心強い味方
花屋の店員に礼を言い、通りに出たアグリアは特大のため息を吐き出した。
訪ね歩いた花屋の軒数は、今のところ七軒。そのどれも空振りだった。
現実はそう甘くない。今のところ得られたものといったら、歩き疲れて棒になった足の筋肉痛くらいのものだ。
「それにしても、いくら王都だからって花屋さん多過ぎじゃない? いっそうちの領地でも花の栽培をはじめようかしら」
むくりと商売っ気が顔を出すけれど、今はそんなことを考えている場合ではない。
「もう今日は帰るしかないわね。すっかり日も暮れてきちゃったし、店も閉まる時間だもの」
せめて恋人の名前だけでもわかれば探しようもあるのだろうが、何もわからないのだから地道に訪ね歩くしかない。
一両日中にはモンバルトが助っ人を連れてきてくれると言っていたし、どうにかそれまでにこちらも恋人を行方を突き止めたいところだ。
シオンの居所はいまだにわかってはいない。鼻息荒く王都にやってきたはいいが、今のところ事態はちっとも進展していなかった。過ぎていく時間に、じりじりと気ばかりが焦る。
「ただいま、おかみさん」
とぼとぼと料理屋に帰り着けば、おかみの明るい声が飛んできた。
「おかえり、アグリアちゃん! モンバルト先生がお待ちだよ」
もしやもう助っ人と連絡がついたのか、と弾かれたようにモンバルトのもとへと飛んでいく。
「おぅ。ん? その顔はさては今日も空振りってとこか。まぁそう落ち込むな。俺が強力な助っ人を連れてきてやったからな!」
ドヤ顔のモンバルトの後ろには、すらりと背の高い男が立っていた。
「……あれ? この顔、どこかで」
この顔はどこかで会ったことがある気がする。いや、違う。見覚えは確かにあるような気がするけれど、直に会ったんじゃない。なら一体どこで見かけたのだろう。
はて、と首を傾げはっとした。
底辺に近い下位貴族とは言え、一応は腐っても貴族の端くれ。王族の顔くらいは一応は知っている。目の前に立っている男は、そのひとつによく似ていた。
「この人ってもしかしてフェリ……」
言いかけたアグリアの口を、男が慌てて覆った。
「しーっ! 大きな声で呼ばないでくれるかな。お忍びなんでね。私のことはフィーと呼んでくれると嬉しいな。アグリアちゃん」
「……っ⁉」
口を押さえられたまま、アグリアはこくこくと小刻みにうなずいた。それを見たモンバルトがおかしそうに笑った。
「言っただろう。クロイツの後ろ盾が第二王子なら、こっちもそれに見合った助っ人を連れてくるって。あっちが第二王子なら、こっちは第一王子ってな!」
「じゃあ……本当に本物の……フェリクス王子殿下⁉」
波打った艶やかな金色の髪。額にかかったその髪の下からのぞく、薄緑色のふたつの目。その奥には、実に特徴的な金色がちらとのぞく。
地の色はさまざまだが、この国の王族の目には代々特徴がある。それがこの金色だった。とは言っても大抵はよく見ればわずかに金色が差している程度らしい。けれど、第一王子であるフェリクスは特別だった。その金色が実に目立つのだ。
思わずじっくりと目の中をのぞき込み、アグリアは本物だと納得した。と同時に慌てて腰を低く折った。
「失礼いたしました! え、えーとこの度はお目にかかれて……」
不敬で罰せられてはかなわない、と頭を深々下げればフィーが困ったように笑った。
「あぁ、だからそういうのもなしで頼むよ。あくまでここでは平民のフィー、だからね」
その時だった。店の扉が開いて、タリオンが姿を現した。
「あ、いたいた! モンバルト、アグリアちゃん。調べの方はどうなっ……」
タリオンの顔がピシリ、と凍りついた。フィーの面差しから、すぐさま正体に気が付いたのだろう。
「よろしく、タリオン。フィーと呼んでくれ」
にこやかに手を差し出したフィーに、タリオンの絶叫がこだました。
「さて、と挨拶も済んだことだし、まずは今後なすべきことについて話し合っておくとしようか」
ことり、と酒入りのグラスをテーブルに置き、涼しやかな顔でフィーが口を開いた。
次期国王に一番近いと名高い第一王子とともに酒をくみ交わすなど、普通に考えればあり得ない。が、あり得ない事態と言うものは時に起こるものだ。
たとえば自分とシオンの契約結婚だってそう。あんなに愛で結ばれた結婚なんてしないと心に強く誓っていたのに、今ではこうしてシオンのためにはるばる王都にまできているのだから。それが愛のある結婚に結び付くかどうかは別として。
それに、フィーが今は王族であることを忘れて仲間として気楽に接してほしいというのだからそれに応えなければかえって失礼だ。多分。
腹をくくり、アグリアはフィーの問いかけに答えた。
「そ、そうね。まずは私はランソルさんの恋人を見つけ出すことに集中しようと思ってる。今のところ空振りだけど、まだ店は残っているし。モンバルト先生は?」
すでに昔の仲間には当たった。おそらくはこれ以上の情報は集められないだろう。何しろ当時の状況を知る者はごく限られているのだし。
モンバルトはしばし考え込み、口を開いた。
「そうさなぁ。まずはシオンの居場所を特定するのが先決だろうが、俺たちでは軍内部に入り込むことすらできんからな。シオンの今の状況がつかめんとどうにもならん。……フィー、なんとかならんか?」
モンバルトの無茶振りに、フィーがにっこりと微笑んだ。
「あぁ、そのことなら私に任せてくれ。考えがあるんだ」
「考え?」
フィーはモンバルトと旧知の仲で、モンバルトの頼みならなんでもすると快諾してくれたとか。その言葉通り、さっそく動いてくれるつもりらしい。
「確か普段クロイツは、あまり軍本部には顔を出さないんだったね? タリオン」
フィーの問いかけにタリオンがこくりとうなずく。
なんでもクロイツはガイクスの後ろ盾をいいことに、面倒な仕事はすべて配下の者に任せ本部に寄り付きもしないらしい。なぜそんな男に部下たちが従順に従うのか、不思議でならない。
「あ、あぁ。シオンが拘束されて以降も一度もきてないと思うけど。それが何か?」
シオンの姿が消えて以来、タリオンは軍へ出入りしているすべての記録を毎日チェックしている。その記録の中にクロイツの名はなかった。ということは、おそらくシオンにまだ接触してはいないのだろう。
「ふむ。なら私が最近軍内部で一部の人間による権限の私物化が横行している、という密告を受けたということにしようか」
「密告?」
もちろんそんな密告など入ってはいない。けれどその密告を受け、第一王子フェリクスが軍本部に視察に入るという筋書きで自分が軍本部に視察に行くのはどうか、とフィーが申し出た。
第一王子自らが本部を見て回るとなれば、いくら軍の上層部とは言え拒否はできない。クロイツとて同じこと。たとえそれが普通の職員が立ち入れない区域であっても、何者かが密かに拘束されている部屋であっても中を見せろと言えば見せないわけにはいかないだろう。
「それは確かにそう……ですけど。いいんですか? 王子としてそんな目立つ行動を取っても。ガイクス王子殿下に邪魔されたりは……?」
ガイクスの名前を出した途端、フィーの口元に黒い笑みが浮かんだ。
「王族のひとりとして、ガイクスをこのまま野放しにしておくわけにはいかないからね。あの男には長年困り果てているんだ。そんな男と結託しているクロイツも放ってはおけないよ」
「はぁ……」
どうやらガイクスは、第一王子であるフェリクスを押しのけ自分が次期国王になることを望んでいるらしい。能力的にも人格的にもフェリクスの足元にも及ばないのに。
「あんな男が権力を握ったら、この国はあっという間に潰れてしまう。それを止めるためにも、私が動かなければ」
そう告げたフィーの顔には、王族としての確固たる責務がにじんでいた。
「あぁ、そうだ。タリオン」
フィーがつとタリオンを向いた。
「もしも軍部内でおかしな動きがあったら、すぐに私に知らせてくれるかな。君の目で見た直の空気感を知っておきたいからね」
「はぁ……それはいいですけど。でもどうやって?」
一職員に過ぎないタリオンが、王族であるフィーと連絡を取るのはなかなかに無理がある。けれどフィーはにっこりと笑みを浮かべると、ポケットから何やら小さな笛を取り出した。
「その時はこれを吹いて、ララを呼ぶといい」
「ララ?」
フィーがこくりとうなずき、笛を吹いてみせた。けれど何も聞こえない。
皆できょとんと顔を見合わせた。するとふと窓の方から物音がした。はっと皆で視線をやれば、そこには。
「……鳩⁉」
窓辺に、足環をつけられた一羽の鳩が止まっていた。
「あ……! もしかして、伝書鳩?」
フィーがにっこりとうなずいた。
「その笛を吹けば、ララが文を運んでくれる。いつでも連絡を取り合うことができるよ。ね、ララ」
フィーが愛おしげにララの頭をなでた。
ララが嬉しそうにクルックー、と鳴き声を上げフィーの手にすり寄った。
「ということで、ララ共々よろしくね」
この日から、新たに強力な助っ人フィーとララとが仲間に加わることになった。




