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【改稿版】はじめまして、旦那様。離縁はいつになさいます?   作者: あゆみノワ@書籍『完全別居〜』アイリスNEO
3章

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囚われの身

 

 バンッ、という激しい音が無機質な空間に響き渡った。


「シオン・イグバート! そろそろ罪を認めてはどうだ? お前が当時上官だったクロイツの目を盗み、幾度も横領の罪を繰り返していたことはもう明らかになっているんだっ」


 シオンは男をちらと見上げ、薄く笑った。男のこめかみがピクピクと動く。


「もしもお前がすべての罪を認めれば、前線に送られずに済むんだぞ!? そんなに死にたいかっ!」


 男の言葉にシオンは眉ひとつ動かさず、ただじっと男を見つめた。


「条件はもうすでに伝えたはずだ。クロイツ・シュクルゼンをここに連れてこい。でなければ何も話さないし、何も認めるつもりはない。その上で前線に連れて行きたければ好きにしろ」

「くっ……!」


 そっぽを向いたシオンに、男が苛立たしげに舌打ちする。

 けれど肝心のクロイツからはまだ何の返答も得られていないのだろう。忌々しげに顔を歪めながら男は部屋を出て行った。


 ガチャリ、という硬質な音を立てて扉が閉まった。足音が遠ざかるのを確かめ、シオンはようやく体の力を抜き椅子の背もたれに寄りかかった。


 アグリアに別れを告げ、王都にある軍本部にやってきたのはもう何日も前のことだ。それから一体何日が経過したのかすら、もはやわからない。

 明かり取りの窓ひとつない真っ白な壁に囲まれた空間に閉じ込められていれば、時間の感覚などなくなるのは当然だった。


 四方を真っ白な壁に囲まれた空間をげんなりと見やり、嘆息する。


 軍本部の最奥に作られたこの部屋は、いわば牢と同じだった。小さな空気穴が開いているだけの、窓も何もない部屋。外からの情報は一切入らない構造になっている。

 その部屋に拘束され、日に二度粗末な食事が提供される時と尋問を受ける以外は、外部との接触は一切できない状況下に置かれていた。


(さて、どうしたものか。このまま時が過ぎるのを待てば前線送りになるかとも思ったが、そう簡単にはいかなそうだな)


 どうやらクロイツは、自分の悪事の証拠をこちらが握っているとでも勘違いをしているらしい。そんなもの、何ひとつ持っていないというのに。


(夜会で久しぶりに会って、自らの出世の話がふいになっては困ると焦ったってとこか? にしたってこんな下っ端の兵ひとり、気にすることもないだろうに)


 尋問など時間の無駄でしかない。さっさと前線に送ってくれた方が一刻も早く人生を終わりにできるというものだ。


「もし何か知っていたとしたって、今さらだ。もうランソルは死んでしまったんだからな」


 たとえランソルの敵を取れるような何かを握っていたとしても、糾弾するために行動していたか疑わしい。そのくらい、今の自分にはもう何の気力も残ってはいなかった。


 けれど、前線に行く前にひとつだけやっておかなければならないことがあった。アグリアと領地のことだ。


 クロイツはアグリアとあの領地の未来を盾にして、前線への辞令に従いすぐに軍部にこいと脅してきた。きっとこのままではアグリアと領地に累が及ぶ。それをどうにかして止めるために、なんとしてもクロイツに直接交渉する必要があったのだ。


 シオンはほう、と息をつき天井を見上げた。


「俺があの時、クロイツに噛みついたりしていなければ、ランソルも死なずに済んだんだ。この上アグリアまで苦しめるようなことになったら、俺は……」


 シオンは古い記憶に思いを飛ばした。


 クロイツが国から配給された武器や物資を横流ししていることに気がついたのは、まったくの偶然だった。何かの紙切れと引き換えにクロイツが見知らぬ男から金を受け取っているのを、目撃したことがあったのだ。


 配給品をちょろまかして小金を稼ぐなんて、いかにもクロイツらしいと思った。だからその証拠をどうにかつかめないかと躍起になって動いてはみたものの、無駄だった。何度も噛みつくうちに、すっかりクロイツに目をつけられていた。


 このままでは一緒にいるランソルにも危害が及びかねない。仲間のことを思えばこのままにもしておけなかったが、ランソルを巻き込みたくはなかった。だからしばし静観するしかない、と考えていたのだったが。


 ある日のこと、ランソルが妙なことを言い出した。


『なぁ、シオン。クロイツの奴、最近様子がおかしくないか?』


 先に異変に気がついたのはランソルだった。


『どういう意味だ?』

『あいつ、昨夜テントを抜け出して誰かと話をしていたんだ。見間違いじゃなきゃ、相手は敵兵だ。いや、正確に言えば多分かなり上の人間だな。そいつからクロイツが分厚い札束を受け取っていたんだよ』

『……札束?』


 真夜中に聞こえた静かな靴音。その音で偶然目を覚ましたランソルは、夜中にそっと村を出ていくクロイツを見た。国境沿いの小さな村に今いるのは、この隊の人間だけのはず。けれどクロイツが会っていたのは、襟元に徽章をいくつもつけた敵の上官だった。


『なんで敵の上官とクロイツが……⁉』


 自分が以前目撃したのは、そんな上の階級の人間などではなかった。おそらくは商人か村人だろう。しかも多額の金の受け渡しなんかじゃなかった。

 一体どういうことか。


『ランソル。見たことは全部忘れろ。俺がなんとかする。いいな』


 ともかくも、ランソルには何も見なかったことにしろと言っておいた。下手に動けばランソルの身に危険が及ぶ。それだけは避けたかった。なのに――。


 数日後、爆発事故が起きた。あの爆発がクロイツが故意に仕組んだことであることはすぐにわかった。自分の悪事に気が付きこそこそと身辺を嗅ぎ回っている自分を目障りに思い、消すつもりだったのだろう。


 でも結果的に死んだのはランソルひとりだった。死んだのが自分だったらどんなにかよかっただろうと何度思ったかしれない。

 下手な正義感を振りかざしてクロイツに目を付けられたおかげで、無関係のランソルを巻き込んでしまったのだ。あいつの狙いは自分ひとりだったはずなのに。ランソルが死ななければならない理由なんて、これっぽっちもなかったのに。


 以来、過去を蒸し返すのはやめた。下手に動けば自分のまわりの人間に害が及ぶ。そんなのはもうごめんだった。だから家族からも距離を取った。王都に近づかなかったのは、墓の下に眠るランソルへの申し訳なさのせいだ。


 もうこれ以上絶対に、自分のせいで誰かを傷つけたくない。アグリアのあの弾けるような笑顔を曇らせたくもない。アグリアが大切に思うあの領地の未来を奪うわけにはいかないのだ。


 シオンはぐっと拳を握りしめ、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「クロイツ……。早くこい。俺はいつでも前線に行ってやる。死ぬ覚悟はとっくにできてる。だがアグリアには絶対に手を出させない……」


 シオンの小さな、けれど強い決意のにじんだ声が部屋の中に響いた。

 目を閉じれば、瞼の裏にもう二度と会うことのないであろう愛おしい面影が浮かんだ。



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