたのに気づき、シオンはふっと笑った。
「毎日尋問を受けているからな」
「へぇ、尋問とは穏やかじゃないね」
「……」
瞬間、背後に見慣れた面差しを発見した。
(タリオン⁉ なんでタリオンがこんなところに……?)
自分が拘束されているのは、軍本部の建物の中でも最奥に位置している。この辺りは一般の職員の立ち入りは一切認められていないはずだ。もちろんそれはタリオンも同様だった。なのになぜここにタリオンがいるのか。
タリオンは涼しい顔で、知らぬふりをして立っていた。
(俺の知らないところで何か起こっているのか……? まぁいい。ここは様子見といこうか)
すっとタリオンから視線を外し、フェリクスに向き直る。
「尋問の理由は?」
そんなこと知らん、と肩をすくめれば、フェリクスが見張りの男たちを振り返った。
「君たちはこの男が何の疑いで尋問されているのか知っているだろう。すべて話せ」
有無を言わさぬ問いに、男たちの顔が大きく引きつった。
「そ……それは、クロイツ殿が……」
「命じたのは、上官のクロイツ・シュクルゼン殿です。なんでも過去の横領の罪でこの男を取り調べるから、自分が許可したもの以外は絶対誰も近づけるなと」
もごもごと答える男たちに、フェリクスが小さくうなずいた。
「ほう? クロイツ・シュクルゼンね。で、そのクロイツはどこに?」
男たちが決まり悪そうな顔を浮かべながら答えた。
「クロイツ殿はまだ一度もここへはきておりません。本当は今日くるはずだったのですが、遅れているようでして……」
「ほぅ……。そうか」
その瞬間、フェリクスがにやりと笑ったのをシオンは見逃さなかった。フェリクスは男たちからこちらに視線を移すと、淡々と告げた。
「実はつい先日、軍部の力を私物化して悪事を働いている者がいる、との密告を受けてね。その調査のために私が視察にきたんだ」
「……」
「もちろんこの尋問にも正当な理由があるのだろうが、万が一ということもあるからね。今後この者の尋問には私の配下の者も立ち会わせてもらうことにしよう。そうクロイツに伝えておいてもらえるかな?」
見張りの者たちをちらと見やり、フェリクスは命じた。男たちの背がびしり、と伸びた。
「は、はい……。わかりました!」
「必ずお伝えいたしますっ」
シオンは眉をひそめた。
(第一王子が一兵士の尋問に立ち入るだと? そんな馬鹿な話があるか。どういうことだ? 何を考えているんだ、この王子は)
澄ました顔で男たちに命じ終えると、フェリクスが靴音を鳴らしこちらに近づいた。
フェリクスの狙いがわからず、シオンは鋭い視線を向けた。それをものともせず、フェリクスは余裕のある微笑みを浮かべ告げた。
「さて、と……シオン君といったね? 君、何か話したいことはあるかい」
「何か、とは?」
「なんでも。誰かに何かを伝えてほしい、でも釈明でもいいよ。……何かあるかい?」
部屋の外では見張りの男たちが、はらはらと息をのんで様子を見守っている。
余計なことをしゃべられては自分たちの立場がまずくなる、と恐れているのだろう。もっとも見張りについているのは、ただ上官の命に逆らえずにいるただの下っ端だ。クロイツに何か弱みでも握られているのでなければ、フェリクスの命に従うだろうが。
シオンはしばし考え込み、告げた。
「……なら、クロイツへの伝言を頼む。早く会いにこい。でなければお前の懸念は一生消えない、とな」
「わかった。伝えよう」
そう言うと、フェリクスは入ってきた時と同じ涼しやかな顔で出ていった。
ガチャリと鍵のかかる音がして、部屋の中に静寂が戻ってきた。ひとり部屋の中、シオンはほぅと息を吐き出した。
「さて、と……どうなるか。どうやらクロイツもこのまま安泰とはいかないらしい。相手が第一王子とあっては、どんな後ろ盾がいようとさすがに下手な真似はできないだろうからな」
外で何が起きているのかはわからない。だが少なくともクロイツの身に何かが迫っているのは確かなようだ。
今さらクロイツの過去の悪事が明らかになるなとど夢は見ていない。クロイツに強力な後ろ盾があることは知っていた。誰なのかまでは知らないが。
となれば、シオンごときただの一兵卒が太刀打ちできるはずもない。クロイツが悪事を働いていたと示す証拠だって、結局つかめないままだったのだ。
だがもしもクロイツの分が悪くなったのなら、こちらの条件を大人しくのんでアグリアとあの領地からあっさり手を引くかもしれない。
アグリアの未来が陰らずに済むことだけが、シオンの最後の願いだった。それが叶えられるのなら、もうあとはどうなってもかまわない。
フェリクスが自分の尋問に関与するなど、クロイツが許すはずがない。すぐさまここから自分を出さなければ、自分の身が危うい。
(他に場所を移して、手っ取り早く物理的に口を封じるか。もしくは……)
クロイツのことだ。焦りからとんでもない汚い手に出ることも考えられる。もしもそんな動きを見せようものなら、その場で舌をかみ切ってやる。
シオンは空を見つめ、にやりと笑った。
「さぁ、クロイツ。いい加減このくだらん因縁を終わらせようじゃないか……。くくっ」
シオンの口から、小さな乾いた笑いがこぼれ落ちた。




